おまけ
連行されていくクレアだったが、不意にこちらに振り返る。
「この化け物めっ! これでもくらえ!」
手に隠し持っていた水晶玉を私に向かって投げつけてきた。
回避することもできたが……。
あれはまさか……、転送水晶?
私はその場から動かず、避けないという選択をした。体に当たると水晶玉は簡単に砕け、直後に私の全身が光りはじめる。
これを見たクレアは勝ち誇ったように笑い声を上げた。
「エリザお姉様が手に負えない怪物だった場合を想定して買っておいたんですよ! これでお姉様もおしまいです! 自分がどこに転送されるかお分かりですか!」
「南の戦場でしょ。行き先はそこしかない」
世間で流通している転送水晶は砕くと、魔獣との戦争が繰り広げられている遥か南の森林地帯に飛ばされるように作られている。熟練の戦士のために開発された緊急魔法具であり、その価格は家が一軒建つほど。
私も購入を検討したものの、あまりの値段に断念した経緯があった。
……クレア、家のお金に手を付けたわね。
全く焦る様子のない私を見て、妹は高笑いをやめて首を傾げていた。
「どうして平気なんです? 地獄の戦場に飛ばされるんですよ?」
「一度行ってみたいと思っていたのよ。人類が苦戦している魔獣というのがどんなものか興味があってね。あなた、私を向こうに送れば殺せると思った? たぶん無理よ。さっきの手に負えない想定というのは当たっているかもね。私も隠していた秘密を教えてあげるわ」
ここで微笑みと共に、「私も転生者よ」と内側から魔力を引き出す。
まだ誰にも見せたことのない本気の魔力だった。前世には及ばないものの、それなりにはなってきている。クレアだけじゃなく、普段から訓練を積んでいるはずの騎士達も気圧されているのが伝わってきた。
「前世が誰だったかは、帰ってきてから教えてあげる。ついでに、やっぱりあなたの曲がりに曲がった性根も私が直々に叩きなおしてあげるわ。たっぷりとね」
私が屋敷で最後に見たのは、血の気が引いたクレアの顔だった。
次の瞬間、周囲の景色が一変する。
草木が生い茂る真っ暗な森。照らしてくれる光といえば、上空で輝く星々しかない。
ふーん、ここが地獄の戦場か。一見すると普通の森だけど。
でも確かに、周りのあちこちから普通じゃない魔力反応を感じる。
……今更ながら、転送水晶はキャッチして後で改めて来ればよかったわ。武具くらいは装備してくるべきだった。
私は毒盛りディナーを食べていた普段着のまま、ナイフの一本も持っていない。
まあ何とかなるでしょ、と空中に小さな〈ファイアボール〉を浮かべて歩き出す。
魔獣というのは夜の時間帯に活発になるらしい。こうやって目印を浮かべていればすぐに向こうから来てくれるに違いなかった。
その読み通り、程なく一頭の魔獣が目の前に姿を現す。
体長十メートルはあろうかという巨大な狼が私を見下ろしていた。
……大きい、思っていたよりずっと大きいわ。これ、並の戦士じゃ全く相手にならないんじゃない?
その巨体を観察しているうちに大狼の方が先に動いた。
丸太のような前脚を私の頭上に振り下ろす。
ズズンッ!
片手で受け止め、お手をさせる形になった。
やっぱり少し訓練を積んだくらいの戦士じゃ即死だわ。私はお手で済んでいるけど。
受け止めていた前脚を押し返した私は、空中の火の玉を操作。魔力を送って急激に肥大化させ、体勢が崩れている大狼にぶつけた。
炎に包まれてのたうつ魔獣を横目に、私は思案に耽っていた。
問題なく倒せたけど、……確かこの一帯の魔獣達って南の戦場で一番弱いんじゃなかったっけ?
「グォォォォォ……」
雄叫びにふと空に視線をやると、今の狼より遥かに大きい、体長何十メートルとある竜が悠然と飛行している。感知したその魔力は、前世の私でも到底及ばないほどに強大だった。
「…………。……見なかったことにして、さっさと帰ろうかしらね」
ここは確かに地獄の戦場かもしれないと思った。




