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掲載日:2026/03/01

 こんな夢を見た。


 ガールフレンドの部屋で文庫本を読んでいる。彼女は私の隣で雑誌を眺めながらミカンを頬張っている。出先から帰ってきてかれこれ1時間ほど会話が途切れていたが、私は沈黙が苦にならない質だったし、彼女は空間を共有して時間を無為にすることを好んだ。温められた蒸気のように満足感が2人を包み、私たちはホカホカとしてそれぞれ活字を追った。


 口の中に違和感があった。お昼に食べた魚料理の小骨と思われた。歯の間に挟まっている。舌をもぞもぞとさせるが、なかなか取り除けない。


 手元の小説は佳境に入っていた。多くの犠牲を払ってようやく追い詰めた黒幕とのラストバトルである。周到に張り巡らされた罠をもって黒幕は主人公らを迎え撃ったが、怒りに燃える主人公にとって物の数ではない。亡き親友から託されたナイフで道を切り開き、いざ宿敵の喉元へ。頑張れ主人公!


 しかし小骨が集中を妨げる。歯の間で縮こまっているくせに、存在ばかり主張するのだ。舌先で何度もやさしく促しているのに頑として閉じこもっている。それどころかあらぬ方向へと転げ出て、無粋な先端を歯茎に突き刺す始末である。


 いよいよ辛抱たまらぬ。私は手洗いに立った。


 洗面所の鏡で大口を開くと、素手で小骨をつまんで引っこ抜いてやった。取り出した骨は蛍光灯に照らされて、あれほど鬱陶しかったというのにひどく矮小に見えた。ざまあみろ。


「ちゃんと流した? トイレ」


 部屋に戻ると、彼女はぼんやりと聞いてきた。彼女もまた雑誌に夢中である。


「ああ、いや、手を洗っただけだから」

「そう」


 私は読書を再開した。

 敵もさるもの、黒幕は手強かった。主人公の渾身の一撃をひらりとかわすと素早く距離を取り、奥の手を繰り出した。改造ロボットである。これまで相手してきた機体をはるかに凌駕する超パワーだ。なんと、これほどの兵器を隠し持っていたのか。頑張れ主人公、負けるな主人公! 助けに駆け付けた仲間たちの行く手を阻んだのは、またしても骨であった。


 なぜか再び、口の中に刺激を感じるのだった。例によって魚の小骨だ。さっき片付けたばかりではないか。私の困惑も苛立ちもお構いなし、歯茎に刺さってチクチクする。


 今度の決断は速かった。すぐさま洗面所に行って口の中の邪魔者を排除した。

 スッキリして部屋に戻ると、彼女の不安げな視線が迎えた。


「どうしたの? なんか具合悪い?」

「いや別に……ちょっとね」

「どうして誤魔化すの?」


 彼女は隠し事を嫌った。不機嫌のオーラがちらりとゆらめく。

 私は正直に事情を白状した。


「それならわざわざ隠れて処理しなくてもいいのに」

「人前で口の中に指を突っ込むわけにはいかないよ」

「なんか他人行儀じゃない? 私は気にしないよ」


 言葉は丁寧だが、水面下では彼女の舌鋒に不機嫌パンチが装填されようとしている。

 けれども誤解だ。


「恋人の前だからこそ、みっともない真似は見せたくないんだよ」


 効果はてきめんだった。「ほう……ほほう……」と唸りながら、彼女は明らかに頬を緩めた。


「たいへん感心な心掛けですね。今後も精進なさい」

「ははあ。仰せのままに」


 しばらくじゃれ合って、彼女の機嫌は元通りになった。


「でも乱暴に扱ってはダメ。血が出てるよ」


 言われて口元を手の甲で拭ってみると、赤いものが滲んだ。口の中もヌルヌルしている気がする。歯茎から抜くときに出血したのか。


「わかった、気を付けるよ」


 主人公らは劣勢に陥っていた。仲間たちの援護は間に合ったものの、撃破したはずの敵幹部まで復帰し、盤面は混沌した。敵陣営は主人公チームの能力を抜かりなく調査しており、相性有利な幹部で対抗する布陣を取った。これが厳しい。強行軍を重ねてきた主人公チームは消耗が激しく、じりじりと差を付けられて次々に脱落していった。ついには主人公も倒れ伏し、万事休すか。そんな中、絶望の淵で見出した反撃の糸口……それは骨であった。


 骨、骨、骨! 性懲りもなく骨! いまや口の中、ひいては私の思考の大部分を占領しているのは、こともあろうに骨であった。ちょっと気に障るといった程度ではない。歯の隙間、歯茎、舌のあちこちをひっきりなしに刺激し、やかましいといったらない。


 洗面所に駆け込んで、鏡を見て愕然とした。

 もはや口内の骨は1本や2本ではなかった。尋常でない量。無数の骨が絡み合い接続し合い、蜘蛛の巣のように張っている。

 なんだこれは。増殖しているのか。

 矢も楯もたまらず強引に引き抜く。骨の巣の支柱の刺さっていたあらゆる箇所が破れて血を噴いた。


 急に疲労が覆いかぶさってきた。

 ふらふらと部屋に戻ると、壁が赤黒く汚れていた。


 血が付着しているのだ、と直感した。ただの血飛沫ではない。

 大きな血のしずくが垂れた跡である。そのしずくは異様に大きな……そう、ちょうど人間の頭部くらいの大きさで……。とっくに乾いていて、もうずいぶん昔に汚れたものだと察せられた。どうして今まで気づかなかったのか。


「乱暴に抜いたでしょ。だから注意したのにな」


 その恨みがましい口調はなんですか。貴女は何を知っているのですか。


 またも口の中がもぞもぞとした。もう彼女の目を憚る必要はなかった。私は無造作に骨の巣をぶちんと引き抜いて、捨てた。ゴミ箱の中の骨の塊は何も言わない。

 見れば、壁の染みが増えていた。


 口の中に骨が誕生した。ぶちんと抜いて捨てた。ぶちん、ぶちん。そのたびに壁が汚れた。四方の壁は残らず赤黒くなった。もともとの色の部分は駆逐され、付いた血の量の多寡が模様を成していた。しかしその濃淡のパターンには何の意味も見いだせなかった。


 何個目かわからない骨の塊をぶちんと引き抜いたそのとき、頭上から巨大な指が出現した。指は私の身体をつまんで、どこやらへと投げ捨てた。

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