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P.K.  作者: 乙丑
3RDGAME
17/40

Ⅲ-Ⅳ:ラ・ボバ

ラ・ボバ:フェイントの一種で、ボールを足裏で扱うテクニック。


「はぁ……」

 と、なんともしまりがない声を出したのは、梓と明日香であった。

 事の始まりは、ましろの、本当に何気ない一言なのである。

「コーチの誕生日って、いつかしらね?」

 それに対して、女の子たちの誰一人、答えられなかった。

 ようするに、コーチである和成の誕生日を知らないのである。

「コーチに聞いてみたら?」

「でも、最近練習きついし、終わったら終わったで、朋奏ちゃんと華蓮さんと三人でミーティングしてるしなぁ」

 椿が、つまらなそうな表情で言葉を吐いた。

「練習の合間に休憩があるから、その時に聞いたら? 気兼ねなく話してるのって、梓ちゃんとましろちゃんくらいだし」

 優の提案に、梓とましろが、やってみると答えた。

 時期はすでに十一月に入ろうとしていた。

 梓とましろが和成に誕生日はいつなのかとたずねようとしても、大会に向けてさらに練習メニューが増え、基礎体力、パスワーク、シュート、ドリブル等々。

 とてもじゃないが、練習が終わった頃には子供たち全員ばてているのである。

 練習の合間にある小休憩も少しは長くなったとはいえ、気がついた時には、ピッチの真ん中で、子供たちは全員ばてている。

 こういう状態であるがため、聞こうにも聞けずにいるのが現状であった。

「よしっ! みんな休憩終わり」

 和成がそう云うと、子供たちはゆっくりと立ち上がった。

 ――えっと、たしか次はコーンを置いて、ドリブルの練習だったはず……。

 ましろがそう考えていた時である。

「今日の練習はこれでおしまい。みんな、シャワーを浴びて着替えてきて」

 朋奏の言葉に、子供たちは首をかしげた。

「え、でもまだ基礎練習しか――」

「基礎練習は毎日やらないといけないからな。まぁこれから行く場所も、練習といえば練習になるよ」

 この時はまだ、和成の真意に子供たちはわからなかった。


 華蓮に連れられてやってきたのは、一軒の食事処であった。

「ひろいっ!」

 椿が驚いた声をあげた。

 子供たちはもちろん、和成と朋奏も呆然とした表情で、店内を眺めていた。

 その奥座敷は十畳一間と広く、20人でも悠々と座れるくらいである。

「みんな、好きなところに座って」

 華蓮がそう云うと、敷居のところで、見た目二十歳ほどの若い女将に色々と話をしている。

「ええ。子供たちには栄養がつくものをお願いね」

 女将は小さくうなずくと、奥のほうへと消えると、すれ違う形で、190は優に超えている男が、32型ほどのテレビを抱えて、部屋に入ってきた。

「和成さん、テレビはここらへんでよろしいでしょうか?」

「あ、はい。後はこちらでセッティングします」

 和成が頭を下げると、それに答えるように男性も頭を下げた。

 和成はバックからデジカメを取り出して、中に差し込んでいSDカードを抜き取る。

 それからテレビの横にあるUSB接続にコードを差し込み、カードリーダと繋げた。

「コーチ、なんか映像でも見るんですか?」

 ましろがそうたずねると、和成はうなずいた。

「ああ、敵を知る前には、まず自分たちのことも知らないとね」

 和成の言葉に、ましろは首をかしげる。

 リモコンでテレビを点けると、少し時間を置いて起動し始めた。

 しばらく待ってからメニューを開き、SDカードに保存している映像が映され始めた。

 あっ……と、子供たちが声をあげる。

 映像に映っているのは、他でもない梓たちの練習風景であった。

「練習って、これのことですか?」

「ああ、人の振り見て我が振り直せってね」

 和成は、梓の質問に答える。

「あ、今のましろちゃん、ちょっと可笑しかった」

 優がそう云うと、和成はリモコンで映像を巻き戻した。


 映像に映っているましろと恭平のふたりが対峙しており、ましろはドリブルで近付くと、右足の裏でボールを転がし、シザーズをしかける。

 恭平は目の前に近付いたましろに怯み、さらに身体でブロックされているため、ボールが取れない。

 抜き去った時、一瞬だけましろの体が崩れていた。

「優、どこが可笑しかったか云ってみろ」

「えっと、抜き去る時、足がボールに追いついてなくて、無理に右足を伸ばしてました」

 優の回答を聞くや、ましろはすこしばかり苦笑いを浮かべる。

「それじゃぁ、これを直すにはどうしたらいいかな?」

「――足を早くする」

「――それよか、ボールを蹴る力を考えるとか」

 子供たちが色々と考えを述べていく。

「それで、コーチはどうしたらいいと思いますか?」

「俺はそうだな」

 和成はましろを見やると、「ちょっと立ってみて」

 そう言われ、ましろは立ち上がった。

「そんじゃ、ちょっとうしろを向いて」

「こ、こうですか?」

 ましろは不安そうにたずねながら、うしろを向いた瞬間、突然和成に背中を押され、左足を前に出して踏ん張った。

「ちょ、ちょっとっ! なにするんですか?」

 驚いた声をあげながら、ましろがたずねると、和成は少しだけ考えるや、「もしかして、ましろちゃんって左利き?」

 とたずねた。

「え、あ、はい。そうですけど」

「それじゃぁ、ちょっとボールを左足の裏で転がしてみて」

「でも、ここってお店の中」

「大丈夫、大丈夫」

 ましろはボールを受け取ると、和成に言われた通り、左足の裏でボールを転がし始めた。

「こんなので癖が直るわけ……」

 愚痴を零しながらボールを転がしていると――あれ?と、首をかしげた。

 おもむろに、右足の裏でやると、どうも感覚が違う。

 どちらかというと、左でやってみると、右よりもやりやすかった。

「――あっ!」

 ましろが声をあげると同時に、ボールは和成のほうへと転がっていった。

「みんなは利き足ってのは聞いたことある?」

 和成はボールを抱え、子供たちにたずねたが、そのほとんどは首を横に振った。

「ましろ、ドリブルを始める時はどっちから蹴ってる?」

「えっと、右からです。サッカーを始めた時、ドリブルの映像はほとんどが右から蹴ってましたから」

 そう答えると、和成は小さくうなずいた。

「人間のほとんどは右利きと言われていて、左の人は少なかったんだ。昔はそれが当たり前だったから、左利きの人を強制的に右に直そうする習慣さえあったんだよ」

「厳しいんですね?」

「まぁ、日本人のお国柄ってことでもあるんだけどね。それじゃぁ、ましろの癖はなんだと思う?」

「右にボールを流してるから、利き足じゃない右が変な負担をかけてるってことですか?」

「そういうこと。どちらにもいけるのはいいことなんだけど、ボールを変な形で取ろうとしたら、ふくらはぎを痛める危険性もあるんだ」

 和成がそう云うと、ましろは少し考えてから、「わかりました。それじゃぁ無理に相手を抜かないようにということですね?」

 そうたずねると和成は答えるようにうなずいた。

「辛いと思ったら、周りを見ること。サッカーは一人でやるんじゃないんだよ」

 和成の言葉に答えるかのように、梓たちはましろを見つめながらうなずいた。

「それじゃぁ、映像を見直していこう。気になるところがあったらどんどん言っていって」

 和成はリモコンで再生ボタンを押す。

 子供たちは、食い入るように映像を見つめた。

 そして、自分のだけでなく、仲間のプレイで気になった部分を言い合っていく。

「こういう練習方法もあるんだね」

「意外に自分の癖って云われるまで気付かないんだよな。俺も最初は利き足ばかりで蹴ってたから」

 和成がそう云うと、朋奏は首をかしげた。さきほど、朋奏に利き足で蹴るようにと云った矢先だからである。

「ましろの悪い癖は、映像を見て覚えるってところまではいいんだけど、それが自分にあった方法じゃなかったってことだ。まぁフェイントとか技術力はいいんだけど――」

 そう説明していると――。

「はい、みんな、料理がきたわよ」

 華蓮がそう云うと、女将と従業員が部屋に料理を運んできた。

「すごい、お肉だっ!」

 智也が声をあげる。

 子供たち一人一人の前には、色取々の料理が並べられていく。

「今度の大会に向けての激励会よ。それじゃぁキャプテン、音頭をよろしく」

 華蓮は視線を梓に向けた。

 油断していた梓は「ふぇっ?」と、緩んだ声をあげる。

「わ、わたしがキャプテンですか?」

 あたふたとした表情で、梓はみんなを見渡す。

「梓だったら、しっかりとみんなを引っ張れると思うんだけど」

「いいんじゃない? 梓って、最初の数秒は試合に参加しないで傍観してから、みんなに指示を出してるしね」

「わたし、梓ちゃんがキャプテンだったら、勝てる気がする」

「おれもキャプテンは梓でいいと思う」

 子供たちがそう云っていく。

「どうする? キャプテン……」

 和成がたずねると、梓の表情は不安から、決意の固いものへとかわっていく。

「わ、わかりました。やれるだけやってみます」

 そう答えると、和成は笑みを浮かべた。

「それじゃぁキャプテン」

 和成が肩を叩くと、梓はうなずいた。

「そ、それじゃぁ……。未熟者ですが、よろしくお願いします」

 梓は深々と頭を下げる。

「他に言うことがあるんじゃないのか? キャプテンッ!」

 直之が野次を飛ばす。

 ――他にいうこと……。

「わたしたちが目標にしていることでもいいんだよ」

 明日香の言葉に、梓はなにを言わないといけないのか、みんなの士気をあげる言葉はなんなのか、ようやく思い出した。

「みんなっ、今度の大会、絶対優勝しよう。それで、あいつらを――河山センチュリーズを見返すよっ!」

 声を張り上げ、そう宣戦布告すると、子供たちは、

「ぜったい勝つぞぉおおおおおっ!」

 と、(とき)をつくった。


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