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P.K.  作者: 乙丑
1STGAME
2/40

Ⅰ:ファンクショナル

ファンクショナル(トレーニング):特定のポジションに必要な技術を、そのポジションの選手に対して行う専門性の強いトレーニング。


 最後に試合をしたのは、いつだっただろうか。

 たしか、あの事件が起きる一、二週間くらい前だったっけ?

 と、和成は自分の部屋のベッドに寝転がりながら、サッカーボールを持ち上げていた。

「あー、くそぉっ! だいたい、小学生のどこがいいってんだ?」

 怒りを露に愚痴を零す。通っている中学でサッカーができなくなったのは、その『小学生(,,,)』に原因があったからだ。

 和成自身、小さい女の子に興味がないわけではなかったが、だからといって(性的な意味で)手を出す気にはなれない。彼には母方の叔父の娘で小学六年生の従妹(いとこ)がいるのだが、その従妹が憎ったらしいのなんの、和成にとっては、二歳ほど年齢が離れているとはいえ、男女ゆえに流行などの話題が噛み合わないし、なによりうざったいとさえ思っていた。

 まぁ、外見ははたから見れば可愛らしい……ということは認めているのだが、その従妹の本性が、可愛く云えば小悪魔的、悪く言えば性悪といったところで、家族、親戚に愛想を振りまいているのに、正直腹がたっていた。

 しかも、歳が上である和成のことを『おっさん』と呼びつける。

 ここは普通『兄さん』とか場合によっては呼び捨てでも和成は別に気にはしない。年齢が離れすぎていれば話は別だが。

 ――と、愚痴を零しても仕方はなかった。


 それは、ジメジメとした六月のことだった。その日、和成は部活のメンバーと一緒にサッカー部の部室に集まっていた。

 監督兼顧問の大友から、重大な話があると聞かされており、和成はこの時、「練習試合ができる」

 と、期待で胸がいっぱいだった。

 ――しかし、大友から発せられた言葉は違っていた。

「サッカー部はこの日をもって廃部とする」

「――はぁ?」

 という、信じられないと云わんばかりの声が、部屋の中を響き渡った。

「な、なんでですか?」

「云ったはずだ。サッカー部はこの日をもって廃部とする」

「いや、だから、なんで廃部なんですか? 俺達いちおう十一人以上いるんですよ? それに控えとかを入れてもじゅうぶん事足りてますし」

 サッカー部員の一人がそう云う。「これは学校側が決めたことだ」

 大友はしごくめんどくさそうな声で部員たちを見る。話を終わらせたいといった雰囲気だ。

「それがわからないっすよ! なんで廃部なんですか?」

 もう一人のサッカー部員がたずねる。

「お前達、この前の試合……何点で負けた?」

 そう訊かれ、部員たちはざわめきだした。「――4点差です」

 おずおずとそう言葉を発した。

「その前の試合は?」

「3点差……」

 部員たちのざわついた声が小さく、か細くなっていく。

「――お前たち、学校は遊びで部活をやらしてくれているわけじゃないんだぞ? 学校が限りある予算のうちから出費し、足りない部分をお前たちの親御さんから集金しているんだ。それなのに、その御恩を返さないような……」

「で、でも、ちゃんと試合だって――」

「あのなぁ、試合をしてもらっているのはお前達の方だ。うちはここら辺の中学では最弱も最弱だ。遊んでもらっているってことにも気付け」

 大友は呆れた表情で言い放った。

「で、でも……今度こそ――」

「今度こそか……。云っておくが、弱小過ぎるお前たちを相手に見てくれる学校がこの地域にあるか? それに他の部活も、お前たちの不甲斐なさに呆れ、予算から外してほしいと学校に申し出があったんだ。校長もこれだけ弱いなら、サッカー部はなくてもいいと判断した」

「で、でも、一方的過ぎませんか?」

 和成が訊ねると、大友は頭を抱えるように項垂(うなだ)れた。

「もうひとつ。これが大きな理由だが……。お前たち、今日は部長の道重がいないことに気付いていたか?」

 そう云われ、部員たちは部屋を見渡した。

「部長が――どうかしたんですか?」

「――捕まったよ」

 大友の冷たい言葉に、和成や部員たちは耳を疑った。

「道重が婦女暴行で捕まったよ。被害者は小学六年生だったそうだ」

「そ、そんな……。それじゃぁ」

「ああ。学校はお前たちを切り捨てたんじゃない。道重が事件を起こさなかったら考え直してやってもよかったのかもなぁ――」

 大友はそう云うと、部室を出て行った。

 ――それから和成たちサッカー部員が、他の人たちから白い目で見られ始めたのは云うまでもない。


「あー、今思い出しても腹の立つ……」

 和成は愚痴を零しながら体を起こした。

「気分転換にランニングしてこよう」

 そう考えると、ランニング用のスポーツウェアに着替え、携帯を持って家を飛び出した。

 日暮れも近いためか、外は少し涼しい風が吹いている。

 夏場はできる限り朝と夕方に走ったほうがいいなと、和成は風を切るように走りながら感じていた。

「ねぇ、あの子、あのサッカー部の子じゃない?」

「ええ。ほんと危ないわよねぇ」

 という、おばさま連中の声が聞こえたが、和成はフードを被り、聞こえないようにした。

 詳しい事情を知らない外野のこえほど集中を切らせてしまう。こういうときは無視を決め込むのが一番だ。

 できれば、学校以外で外に出るのは極力避けたいのだが、小学生の頃、あるクラブに入っていたこともあり、基礎練習のランニングはもはや日課となっていた。やらないと身体が(なま)って気持ち悪いのである。距離は関係ない。ただ走りたいだけだった。


 噴水がある公園を二、三周ほどしていると、どこからともなくボールを蹴るような音が聞こえ、和成はそちらに耳をかたむけた。

 ボールを蹴る音と一緒に、少年と少女が混ざったような声も聞こえてきた。

 ――サッカーでもしてるのか?

 と、和成は音がした方へと近寄った。

「ほらっ! 相手の動きをよく見て!」

 和成と同い年くらいの、赤茶色の特徴的な腰まで伸びた髪をした少女が声を張りあげている。

 その先には小さなグラウンドがあり、小学生くらいの男女10人がボールを蹴りあっていた。

 よく見れば、ユニフォームは同じなのだが、紅白戦をしているのだろう。それぞれのGKを引くと、フィールドには八人出ている。五対五のミニゲーム。

明日香(あすか)っ! パス」

 少年の一人がそう叫ぶと、明日香と呼ばれた少女は思いっ切りその少年がいるところにボールを蹴り上げる。しかしボールは明後日の方角へと消えてしまった。

「なにやってるんだよ」

 怒鳴りながら、少年はボールを探しに、竹林の方へと消えていった。

「みんな、(さとる)くんがボールを見つけて戻ってくるまで、その場で休憩」

 少女がそう云うと、子供たちはその場にへたりこんだ。

「――あれ? 君は?」

 そう声をかけられ、和成はギョッとした。「ご、ごめん。勝手に見ちゃって」

 和成はあわてた表情で頭を下げる。

「別にいいよ。でも見ててつまらないでしょ、うち弱いからさ」

 少女はそう言いながら、フィールドを見遣った。

 その横顔はなんともいえない寂しさがにじみ出ている。

「でも、こんなところにコートがあったなんて知らなかった」

 和成は驚いた表情で言った。

「まぁ、ちゃんとした場所じゃないから、なんとも云えないけど」

 少女は申し訳なさそうな表情で言い返す。

「いや、少年サッカーの場合はゴールラインが50メートル、タッチラインが68メートルくらいだから、じゅうぶんの広さだよ」

「へぇ、あなたサッカー詳しいの?」

 少女がそうたずねると、「いや、知識があるだけだよ」

 と、和成は苦笑を浮かべた。

「ほのかちゃん、悟くん戻ってきたよ」

 フィールドから自分を呼ぶ声が聞こえ、少女――ほのかはそちらへと振り返った。

「よし、それじゃぁ……どうするんだっけ?」

 ほのかは首をかしげる。「しっかりしてくれよ、監督」

 フィールドに立っている少年の一人が肩をすくめるようにほのかを見すえていた。

「ごめんごめん。えっとたしか明日香がボールをラインに出したから」

「――明日香ちゃんが入ってるチームじゃない人が、タッチラインの線を踏まないところで立って、味方にボールがわたるように投げ入れて」

 和成がそう云うと、一人の少女がボールを投げ入れた。そのボールを別の男の子がクリアする。

「チームはどうなってんの?」

 和成はほのかにそうたずねるが、ほのかは呆然としていたため、最初は声をかけている事に気付かなかった。

「え? えっと、赤組が明日香、悟、武、椿、GKが優。白組が陽介、梓、恭平、智也、GKが直之」

 ほのかがそう云うと、呼ばれた子供達が和成たちのほうへと視線を向ける。。

「それじゃぁ、さっき明日香ちゃんがパスを出そうとしていたのが、悟くんだね?」

 そう云われ、悟はうなずいてみせた。

「わかった。それじゃぁみんな練習がんばって」

 和成はそう言って立ち去ろうとしたが、「ちょっと待って、あなたサッカーできるんでしょ?」

 ほのかに呼び止められ、和成は足を止めた。

「まぁ、できなくはないけど……」

「それじゃぁさぁ、この子たちに教えてくれない?」

 ほのかは笑みを浮かべながら、和成を見つめた。

「――はぁ?」

 と、和成が呆れた表情を浮かべるも、「ねぇ、いいでしょ?」

 ほのかはひかなかった。

「兄ちゃん、教えてくれよ。ほのかだと頼りないからさ」

 男の子――智也がそう云うと、他の子供たちも教えてほしいと言い寄ってきた。

「お、俺、そんなにうまくないぞ? 学校じゃレギュラーになったことなんてないし」

「でも、教えるくらいはできるんですよね?」

 女の子――梓がそう云うと、「アドバイスだけでもいいんです。おかしなところがあったら、直していきますから」

 もう一人の女の子――明日香が顔を近付ける。

「おしえて、おにいちゃん」

 子供たちの中では、一番小さい椿も、背伸びをしながら、顔を近付けていた。

「わ、わかったよ。それじゃぁ、この中でサッカーに詳しい子はいる?」

 和成がそうたずねると、「えっと、クラブやってたのって、私と直之くんだけだったっけ?」

 梓が直之と呼んでいる少年のほうへと視線を向ける。直之はちいさくうなずいて見せた。

 二人の会話を聞きながら、和成は小首をかしげる。

「どうかしたの? おにいちゃん」

 そんな和成に椿が声をかけてくる。「え、いや、なんでもないよ」

 和成は笑顔を浮かべながら答えたが、違和感を感じていた。

 ――やってた? でもこの子たちが今やってるのって、サッカーだよな?

 和成はそう考えていると、うっすらと暗くなっていた。

「みんな、今日はこれでおしまい。早くおうちに帰らないとお母さんに叱られるわよ」

 ほのかがそう云うと、「えー、もっとやりたい」

「だーめ、早く帰らないと危ない人に会うかもしれないわよ?」

 ほのかは怖い表情を浮かべるが、あまり怖くない。

「ほのかちゃん、可笑しいその顔」

 と子供たちが笑うと、ほのかは苦笑いを浮かべた。

「それじゃぁ、今度またいつでもいいから来て」

 ほのかは和成に声をかける。

「え? 俺教えるなんてまだ……」

「いいえ、あなたはここを知ったんだから、教えるしかないのよ。それにサッカーしたいでしょ?」

 ほのかは笑みを浮かべながら、そう云った。

「いや、だから……」

 和成が否定しようとしたその時、突然風が強くなり、和成は腕で目を覆った。

 風が収まり、和成が腕を退かすと、そこにはもう誰もおらず、和成は唖然としていた。



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