Ⅴ-Ⅰ・スキーマー
スキーマー:ゲームメーカー、プレーメーカーのこと。
大会第二試合である「SCコンテンシャルズ対リーズFC」の試合が終盤を迎えていた。
ピッチには甲高い声が貼り上がっている。
「梨桜っ! 上がって」
リーズFCの監督である襟川が指示を出し、MFの市澤梨桜がドリブルで攻め上がっていく。
「すごい気迫ですね」
和成の隣で試合を見ていた梓がそうたずねたが、その表情は「どうしてコーチは笑ってるんだろ?」
と、疑問に満ちた表情だった。
和成はボールを追いかけているリーズFCの選手たちを目で追いかけている。
「裕香っ!」
梨桜がボールを蹴り上げると、リーズFCのキャプテン、濱崎裕香がパスを受け、右足をうしろへと振り上げシュート体勢に入った。
それを相手チームのGK曽根崎が止めようと前に出た。
「裕香のやつ、わざとシュートの体勢に入ったな」
その言葉を聞くや、梓はフィールドに釘付けになってしまった。
裕香はシュート体勢から、右足のインサイドで横へとパスを送ったのである。
その前にはMFの反町が戻っていたが、その手前で梨桜がボールをカットし、うしろに蹴り上げる。
梓は、スコアボードを一瞥した。現在1-0でリーズFCが優勢であった。
すでにアディショナルタイムに入っており、残り時間1分を切っている。
「あ、あぶないっ!」
椿が声をあげた。ボールを受けた岩崎美柑がマークを受けているのである。
「終わったな」
和成がボソリと呟いた。「終わったって……、でもまだ試合が」
直之がそう言うと、和成はクククと笑う。
「ほら、次に戦うチームの特徴がわかっただろ?」
和成が去ろうとした時、審判のホイッスルが高々と響き渡った。
「試合終了。第二試合はリーズFCの勝利となりました」
結局、ボールはリーズFCから離れることなく、時間切れとなったのであった。
ふと、なにを思ったのか、和成は立ち止まり、
「そうだ、ちょっと寄る場所があるんだけど、誰かついてくるか?」
そうたずねると、梓たちは互いを見遣った。
そして、梓とましろが手を上げる。
「そうか。まぁ、男子じゃなくてよかった気もするけどな」
和成がそう言うと、梓とましろは首をかしげた。
「ここって……、リーズFCの選手控え室?」
梓はいぶかしげな表情を浮かべながら、ドアに飾ってあるネームプレートを見つめた。
「コーチ、ここに何の用が?」
ましろも、いぶかしげな表情を浮かべており、和成に事をたずねる。
「別に、ちょっと挨拶しに来ただけだよ」
そう言うと、和成はドアを二、三回ほどノックする。
「入りますよ」
ドアを開け、部屋の中を見た時であった。
「あっちー、もうダメ、次の試合負けてもいいや」
「ねぇ、誰かアイスノン持ってない?」
「私の制汗スプレー知らない?」
と、女子のだらしない日常話を聞かされているような、そんな感じの空気が控え室の中で交わされていた。
「おーい、梨桜っ!」
和成がそう言うと、部屋の奥でお茶を飲んでいた少女が振り返った。
「あふぇっ?」
その表情は、思いもかけない人が突然来たといった感じであった。
「か、かかかかかっ! 和成おにいちゃん? えっ? ちょ、ちょっと待って」
梨桜は慌てた表情でアタフタと散らかしていた自分のものをバックの中に詰め込む。
「うわぁっ! 和成さんだ!」
近くにいた女の子たちが和成に近寄り、小さく頭を下げる。
「おう、みんな元気にしてたか?」
「はいっ!」
和成の問いかけに、リーズFCの女の子たちは元気に答えた。
「そ、それで和成おにいちゃん? 今日はどうしたの?」
梨桜はそうたずねながら、和成のうしろにいる梓とましろを一瞥した。「その子たちは?」
その表情は、なんとなく不機嫌なものだった
「ああ、おれが成り行きでコーチをしているチームのキャプテンとストライカーだよ」
和成がそう説明すると、梓とましろは小さく頭を下げた。
「こんにちわ。市澤梨桜って言います」
そう言って、梨桜は手を差し出した。
「あ、どうも」
梓とましろが交互に挨拶を交わしていく。
「それで、わざわざ敵の控え室に来た理由はなにかな?」
うしろから声が聞こえ、和成たちはそちらをみやった。
「お久しぶりです、襟川さん」
和成がちいさく会釈する。襟川は笑ってうなずいた。
「君が教えているチーム。すごくいいわね、まるで心から楽しんでるって感じがするよ」
「そう言ってもらえると、嬉しいです」
和成は頭を下げた。
「次に勝負するチームが、まさか自分が教えていたところだとは思ってなかったでしょ?」
襟川の言葉に、梓とましろは驚きを隠せなかった。
「いや、むしろ嬉しい限りですよ。最初チームメンバーを見た時、まさかなって思いましたから」
「わたしも、あなたたちのチームデータを見た時にね思ったのよ。引率者の中に君の名前があったからさ」
襟川はゆっくりとリーズFCの子供たちを見渡した。
「それでどうだい? かつて自分が教えていたチームを、さらに強くした今のチーム。勝てる気でいるんじゃないだろうね?」
「なかったら、わざわざみんなに会いに来ませんよ」
笑いながら答える和成を見るや、襟川は含み笑いを浮かべ、次第に……。
「キャハハハハハッ! これはいいね。やっぱり君はサッカーを、いや試合を楽しんでいる」
大声で笑い出した。
「何事も、楽しまないとダメなんでしょ?」
「そうだね。ああそうだ……、君が憧れていた彼女も、そんなことを云っていたよ」
襟川は笑いながら答えたが、その表情はさみしそうだった。
「それじゃぁ、俺たちはこれで」
「ああ、それじゃぁね」
「バイバイッ、おにいちゃん」
リーズFCの控え室を後にしながら、和成は答えるように手を振った。
「さてと、次はどうするかな?」
「あの、コーチ? あの子達はコーチの」
「んっ? ただの遊び相手だけど?」
「でもさっき教えてもらっていたって」
「ああ、まぁ、教えてたってことになるのかな? 俺からしたら一緒に遊んでいたってだけなんだけど」
和也の言葉に、梓とましろはまだ信じられなかった。
遊んでいただけ。和成はそうはっきりと答えた。
ただその言葉を聞くだけでは、リーズFCのプレイを見ている二人には信じられなかったのである。
遊びでやるような稚拙なプレイではなく、高度なプレイで試合を運んでいた。
もしかしたら、自分たちよりもうまいかもしれない。そう思って仕方がなかった。
「多分、襟川さんが細かいルールを教えているからじゃないかな? まぁ、俺と一緒に遊んでたのは、基本的に梨桜とキャプテンの裕香だけどな」
「でも……」
梓が先を言おうとした時、前から靴の音が聞こえてきた。
「あ、あの子、たしかキャプテンの」
和成たちの目の前に、リーズFCのキャプテンである浜崎裕香がやってきたのである。
「よっ! 元気にしてたか?」
和成が手を上げると、裕香は無言で頭を下げ、去っていった。
「相変わらず、おとなしいやつだな?」
和成は肩をすくめ、裕香の後姿を見送りながら苦笑いを浮かべていた。
「あ、裕香お帰り」
リーズFCの控え室に戻ってきた裕香を、チームメイトが言葉をかけた。
「ねぇ、聞いて聞いて、さっきね、和成おにいちゃん来てたんだよ?」
「うん、さっきそこですれ違った」
裕香は興味がなさそうな声で答えると、ベンチに座り、ロッカーからバッグを取り出した。
そして、ペットボトルを取り出したのだが、「あ、それわたしの」
DFの雪乃が声をかける。
「あ、ごめん」
裕香は頭を下げ、元の場所に戻す。
「ほんと、裕香っておっちょこちょいだよね?」
「そ、そんなことないよ」
顔を赤らめながら、裕香はチームメイトたちを睨んだ。
「でも、みんなも嬉しいんじゃないの?」
襟川は、口の端を上がらせ、笑みを浮かべながら言った。
『大好きな和成おにいちゃんが教えてるチームとプレイできるって』
リーズFCは女の子チームです。みんな和成があの事件が起きる前まで教えてもらっていたのですよ。




