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きみに似ている

作者: アレナ

軽い気持ちで、暇つぶし程度にお読みください。



 夫が、交通事故にあった。


 数時間後、意識を取り戻し目を開けた夫はわたしを見て、嬉しさと悲しさがないまぜになったような表情をした。そしてかすれた声で言う。

「きみは、俺の亡くなった妻によく似ている」


 夫―亮平と出会ったのは、高校の時だ。2つ上の先輩と後輩、そんなありふれた出会いをして、しかしそのふたりはなぜだか妙に上手くいった。

 大学時代、会社勤め、遠距離、別れの危機、なんてものも乗り越えていき、わたしたちは3年前に結婚した.


 毎日は平凡で、ごくごく普通に幸せだった。


 ただ、ここ最近は少し倦怠期だったかもしれない。

 会話も目に見えて減ったし、共働きであるからか時間のすれ違いも多くなった。


 もともとの性格も災いしたのかもしれない。

 わたしはどうも素直になれないタチで、照れ屋な亮平がせっかく好きだとか愛してるとか言ってくれても、わたしは「あっそ」なんて答えてしまう。それで喧嘩になったことも1度や2度じゃなかった。それが何年も続けば、優しい性格の亮平だって嫌気が指すのだろう、わたし達の仲は急速に冷めていった。


 だから、亮平が事故にあったと聞いたとき、これは天罰なのだと思った。

 素直になれなくて、ごめんなさい。わたしへの天罰で、彼を死なせないで。お願い。神様。何度心の中で呟いただろう。数時間後、看護士さんがわたしの元に笑顔でやってきて一命を取り留めた、意識が戻りそうだと告げたとき、わたしは本当に神様に感謝した。


 そうして、目を覚ました亮平が言った言葉が、それだったのだ。


「どうしたの、亮平。寝ぼけてるの?事故にあったんだよ?大丈夫?」

 わたしが声をかけると、亮平は悲しそうにわたしを見つめた。

「そんな言い方もそっくりだ。きみは、本当に希美(のぞみ)に似ている」

 似ているのは当たり前だ。希美、はわたしなのだから。亮平の妻はこのわたしなのだから。


 医者は、事故によって記憶が多少混乱したのではないか、と言っていた。しかしこんな例は今まで見たことがない、と首をひねっていた。

 幸いそのほかの怪我や障害はほとんどなく、亮平は1週間ほど入院したら帰宅できるらしい。


 しかし、問題はこれだ。

「きみも希美というのか」

「だから、わたしが希美なんだってば!どうしちゃったの亮平!」


 亮平の記憶の混乱は、5日たっても解消されなかった。わたしと彼の記憶は、結婚したところまでは共有している。高校時代のデートも、大学時代の旅行も、遠距離中の大喧嘩も、新婚旅行のハプニングも、全て同じ思い出だった。

 しかし、そこからが違う。亮平は、2年前に希美(わたしのことなんだけれど)は交通事故で亡くなったと主張した。そこから自分は独り身を続けているのだと。だがわたしはこうしてピンピンしているし、事故にあうまでわたしたちは確かに一緒に暮らしていたし、交通事故にあったのは亮平のほうだ。


「わたしが亮平の妻なの。わたしたち結婚してるの。覚えてないの?」

「うん。確かにきみは本当に希美にそっくりだ。彼女が生き返ったのかと思った。もしかしたら、これは泣き暮らしていた俺にくれた夢なのかもしれない」

「だから……!」

「でも、俺が愛しているのは、希美だけだから。2年前に亡くなった、彼女だけだから。彼女は生き返らない。きみは、希美とは違う。似ているだけだ」

 亮平の目がそうやって遠くを見る。こうやって言われてしまえばもうわたしは何も言うことが出来なくなって、5日目もなんの進展もなく終わった。


 これはやっぱり天罰なのかもしれない。

 夫が生きていたのは嬉しい。でも、彼は「わたし」ではなく2年前に亡くなったという「わたし」を愛していると言う。

 わけがわからない。亮平は一生このままなんだろうか。わたしは、「わたし」の幻想を見続ける夫と添い遂げなければならないのだろうか。


 次の日、病室に入ろうとしたところで、わたしは彼が写真を見ながら静かに泣いているところを目撃してしまった。

 わたしはなんだか悲しくなって、病室には入らず引き返した。

 その写真には、「わたし」が写っているのをわたしは知っている。2年前に亡くなったという、笑顔の「わたし」が。


 病院の中庭に出たわたしは、溢れ出る涙を誰かに見られまいとうつむいた。

 彼は、もうわたしの知っている亮平じゃない。わたしが彼の言う「希美」ではないように、彼もわたしの夫である「亮平」とは違う人間なのだ。

 悲しかった。そして、自分を激しく責めたてた。

 わたしは本当にバカだ。こうしてみてはじめてわかった。わたしがどれだけ亮平を愛していたかを。当然のように亮平がいて、二人で笑いあえて、時々喧嘩して、でも彼のぬくもりがある生活がどんなに幸せで、失いがたいものなのかを。


「泣かないで」

 ふいにかけられたその声で、わたしの後ろに亮平が立っているのを知る。わたしは顔を上げなかったが、彼は悲しそうな声で続けた。

「きみが泣いていると、希美が泣いているように思えてしまう。希美の泣き顔は見たくないから」


 あなたが泣かせてるのに、と思った。言っても仕方ないことだけど。だから、その怒りや悲しみを彼にぶつけようとして-やめた。その代わり、わたしはうつむいたまま、彼に問う。

「ねえ」

「ん?」

「例えば、本当にあなたの奥さん-希美さんが生き返ったとして、あなたはなんて言いたい?」


 その質問に、少しの間答えは返ってこなかった。風の音だけが二人の間を通り抜ける。何秒、何分経ったのだろうか、亮平は、静かに答えた。

「ありがとう」

「え?」


「ありがとう。愛している。そう伝えたい。陳腐かもしれないけれど、俺は、そうやって素直に言葉に出すのをためらってきたから。だから突然希美がいなくなって、本当に後悔したんだ」


「わたしと同じだね」

 なんだかおかしくなって、笑ってしまった。亮平も、微笑んだらしかった。くすりと息の漏れる音がした。

「あなたは、亮平に似てる。わたしの夫に」

「きみも、希美に似ているよ」


 それだけ告げて、彼は病室へと帰っていった。わたしも、彼のことを追わなかった。


 翌日が退院の日だった。いつもより早く病室へ行くと、亮平はまだ寝ていた。

 亮平だ。でも中身は違う。わたしの知っている亮平じゃない。

 けど。

「似ている者同士、なんとかやっていこうか」

 覚悟を決めた。お互いがお互いに似ているものを愛しているなら、なんとかやっていけるのではないか。「亮平」を失ったことは本当に辛いけど、それでも彼がいる。彼にも「希美」に似たわたしがいる。

 これからはお互いに、後悔をしない人生を歩もう。


「希美……?」

 ベッド横の荷物をまとめていると、その音で起きたのか、亮平が身じろぎした。わたしは笑う。寝ぼけているのだろうか。わたしは彼の「希美」ではないのに。

「おはよう」

「の、ぞみ」

 彼はわたしを見つめると、驚いたようにぱちりと目を開けた。そして笑っていたわたしを抱き寄せ、潰れてしまいそうなくらいの力でわたしを抱きしめた。

「ちょ、ちょっと」

「希美、希美、のぞみのぞみのぞみ」

「な、なんなの、どうしたっていうの、ちょっと!」

 昨日まで散々わたしは希美じゃないと否定していたくせに。文句を言おうと彼の顔を見上げると、亮平はぼろぼろと泣いていた。

「ど、どうしたの」

「夢を、見たんだ」

 彼が言う。わたしの髪に顔をうずめ、静かに囁く。

「希美が、死んでしまった夢。それから俺はずっと独りで暮らしていて、時々希美のことを思い返して泣くんだ。後悔したんだ。なんで素直にお前を愛してるって言わなかったんだろうって。お前が素直じゃないのなんて知ってたのに、俺から言えばよかったのに、なのにもうお前はいなくて」

 

 わたしは、「亮平」が帰ってきたことを知った。

 そして、彼の涙につられるように、わたしも泣いた。


「ごめん、ありがとう。俺、今になってわかった。希美が隣にいること、本当に幸せなことなんだって。今までごめん。愛してる」

「わたしも、わたしも愛してる。ごめんなさい。素直じゃなくてごめんなさい。でも本当に愛してるの、亮平、亮平じゃなきゃだめなの」

「希美」

「おかえり。おかえり、亮平」


 ふたりでぐすぐすと泣いているところを何人もの看護士さんたちに見られていたらしいのだけど、それに気づくまで、わたしたちはずっと抱きしめあっていた。



「夢を、見たよ」

 彼は囁く。ずっと変わらない彼女の笑顔に向かって、彼は微笑みかける。

「希美が帰ってきたのかと思った。きみに、本当に似ていたんだ」



・・・おわり


読んでいただき、ありがとうございました。


読みづらい小説になってしまったかもしれません。申し訳ありません。


それと、主人公の名前が希美なのは、本当に偶然なのです。シャレじゃないんです。編集中に気づきました。でもそのままにしておいたのです(これは意図的)。



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― 新着の感想 ―
[一言] 私的にはパラレルワールドの二人が事故を切っ掛けに入れ替わり、一夜限りの夢であり奇跡を体験した!って言うファンタジーな物語に思えましたね。 希美が生きている方には後悔から学ぶものがあると言う教…
[良い点] メッセージ性に優れている。 [一言] 私は前の方とはまたちがった解釈で読ませていただいたようでして、読み終わってじーんとしました。 事故で頭が混乱している中、愛する奥さんのことを想う深層心…
[良い点] え、どういうこと!と3回ほど最後を読みなおして、感動がひっくりかえりました。 あれは全部夢だったのだと思うと何だか悲しくなりましたが、それでも夢で愛する人に会えたのは彼にとっては幸せなこと…
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