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P.K.  作者: 乙丑
4THGAME
21/40

Ⅳ-Ⅱ・アジリティ

アジリティ:敏捷性と訳される体力要素の一つで、瞬発力とともに反応及び、細かな方向変化を含む素早い動きをこなす能力のこと。


 会場のグラウンドに、地元の少年サッカークラブ8チームが並んでいた。

 ポニーテールFCの面々は、ジッと目の前に立っている少年を睨むように見つめている。

『僕たち選手一同はスポーツマンシップにのっとり、正々堂々と戦うことを誓います』

 そう宣言したのは、河山センチュリーズのキャプテン、大間であった。

「なんであいつが選手宣誓なんてしてるんだ?」

 むしろお前がスポーツマンシップにのっとれよ――と、ましろ以外のポニーテールFCの子どもたちは思っていた。

「しかたないでしょ? あのチームはここらへんじゃ一番強いチームみたいだから」

 悟の不貞腐れた呟きに、ましろが答える。

「みんな、わたしたちはわたしたちのサッカーをしよう」

 梓がそう言った時、開会式は終了した。


 和成と梓たちはグラウンドのスコアボードの横に置かれた掲示板を見ていた。

 そこにはトーナメント表が貼られており、ポニーテールFCは第一試合のところに記されている。

 大会全体の試合数は全部で7試合。一試合が15分ハーフであるため、大体夕方前には終わるようにされていた。

「河山センチュリーズは?」

「えっと、四試合目だから……、決勝まで当たらないね」

 優がそう言うや、朋奏は和成を見遣った。「うーん、まずは目の前のチームに集中しないか?」

「そうだよ。それに私たちが決勝に行く前に負けたりしたら、リベンジもなにもないでしょ?」

「えっと、初戦の相手はFCカコウだって……、知ってます? コーチ」

「たしかオーナーからもらった資料によると、御影みかげ中心の攻撃タイプみたいだな。それと身長170の(まだら)ってのがいる」

「170って、それ小学生かよ?」

 恭平が驚いた声をあげる。それを聞きながら、椿は優を見上げた。

「優より大きいね」

「あんまり言わないで」

 困惑したような声で言い返す優を見すえながら、「おそらくDFに置かれているだろうな」

 と和成は言った。

「大丈夫かな?」

 優から不安げな空気が漂い始める。

「まぁ、少年サッカーだから、出る選手もたいていは男子だ」

 和成は優に近付き、耳元に唇を近付けた。

「だから、あんな危険な練習をしたんだろ?」

 優はカッと顔を赤くする。

 その反応を見るや、梓たち女子は目を点とした。

「ちょ、ちょっと! なによその練習って」

 うしろから声が聞こえ、和成がそちらに振り返った時だった。

「死にさらせっ! このロリコンがぁあああああああっ!」

 飛び出してきたまといから飛び蹴りを食らった和成は、呻き声をあげながらたじろいた。

「ま、まといっ! お前なんでここに来てんだ?」

「友達の応援。てかみんなも出るんだ?」

「そうだよ」

 椿は笑顔で言った。

「ねぇ、本当に大丈夫なの? みんな梓ちゃんたちのこと知らないって言ってるし」

「ああ、この子達が公の場で試合をするのは、今回が初めてなんだ」

 和成がそう言うや、まといは面食らった表情を浮かべた。

「そ、それって素人ってことじゃない? 本当に大丈夫? いきなり一回戦で負けるなんてことになったら」

「少なくとも、俺は優勝しか見てねぇよ?」

 和成は自信有り気な表情で答える。「それに、サッカーは楽しむもんだ」

 まといはそれ以上言えなかった。和成が河山センチュリーズを辞めさせられたことで荒れた時期や、中学でサッカーができなくなった理由を考えると、今こうして梓たちに教えている姿が楽しく、不甲斐ないにもカッコよく見えていたのである。

「わかった。おっさんがどれだけみんなを育ててるか見ものだね」

 まといは朋奏や梓たちに頭を下げると、足早に去っていった。

「そう言えば優、さっきコーチから耳打ちされてたけど、なに?」

 明日香がそうたずねるや、優はふたたび顔を赤らめた。「あぅ……」

「なにその反応、もしかして秘密の特訓とか?」

「ち、違うよ。ほら、うちって攻撃の要が直之くんとましろちゃんじゃない? でもたいていのチームは男子で構成されてるから、コーチが――」

 優は、試合が始まる先日までの練習風景を皆に伝えた。


「よーし、残り20本」

 和成が優に声をかけた。

 ゴール前で構えている優はキッと表情を険しくする。

 ポジションがGKに定着した優は、和成から直接指導を受けていた。

「それじゃぁ、いくぞっ!」

 和成は今までの練習のあいだ、ずっと使っていた右足――ではなく、左足をおおきく振りかぶった。

 その一瞬、優の耳元で研ぎ澄まされた刃のような切れ味のある風が吹いた。

「……えっ?」

 いままでとは明らかに違う恐怖心が優の全身を駆け巡った。

 そして、ボールがネットに突き刺さり、てんてんと中で転がっていたのに気付いたのは、それより少し遅れてのことだ。

「どうした? 反応しないと取れるもんも取れないぞ」

「あ、はいっ!」

 優はボールを持ち上げ、和成にパスを送る。

「それじゃぁ、いくぞっ!」

 和成は声をあげると、左足を振り上げる。

『そうだ。いままでだって冷静にボールや相手の動きを見れば、取れるってコーチが……』

 そう考えている暇もなく、和成が放ったボールは、優の全身に恐怖を与えた。

 優は青褪めた表情で、和成を見やる。

「どうした? もしかして、怖いのか?」

 まったくその通りだった。

 チームメイトたちと練習していても、目が慣れているのと、みんなの癖がわかっていたこともあり、さほどボールに対する恐怖心がなかった。

 しかし、今目の前にいる大きな存在が放つ恐怖に、ただただ震えるしかなかった。

「いいか優、みんなは今度の大会ではじめて他のチームと対戦するんだ。こんなことわざがあるだろ? 井の中の蛙大海を知らずって」

 その意味は優も知っていた。

「それにな、俺はあそこにいた時より衰えてるんだぜ?」

 優は、キッと表情を固くし、構え直した。

 しかし、それでも和成の放つ本気のシュートに、言葉どおり手も足も出せなかった。

 身体が追い付かないのではなく、強烈な一打に心が怖気づいているのである。

「どうした? 云っとくけどな、あいつらのボールはこんなもんじゃないと思うぞ?」

 優はゆっくりと和成を見据えた。

「優、想像してみろ。延長でみんなはボロボロで立つことすらやっとの状態だ。そんな中、相手の選手が攻め上がってきた。俺と同じくらい強いボールを蹴る選手だ」

 その言葉に、優はごくりと喉を鳴らす。

 つまり、そのボールを取らなければ、チームは負けてしまう。

 負けるのは嫌だけど、みんなが悔しそうな顔をするのは嫌いだ。

 そう思った優は、険しい表情を浮かべ、構えた。

「さぁ、どうする?」

「取りますっ! 絶対取って、みんなに繋げるっ!」

 優が叫ぶと、和成は小さく、笑った。

 和成が放ったボールは、右サイドに放たれる。優は手を伸ばしながら、右サイドに飛んだ。

 強烈なボールが右手に突き刺さり、骨が軋むほどの痛みが優の全身を駆け巡る。

 悲痛の表情を浮かべながらも、優はボールから手を離そうとはしなかった。

 このボールを許せば、みんなが苦しい思いをする。

 その想いが、痛みを堪えさせた。

「はぁあああああああああっ!」

 それは一瞬の出来事でしかなかった。

「――取れた」

 取った本人は、なにが起きたのかわかっていなかった。

 しかし、優はしっかりと、ボールを取っていたのである。

「優、大丈夫か?」

 和成が駆け寄ると、優はハッとした表情で和成を見あげた。

「コーチ、わたし」

「ああ、しっかりとボールを取ってる。よくやった」

 和成は興奮のあまり、優を抱きしめてしまった。

「ちょ、ちょっとコーチ」

 優はカッと赤くなったが、離そうとはしなかった。


「――というわけなんだけど」

 優の話を聞きながら、梓たちは険しい表情を浮かべる。「優はコーチとふたりっきりで」

「いや、そこじゃないでしょ?」

 明日香の言葉に梓がツッコミを入れる。

「でもさ、コーチは本気で蹴ってたのかな? 少なくとも河山センチュリーズにいて試合に出た人だぜ? 俺たちよりも明らかに強いってのはあるんじゃないか?」

「それは私たちよりも年上だからじゃない?」

「ううん、コーチは私になにかを教えようとしてたんじゃないかな。あの時だって、みんなを助けたいって思ったから取れたようなものだし、あの後も練習したけど」

 自信のない言葉に、梓たちは首をかしげた。

「助けたい――」

 梓がなにかを言おうとした時、「なにをしているの? そろそろ試合が始まるわよ」

 朋奏の声が聞こえ、梓たちは互いの顔を見やるや、駆け足で朋奏たちについて行った。


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