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P.K.  作者: 乙丑
5THGAME
29/40

Ⅴ-Ⅴ・インスウィング

ゴールに近づく方向にスワーブ(ボールに回転をかけて、曲げる)するキックのこと。


「こ、これは……」

 芝川は、その資料を見るや絶句した。

「これが全部本当だとしたら、政治家はなにをしているんだ?」

「いんや、これが政治家って考えられるんじゃないか? むしろこれをしていないって言い切れるか?」

 能義が刑事課の面々に見せたのは、十二年前に起きた妃春香殺害から、自身の息子である直之が亡くなった事故に関して、そして畑千尋の捜査が打ち切られたあとも、独自に捜査した資料であった。

「しかし、やつはこれだけのネタをもっていたというわけですか」

「芝川、政治家が一番おそれるのはなんだ?」

「えっと、評価ですかね? 不正取引や、汚職なんかがバレれば、評価が悪くなる一方でしょうし」

「ああ。河山センチュリーズのオーナー。季久利聡一が」

「ちょ、ちょっと待ってください? いま季久利って」

 芝川が信じられない表情で聞き返した。

「お前に話しかけた教師は、その弟の季久利翔太だ。だからやつは大丈夫だと断言できたんだろう」

「つまり、自分たちに不利な事件であったから、政治家を通して、捜査打ち切りをしていたということか」

 堀川が表情を歪ませ、机を叩いた。

「季久利は国会議員の何人かが汚職をしていることをネタにして脅し、政治家を通して捜査を打ち切らせていたんだろうな」

「殺された女の子たちの親が、我々に協力的じゃなかったのも」

「おそらく、口止め料をいくらかもらっていたんでしょうな。ただひとつ、それに従わなかったのがいる」

「畑千尋の両親ってことですね」

「彼女を殺した道重幸也が秘密裏に逮捕されたのも、それを悟られないためだ」

「彼が、河山センチュリーズとつながりがあったことをさとられないため――」

 能義たちが話をしている中、「おい能義さんや」

 と、ドアの方から声が聞こえてきた。

「百乃警部補どの」

 能義は首をかしげた。百乃にカッターシャツの胸倉を掴まれた警官がいたのである。

「あんたの考えたとおりじゃったよ。鑑識課のやつら、遺体のDNA鑑定はとうに調べ終わっておったわ」

「調べ終わってる? それじゃぁどうして今までそれを報告しなかったんですか?」

 能義がそうたずねると、百乃は空いてる方の手で耳元をかきながら、困惑した表情を浮かべる。「しなかったんじゃなくて、できなかったんじゃよ」

「季久利の仕業ってことか……。それで、あの遺体は誰だったんだ?」

 能義がそうたずねると、警官は胸元を直しながら、唇を振るわせた。

「わ、わかりません」

 その言葉に、刑事課の面々は首をかしげた。

「おい、わからんとはどういうことだ?」

「わからないからわからないんです。いいえ、遺体が誰なのかはもうわかってるんです。ですが、どうして外で発見されたのかがわからないんです」

「いや、遺体が遺棄されたからだろ?」

「いいえっ! あの遺体が遺棄されるはずはないんです! むしろ殺されるはずがない」

「言ってることが滅茶苦茶だな。それで、あの遺体はいったい誰なんだ?」

 堀川がそうたずねると、警官は顔を蒼白にし、周りを見渡した。

「みちしげ」

「――は?」

「あの遺体は、道重幸也だったんですよ」

「おいおい、冗談だろ?」

 堀川があきれた表情でたずねたが、警官の怖いものを見たような表情を見るや、それが真実だと悟る。

「待てよ、それが本当だとしたら、どうして殺されたんだ?」

「わかりません。でも遺体の検死翌日にはわかっていたんです」

「だけど、その説明ができない。どうして少年院に入れられているはずの道重幸也が殺され、外に遺棄されたのか。そしてあの賑わう日中に発見されたのかがわからなかったからというわけか」

「遺体の腐敗からみて、殺されたのは一ヶ月前以上だからな。逮捕されたのはいつだ?」

「六月二十一日です。ただ身柄拘束は長くて二十一日ほどですから」

「殺されたのはそのあいだ。殺したあとにどこかで遺棄し、そして発見された。時期が夏場ということを考慮に入れると、あの腐敗は妥当だな」

「粗方、そんなところでしょうね。だから遺体がわかっても報告できなかったわけか」

「しかし、道重の身柄は警察が確保している。その状況下の中、犯人は道重を殺害し、遺体を遺棄した」

「それよりもまず、道重の家族は何も言ってこないというのも不思議ですね」

 誰もがそう思った。道重が殺人を犯したことも、ましてや殺されたことに対して、両親は何も言ってこないのだ。

「もしかしたら、既に知っているということも考えられませんか?」

「しかし、子供が殺人で身柄を確保され、しかも殺されておるのだ。親が黙ってるとは思えん」

「考えたくないが、これも季久利が仕組んだことだろうな」

 能義がそう言うと、「だったら、俺にそのことを調べさせてくれませんか?」

「いやダメだろ? お前は十二年前の事件があるんだ」

 芝川を制御するように、百乃は睨んだ。

「能義さん、ほかになにか策はないのか?」

「――策ですか?」

「ああ。季久利が政治家の不正をネタに脅していたとすれば、それは立派な犯罪だ」

「ですが、どれも真実味がない。それに『組織』である警察は、政治家の力に脆弱である以上、上からストップをかけられるか、煙に巻かれるのがオチです」

 能義が申し訳ない表情で言う中、芝川は何かを思い出す。

「あの、季久利がオーナーってことは、クラブの管理もしていたんでしょうか?」

「いや、やつにとっては、少年サッカーは雑誌の企画で始めたようなものだから、ただの道楽だっただろうからな。それがどうかしたのか?」

「ひとつだけ、もしかしたら突破口になるかもしれない事件があります」

「なんだそれは?」

「能義先輩、あなたのお子さんが亡くなった事件。たしか運転手は癲癇であったにも関わらず、送迎バスの運転をしていた。これは立派な犯罪です」

 癲癇を患っている人は、脳神経の働きが悪いため、判断が鈍い。

 そのため車の運転に関して、厳しく規制されているのである。

 もし癲癇者が運転をした場合、道路交通法で罰せられることとなる。

「だが、運転手もその事故で死んでいる」

「いえ、俺が云いたいのは運転手が癲癇だったことを、クラブの人間が知らないはずがない」

 能義は、少しだけ考えてから「つまり、業務上過失障害として、クラブの大本であるオーナーの季久利を取り調べるということか?」

 と、芝川に聞き返した。

「だが、事件は既に打ち切りになってるんだ。新しい証拠がない限り、それはできない」

 堀川の言うとおりだった。

 能義も芝川の考えはいい案だと一瞬だけ思ったが、証拠がなければ捜査はできない。

「それにだ、運転手が癲癇であることを報告していなかったら、もともこうもないだろ?」

 百乃にそう言われ、芝川は顔を俯かせる。

「――運転していたのは?」

「たしか木に刀が三つだったはずだ」

 能義がそう言うと、「木刕(きしょう)ですか?」

 芝川が聞き返した。

「知っているのか?」

「俺は家が練習場からそんなに離れてませんでしたし、運動も兼ねてジョギングして通ってましたから、バスを使うってことはなかったですけど、名前くらいは聞いたことあります」

「お前が辞めさせられたのは十二年前だから、直之が亡くなった八年前の事件について知らないのも無理はない。これまでの事件全てにおいて、季久利が秘密裏にことを運んでいたとすれば、既に無関係のお前の耳に届くはずはない」

「だがクラブの子供たちや親御さんはどうなんだ?」

 百乃がそうたずねると、能義は和成から聞いたことを思いだした。

 いや、和成本人から聞いた話ではなく、和成がまといと、ポニーテールFCの子どもたちに、自身が河山センチュリーズにいた時のことを話していたのを、不本意ながら盗み聞きしてしまっていたのである。

 彼ほどの将来性があるプレイヤーが辞めさせられた事件。

 それがこれまでの事件で誰も気にすることなく、まるで他人事のように振る舞ってきたことへの繋がりがあったのだ。

「ちょっと、抜けます」

「どこか、用でもあるのか?」

 出かけようとする能義に、堀川が呼び止める。

「ちょっと確認を――大丈夫、すぐに戻りますよ」

 そう言うと、能義は頭を下げ、刑事課を後にした。


 外に出ると、能義は腕時計を見やった。

 ――まだ準決勝まで時間あるな。

 タクシーを呼び止めると、大会が行われている市民グラウンドへと向かった。


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