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P.K.  作者: 乙丑
3RDGAME
14/40

Ⅲ-Ⅰ:アーリークロス

アーリークロス:クロス=センタリング。相手の守備が戻りきらないうちに、ディフェンスラインとゴールキーパーの間を狙って浅い位置から入れるセンタリング


 警察庁の近くに、【ヴェニス】という純喫茶がある。

 その店内で、能義はキリマンジャロを飲みながら、部下である芝川と、いっときの休憩を満喫していた。

「そういえばここ四ヶ月くらいか、まったくあの公園で事件は起きていないんだな」

「ええ。畑千尋が殺されてからまったくですよ。いちおうあの近くの学校には、あまり下校時間公園には近付かないようにと、子供たちに云っているそうですけどね」

「あそこは色々とな……」

 能義はそう言いながら、近々息子である直之の練習を見に行くかと考えていた。

「それでですね先輩、その学区内に璃庵由学園ってあるでしょ?」

「ああ、あそこか」

 知ってるも何も、息子である直之が通っていた学校である。

 学園とはいえ、お坊ちゃま、お嬢様学校というわけではなく、単に私立というだけで、公立の学校とさほど変わらない。通っている生徒のほとんどが家が学区内だからという理由で通っている。

「そこの中等部に道重という生徒がいたんですけど、警察に捕まったって話なんです」

「聞いた覚えがないな。いったいなにをしてがしたんだ? 万引きか? それとも置き引き、暴行……」

「――殺人です」

 芝川がそう云うと、能義はちょうどカップの取ってに手を掛けようとしたのを止めた。

「容疑は帰宅途中の小学生女児を暴漢し、殺したんですが……どうもそこが可笑しいんです」

「誰かが現場を見ていたか、逃げ出す犯人を目撃していたんじゃないのか? そうじゃなかったら警察が逮捕するとは思えん」

「それがその被害者の両親は、今でも犯人探しをしているんです」

「それじゃぁ、その娘とは関係ないんじゃないのか?」

 震えた唇に、熱いコーヒーを付ける。味が全然しなかった。

「その両親の娘は畑千尋の両親なんです。そして、その道重という少年が殺したのも――畑千尋」

 芝川の言葉に、能義は驚きを隠せないでいた。

「その話、詳しく聞かせてくれ」

 能義は、芝川が調べたことについてたずねる。

 芝川が調べたのは、畑千尋の周辺についてだった。

 畑千尋は、小学四年生の頃、『河山センチュリーズ』の試合で、ある一人のプレイに魅了され、サッカーを始めたこと。

 そのクラブに入ろうとしたが、門前払いを食らったこと。

 小学校でのクラブ活動に参加していたことも説明していく。

「それと、今まで殺された女の子たちも、みんな璃庵由学園に通っていたそうなんです」

「たしか、最初に殺されたのは妃春香だったな」

「その妃春香ですが、素性を調べると、どうやら未熟児だったようで、平均的な体力がほとんどなかったそうです。医師の話によると、心臓と筋肉に異常があったそうで、身体がその成長についていけてなかったようですね。それに両親のネグレクト(育児放棄)や、級友からの疎遠やいじめを受けていたそうです」

 ――妃春香……もしかして椿という少女か。

 そう考察すると、それこそ積み木崩しのように、殺された少女たちの名前が変わっていることに気付き始めた。

 能義はゆっくりと顔を柴川の方へと向ける。

「他の子供たちについてはどうだ?」

「なるべく調べてはいるんですが、両親ですら隠しているところがあるんです」

 芝川は唇を噛み締めた。「協力的ではないということか」

「いえ、なんか握られているようで、返事も曖昧だったんです」

「上が調べようとしないことと関係があるかもしれんな」

 能義は、すこし違和感を感じていた。

 襲われた子供……ではなく、自分の子供である直之のことに関してだ。

 華蓮から、直之たちは事故によって亡くなったと聞いた。が、それが本当に、偶然引き起こった事故だったのか。

「すまん、ちょっと席を外す」

 そう云うと、立ち上がり、能義は店のトイレに入った。

 用を済ませるわけでもなく、取り出したのは携帯である。

 それで妻に電話をかけた。

「ああ、ちょっと聞きたいことがあるんだが、直之が入ってたサッカークラブってどこだったかな?」

 そうたずねると、「なおくんが入ってたのは、河山センチュリーズですよ」

 妻の言葉を聞くや、能義は「そうか、済まないな」

 と電話を切ると、壁を殴った。

 ――どういうことだ? 亡くなった子供どころか、殺された畑千尋と、息子が同じクラブと繋がっている? いや、まさか……。

 能義はトイレから出るや、マスターに料金を渡すと、すぐに芝川と一緒に店を出た。


「先輩、どこに行くんですか?」

「河山センチュリーズってのは、たしか金にモノを云って、他のクラブから無理矢理有望な選手を抜き取ってたな」

 そう言われ、「そんなプロのトレードじゃないんですから、親が黙ってないでしょ?」

 と芝川はこたえる。

「そこのオーナーが、季久利屋書店っていう出版会社の社長でな、出版しているサッカー雑誌の企画で少年サッカークラブを作ったんだ。その頃から、有望な子供をスカウトしていた」

「よくあることじゃないですか」

「金が動いてなけりゃぁ、子供に悪影響を与えなかったと思うがな」

 能義はそう云うと、立ち止まり、タクシーを拾った。

「E町の河川下まで」

 運転手にそう告げると、車は走り出した。

 ――10分ほどして、子供たちの声が聞こえてくる。

 そこから少し離れた場所で、タクシーは停まった。

「お客さん、着きましたよ」

 能義は懐から財布を取り出し、運賃を支払うとタクシーから降りる。

 しばらく歩くと、設備がしっかりと整ったグラウンドが見え、そこで練習をしている子供たちを見遣った。


「へぇ、みんな上手いじゃないですか?」

「そりゃぁそうだろ? 上手い選手を集めているんだ。下手糞だったら意味がない」

 そう言いながら、能義はコートへと近付く。

「おいっ! 桜井! なんだ、そのプレイは?」

 コーチと思わしき男性の怒声が響いて聞こえる。

「すみません」

「それと、湯山っ! さっきのフェイントはなっていない。あれでは取られてしまうぞ」

「さーせん」

 と、見たところ、どこのクラブでも同じような練習風景だ。

「パスを繋げっ! ボールを取られるなっ! 味方の位置を把握しろっ! なにをやっているっ! そこで足を止めるな。ドリブルでかわせっ!」

 今現在、ピッチでは8対8のミニゲームが行われていた。さすが有名クラブだけあって、練習の覇気はたいしたものだ。

 赤3点に対して、白は0点。

 ボールは赤の10番が持っており、白のDFふたりにはさまれていた。

 赤の10番は、ボールを蹴り上げ、ヘディングで、うしろにいる味方にパスを送る。

 受け取った赤の9番は、そのままゴールへとドリブルし、左回転を加えたシュートを放った。

 ボールはGKの手に止められ、そのままセンターサークルまでボールがあがっていく。

「おい大間っ! なんだそのプレイはっ? チップなんぞするんじゃない」

 コーチが怒鳴り声をあげた。

「可笑しいですね。さっきのは結構いいと思ったんですけど」

 芝川が首をかしげる。

「あれだと空中でボールを取られる危険性がある。まぁ10番が蹴ったと同時に飛んでいたからな」

 能義はゆっくりと、コーチに近付いた。

「練習中すみません」

 そう声をかけると、コーチは振り返り、能義と芝川を見る。

「なんの御用でしょうか?」

「わたしたち、こういうものなんですが」

 能義と芝川は、懐から警察手帳取り出す。

「警察の方がどうして」

「いや、ちょっと近くを通りかかったら、元気な声が聞こえたのでね。しかしみんないい動きをしてるじゃないですか」

「え、ええ。そりゃぁ……。今は今度の大会に向けての練習や、パスワークのシミュレーションを兼ねていますからね」

 コーチはそう言いながら、ピッチのほうへと視線を向けた。

「――しかしなんですかな? 白の動きはまったくなっていない」

 能義はそう云うと、「そこ、ゴールの右サイドのスペース開き過ぎ、そこに入り込まれたら取られますよ」

 ちょうどボールは赤の8番が持っており、どこにボールをやろうか迷っていた。

 ゴール手前には味方がふたりいる。

 能義の言葉を聞いたのか、赤の7番が、そのスペースへと駆け寄る。8番はそちらにパスを送った。

 ボールは7番に渡ったが、白の選手にコースを阻まれてしまう。

「杉崎こっちだっ! こっちにパスしろっ!」

 赤の10番が声をかける。杉崎はボールを赤の10番に向かって蹴り上げた。

 赤の10番と白のDF、GKがボールを取りに飛び上がった。

「やぁっ!」

 赤の10番はヘディングし、ボールは白側のゴールへと入った。

「なんてことをするんですか?」

 コーチはワナワナと振るえながら、能義に云う。

「よくピッチを見れば、どこにボールを蹴ればチャンスができるかわかるものですけどね? 人数が少ない分スペースが開きやすくなりますし」

「あんなところにボールを蹴ったら、誰も対応できないでしょ?」

「トリッキーなプレイだと思いますし、あの7番よく対応できましたな」

 能義は笑いながらコーチを見た。

「お帰りください、彼らの練習の邪魔です」

 コーチは、能義と芝川を追い出そうとする。

「それじゃぁ、お聞きしますが――今度の大会には出場されるんですよね?」

「ええ。出ますよ。今回も優勝を狙っていますからね」

「ほう。野菜はほどほどにしたほうがいいですよ」

 そう云うや、能義はさっさと歩き出し、コートを後にする。

 芝川は慌てて後を追った。

「コーチ、さっきの人たちは?」

 赤の10番。大間が声をかけてきた。

「いや、なんでもない。お前たちっ! ボールを取られるなっ! パスを繋げていけっ!」

 コーチは、半ば苛立った声で、子供たちに言った。


「先輩、さっきの言葉なんなんですか?」

 警察庁へと戻る途中、芝川は能義がコーチに云っていた言葉の意味をたずねていた。

「ああ、あれか……。芝川、野菜はどこで売ってる?」

「え? やおやですけど?」

「それを漢字にしてみろ」

 そう言われ、芝川は『やおや』を漢字に直した。

「八百屋ですけど、それがなにか?」

「昔、あるところに長兵衛ちょうべえという八百屋の主人がいた。そいつは碁が上手かったんだが、客人にたいしてわざと負けていたんだ。それがわざと負けることを意味する『八百長』の語源となったわけだ」

 能義がそう説明するが、芝川はピンと来ない。

「さっきの練習風景見たろ? 彼等はボールというか、自分から行動していない。まぁ、赤の10番はよかったがな」

「つまり、上手いだけだということですか?」

「積極的に攻撃していなかったな。パスワークの練習と云っていたが、あの白の点数を見たか?」

「まるで入れてくださいみたいな感じでしたね」

「GKとDFの反応もよかったが、GKはペナルティーエリア内なら手が使えるから、取れたはずだ」

「つまり最初から彼らは負けるようになっていた」

「というより、白の選手は積極的に防いではいたが、ボールを取りにいこうとはしていなかったな」

 能義は少し考えると、「おまえ、今日はもう帰れ」

 と芝川に言い放った。

「俺はもう少し寄る場所があるんでな」

「先輩、二人一緒に行動しないと」

 そう言うと、ちょうど夕方のチャイムが鳴った。

「5時だ。もう定時だぞ。仕事は終わりだ」

 そう言われ、芝川は渋々能義と別れた。

 ――あの子たちはどうしてるかな? ちょっと見に行ってみるか。

 そう考えると、能義はタクシーを拾い、梓たちが練習している、噴水のある公園へと向かった。


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