第10章 追撃の毒牙と心の鍵
星屑の夜は、まるで運命の糸を紡ぐ織機のように、私の周りを静かに包んでいた。
黒森の呪われた神殿から逃げ延びた私、クラリッサ・フォン・エルヴィングは、黒蛇団の帳簿を手に、王都への帰路を急いでいた。
ハインリヒ・フォン・シュヴァルツとエレオノーラ・フォン・ヴァイスの亡魂は、私の心に正義の炎を灯し、ヴィルヘルム・フォン・ローゼンタールの破滅は私の復讐の第一歩を刻んだ。
だが、黒蛇団の首領、ディートリヒ・フォン・クロイツの冷たい瞳は、まるで私の背に突き刺さる刃のようだった。
ルートヴィヒ・フォン・ヴァルデック公爵の肩の傷は深く、彼の過去の傷痕は私の心に新たな謎を投げかけていた。
それでも、彼の温かな手は、私の心に光を与えていた。
「クラリッサ嬢、王都まであと少しだ。」
ルートヴィヒの声は、疲れを帯びながらも、まるで夜の海のように落ち着いていた。
馬車の中で、彼は肩の傷を布で押さえ、青ざめた顔で私を見つめた。
私の手には、黒蛇団の帳簿とローゼンタール家の帳簿が握られ、その重みが私の決意をさらに固くしていた。
「ルートヴィヒ、無理しないで。」
私は彼の傷に新たな布を巻き、静かに言った。
「あなたの命は、私にとって何よりも大切よ。」
彼の唇に、微かな笑みが浮かんだ。
「クラリッサ嬢、君の言葉は、どんな傷も癒す。」
彼は私の手を握り、囁いた。
「君が無事なら、私はどんな戦いも耐えられる。」
私の胸が高鳴り、頬が熱くなった。
「ルートヴィヒ、あなたは私の光よ。」
私は彼の瞳を見つめ、心からの言葉を紡いだ。
「この戦いが終われば、私の心はあなたに開かれるわ。約束する。」
彼の瞳が、まるで星屑のように輝いた。
「クラリッサ嬢、その約束は、私の生きる理由だ。」
彼は私の額に軽くキスをし、馬車の中で私を抱き寄せた。
その温もりに、私の心はまるで春の花のように開いた。
だが、その瞬間、馬車の外から叫び声が響いた。
「襲撃だ! 黒蛇団の刺客だ!」
御者の声が、夜の静寂を切り裂いた。
私はハッとしてルートヴィヒを見た。
「ディートリヒ、こんなに早く追ってきたのね!」
私は帳簿を鞄にしまい、剣を手に取った。
「クラリッサ嬢、剣は私に任せろ。」
ルートヴィヒは傷を押さえ、剣を抜いた。
「君は帳簿を守れ。馬車から降りるな。」
「ルートヴィヒ、無理よ! あなたの傷が!」
私は彼の腕を掴んだが、彼は微笑んで私の手を振りほどいた。
「君の正義は、私の力だ。」
彼は馬車の扉を開け、闇の中へと飛び出した。
私は窓から外を覗き、息を呑んだ。
黒いローブをまとった刺客たちが、馬車を取り囲んでいた。
彼らの剣には、蛇の紋章が刻まれ、まるでディートリヒの冷たい瞳を映しているようだった。
ルートヴィヒは一人で刺客たちに立ち向かい、剣を振るう姿は、まるで嵐の中の騎士のようだった。
「ルートヴィヒ、負けないで!」
私は叫び、馬車の中で帳簿を握りしめた。
だが、刺客の一人が馬車の扉をこじ開け、私に襲いかかってきた。
「帳簿を渡せ、クラリッサ!」
刺客の声は、まるで毒蛇の囁きのようだった。
私は剣を振り上げ、刺客の腕を切りつけた。
「黒蛇団の闇は、私の手で暴かれるわ!」
私の声は、まるで法廷での誓いのように響いた。
刺客が後退した瞬間、ルートヴィヒが馬車に戻り、別の刺客を倒した。
「クラリッサ、無事か!」
彼の額には汗が光り、肩の傷から血が滲んでいた。
「ルートヴィヒ、私なら大丈夫!」
私は彼の手を握り、叫んだ。
「馬車を動かして! 王都まで逃げるわ!」
御者が馬を急がせ、馬車は街道を疾走した。
刺客たちの叫び声が遠ざかり、私はルートヴィヒの傷を再度手当てした。
「ルートヴィヒ、無茶しないで。」
私の声は、涙に震えていた。
「クラリッサ嬢、君を守るためなら、どんな傷も惜しくない。」
彼は私の頬に手を当て、微笑んだ。
「黒蛇団は、帳簿を奪うために手段を選ばない。だが、君の知性なら、彼らを打ち負かせる。」
私は彼を抱きしめ、囁いた。
「ルートヴィヒ、あなたと一緒なら、どんな闇も恐れないわ。」
王都に到着すると、私たちはエルヴィング邸に戻り、帳簿を金庫に隠した。
ルートヴィヒの傷は医師に手当てされ、彼は客間で休息を取った。
私はマリアンネと再会し、彼女の涙ながらの抱擁を受けた。
「クラリッサ様、無事でよかった!」
マリアンネの青い瞳は、安堵に輝いていた。
「黒蛇団の刺客だなんて……。」
「マリアンネ、あなたの祈りが私を守ってくれたわ。」
私は彼女の額にキスをし、微笑んだ。
「これから、黒蛇団の帳簿を法廷に提出する準備よ。」
その夜、私はルートヴィヒと作戦を練った。
「クラリッサ嬢、黒蛇団の帳簿は、ディートリヒの王国支配計画を暴く鍵だ。」
彼は地図を広げ、静かに言った。
「だが、ディートリヒは法廷に影響力を持つ貴族を買収している可能性がある。提出のタイミングを慎重に選ぶ必要がある。」
「ルートヴィヒ、ディートリヒの計画について、もっと教えて。」
私は彼の瞳を覗き込み、尋ねた。
「あなたの過去は、黒蛇団とどれだけ深く繋がっているの?」
彼は一瞬、目を閉じ、深呼吸をした。
「クラリッサ嬢、私の父、アルブレヒトは、黒蛇団の禁呪研究の責任者だった。」
彼の声は、まるで過去の傷を抉る刃のようだった。
「父は、禁呪で王国を支配する計画を進め、母をその実験で失った。私は、父の罪を償うため、結社と戦ってきた。」
私は息を呑み、彼の手を握った。
「ルートヴィヒ、あなたはそんな重い過去を背負っていたのね。」
私の心は、彼の痛みに共鳴した。
「でも、なぜ私にここまで尽くすの? 私の戦いは、あなたの償いと関係ないわ。」
彼の瞳が、まるで私の心を映す鏡のようだった。
「クラリッサ嬢、君の正義は、私の償いを越えた。」
彼は私の頬に手を当て、囁いた。
「君の知性と情熱は、私の心を解放した。私は、君を愛している。」
私の胸が熱くなり、涙が溢れた。
「ルートヴィヒ、私も……。」
私は彼の唇にそっと触れ、囁いた。
「私も、あなたを愛してるわ。この戦いが終われば、私の心はあなたに捧げる。」
彼は私を抱きしめ、深くキスをした。
その瞬間、すべての闇が遠ざかり、星屑の夜が私たちを祝福するようだった。
ルートヴィヒ、あなたの愛は、私の復讐を優しく包む。
この戦いが終われば、私たちは新しい未来を築けるわ。
翌朝、私は帳簿を手に、法廷への書状を準備した。
だが、その時、マリアンネが慌てて駆け込んできた。
「クラリッサ様、大変です!」
彼女の声は、恐怖に震えていた。
「王都の市場で、黒蛇団の刺客が貴族たちを襲ったそうです! ディートリヒが、法廷を混乱させようとしていると……!」
私は拳を握りしめ、怒りに震えた。
「ディートリヒ、あなたの最後の足掻きね。」
私はルートヴィヒを見やり、毅然と言った。
「ルートヴィヒ、法廷に行く前に、ディートリヒの動きを封じましょう。王都の衛兵と協力して、刺客を捕らえるわ。」
彼は頷き、剣を手に取った。
「クラリッサ嬢、君の決断は正しい。」
彼の瞳は、まるで私の心を支える柱のようだった。
「黒蛇団の闇は、君の手で終わる。」
私は深呼吸をし、心を落ち着けた。
ハインリヒの短剣、エレオノーラのワイヤー、謎の紙片、血の箱、金の鍵、日記、証書、暗号、ローゼンタール家の帳簿、そして黒蛇団の帳簿。
これらのピースは、まるで運命の剣となり、私の手で振るわれる。
ディートリヒ、あなたの闇は、私の正義で打ち砕かれるわ。
星屑の夜は、なおもその輝きを放っていた。
ルートヴィヒの愛と私の正義の炎は、どんな闇も恐れなかった。
私は、黒蛇団の刺客を追うため、王都の闇へと踏み出した。




