αρχή:ジョッキー
αρχή(archí):ギリシャ語で始まり。
ジョッキー:馬を操るように、ボールを持っている選手に対してある方向に追い込むようにプレッシャーをかけていくディフェンス方法。というサッカー用語
S県N市邂馬町。日本が誇る神山――富士山を真上に臨む閑静な町である。
その中心からすこし離れたところに竹林で囲まれた中規模の公園の中心には麒麟の銅像を立てた噴水があった。
初夏の夕方ということもあり、暗くもなければ、明るくもない、薄暗い雰囲気がその噴水の周りを覆うように広がっている。
ランドセルを背負ったショートカットの女の子が、公園を走り抜けようとしていた。
女の子の服装は薄いカッターシャツにチェック柄のミニスカート。桃白色のラインが入った白のスニーカーを履いている。
所属しているクラブ活動を時間通りに終えたが、少女は居残り練習を自主的に行ったため、帰りが遅くなってしまい、急いで帰ろうと息を切らすほどに走っていたため、シャツは汗で滲んでいた。
「こんにちわ」
そんな少女の目の前に、彼女よりも年齢が二、三歳ほど上と思わしき少年が近付いてきた。なにかのスポーツチームに入っているのか、少し汚れたユニフォームを着ている。
女の子は、その少年に対して、少しだけ頭を下げた。
少年も、その挨拶を返すように軽く会釈すると、そのまま女の子の横を通り、走り去った……。
――そう、少女は思った。
少年は噴水の周りを一周すると、ふたたび女の子の前に現れた。
「きゃっ?」
突然のことで、女の子は小さく悲鳴をあげた。
「君、何歳だい?」
そうたずねられ、女の子は「じゅ、十一歳です」
と、素直に答えた。
「――そうか」
少年は女の子を見遣った。
女の子の全身を隈なく、舐めるように見ている。
「君、璃庵由学園の――畑千尋さん――でしょ?」
「えっ? あ、はい。そうですけど」
女の子――千尋は、キョトンとした表情で聞き返した。
特別制服を着ているわけでも、特定するものを身に着けていない。
ランドセルにいたっても、極々普通の赤いランドセルである。
だが少年は、その特徴的な『名札』で、千尋がどこの学校に通っているのかがわかったのだ。
小学生の名札というのは、その学校の校章が入っているのがほとんどで、千尋が璃庵由学園小等部の生徒であることが一目でわかった。
当然、千尋の名前も一緒に書かれている。
「――ちょっと来てくれないかな?」
そう云うや、少年は千尋の手を引っ張った。
「な、何をするんですか?」
千尋は抵抗するが、年も年で男と女である。
少年に、力で勝てるわけがない。
「――いいからくるんだッ!」
少年はなかば強引に、千尋を竹林の方へと連れていき、ちょうど人が寝転がれるほどの隙間がある場所へと抛り投げるように倒した。
「きゃっ!」
千尋は悲鳴をあげ、少年を睨み付ける。
「ち、近付かないでっ!」
千尋は、ポケットに入れていた防犯ベルを取り出し、鳴らそうとしたが、ベルはボタンを押すタイプではなく、紐を引っ張って鳴らすタイプであったため、混乱してうまく引っ張ることができなかった。
少年はその隙に、千尋の手首を握り締める。「い、いたい……」
千尋は力任せに握られた痛みに耐え切れず、防犯ベルを落としてしまう。少年はそれを手に取り、地面へと敲きつけた。
「さてと――」
そう云うや、少年は千尋の唇に自分の唇を重ねた。
「んっ? んっ……! んぐぅっ! んんっ!」
千尋は懸命に抵抗を試みる。
しかし覆い被さったように少年が上に乗っていたため、離れることができない。
少年はゆっくりと千尋の胸を弄り、カッターシャツを剥ぎ取った。
「や、やめて……」
千尋は涙を浮かべ、少年に懇願する。
そして、その言葉を最後に――朝朗どきの霞んだ空でさえずりあう雀のような明朗とした千尋の声は、二度と鳴くことはなかった。
「千尋っ! どこにいるの?」
母親らしき三十代半ばの女性が、必死な表情で声を張りあげていた。
空は暗く、どんよりとした雲が流れている。「――いたか?」
男がそうたずねると、女性は首を激しく横に振った。
「くそっ! どこにいるんだ?」
時刻は夜の二十二時。今の世の中、普通といっては可笑しいかどうかわからないが、塾に通っていない娘が学校から帰ってこないのは可笑しいと、近所の父兄や学校のPTAと協力して、娘――千尋の足取りを探していた。
「あの子はいつもここを通って帰っていたんですか?」
「間違いないです。うちの子供がこの公園をいつもランニングコースとして帰っているのを何度も見ていると云ってましたし」
父兄の一人がそう云うと、千尋の母親は辺りを見渡した。
公園とはいえ、竹林に囲まれており、場合によっては子ども一人がはいれる隙間もある。
まさか、この隙間に? 母親はそう考えるが、入り込めば今度は自分が迷い込んでしまうかもしれないと言う、物言わぬ恐怖が漂っていた。
「もう少し範囲を広げよう」
千尋の父親がそう言い、歩き出そうとした時、コツンという音が聞こえ、全員がそちらを見遣った。
音がした千尋の父親の足元にライトを当てると、「いやぁぁあぁっ!」
千尋の母親が小さく悲鳴をあげた。
そこには壊れた防犯ベルが捨てられたように放置されており、母親はこの防犯ベルに見覚えがあったのだ。
「あわあああああああああああああっ!」
竹林の方から、なにか途轍もなく危険なものを見つけたような悲鳴が聞こえてきた。
「な、なんだよっ? なんなんだよぉっ! これはぁっ!」
もうひとつ、別の悲鳴が聞こえ、千尋の母親は呆然とした表情でそちらを見遣った。
「なんだ? なにがあった?」
千尋の父親がそう云うと、「っし……。し、死んでる……」
浮ついた声をあげながら竹林から父兄の一人が飛び出してきた。
「……し、死んでる?」
そう聞き返すと、「ち、千尋ちゃんがっ!」
その言葉を聞き、母親はガクリと跪いた。
父親は信じられないといった表情で、竹林の方へと入っていく。
――そして、千尋の遺体を見るや、悲鳴をあげた。
千尋の目はどこを向いているのか、それはおそらく、千尋自身わかっていないだろう。
可愛らしいショートカットは婆裟羅髪と成り果て、衣服はボロボロになっている。
千尋の可愛らしい膨らみ始めた乳房は強く握られたため、赤く腫れ上がり、股に至っては、真っ赤に血染まっていた。
父親は、この無残な娘の姿を見るや、最初は夢だと思いたがった。
いや、夢だと信じたかった。
まだ、たった十一歳である娘が、こんな無残な最期を迎えたのだ。
――これが夢でなければなんなのか?
だが、これが現実であるのは変わりない。
「う、うぉっ! うぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
父親は、轟々しい悲鳴をあげた。
「くそっ! 誰だ? 誰がこんなことを?」
地面を殴りながら、父親は憤怒の表情を浮かべた。「け、警察に! 警察に通報しろ!」
父兄の一人がそう叫ぶ。
――数分後、管内の警察署から警察数名が公園へとやってくる。そして義務的な処置をしながら、千尋の遺体が運ばれていった。