1 前編
かつて戦乱の中にあった大陸西側一帯を平定した、英雄王と呼ばれる男がいた。彼は武芸に秀で、政治の手腕も相当なものだったが、一つだけ困った点があった。
それは、美しい女性に目がなかったということ。
あまりにも色を好みすぎた英雄王は数多の女性に手を出した末に、複数の女性から同時に毒を盛られてこの世を去る。
そして、そんな情けない最期を迎えた英雄王が、私の前世だった……。
……恥ずかしい、歴史書にでかでかと私の痴態が載っている。
いたたまれない気持ちになったものの、いつまでも前世を引きずっているわけにもいかないので前を向くことにした。
新たな生を得た私は、とある王国で伯爵家の長女エリザとして生きている。
前世の時代から幾度もの戦乱を経て、大陸には多くの国が共存する平和な時代が訪れていた。
実際には完全な平和ではなく、南の一地域で魔獣という恐ろしい生物と戦っているが、人類の大半にとってはあまり関係のない話と言えた。
それは私にとっても同様で、遠くでの戦争より貴族の令嬢としての嗜みを身に付ける方が遥かに大切だった。生まれ変わったからには私自身もその慣習に従わなければと、家の言う通りにしていたものの……。
「暇だわ……。前の人生に比べるとあまりにも暇すぎる……」
かつての生きるか死ぬかの日々と比較してなんと退屈なことか。
考えを改めた私は、少し自分を鍛えることにした。
体の鍛錬はもちろんのこと、何より大事なのは魔力を錬り上げる基礎練習。魔力は魔法の元になるだけでなく、使いこなせれば身体能力を何倍何十倍にも上昇させられる。
というわけで、私は幼少から魔力を錬りはじめた。
前世ほどとはいかないまでも、十歳で自分より大きな岩を素手で両断できるくらいの能力は手に入れる。だが、これで満足していてはいけない。
いかに高い戦闘力を身に付けようと、簡単に命を奪われる物質があることを私は経験から知っていた。それは毒。これを克服しなければ安心して第二の人生を生きていけない。
家の力を利用して、私は裏ルートでありとあらゆる種類の毒を入手した。
私が魂だけで彷徨っている間に毒への耐性を上げる手法は確立されていた。どうも魔力に毒を馴染ませるといいらしい。
毎日魔力をありとあらゆる種類の毒に浸すこと約二年、ついにその日を迎える。私は毒全種を順番に飲んでみた。体の中で毒が浄化される感覚。異変は一切起きなかった。
こうして毒を克服した私は、十二歳にしてようやく第二の人生を謳歌しはじめる。
この頃、私は王立学園に通い出したばかりで、そこはまさに天国と呼べる場所に他ならなかった。
今日も意中の女子生徒を裏庭に誘導。
「い、いけません、エリザ様……。私達は女性同士です……」
「そんなことは些細な問題よ。さあ、身も心も私にゆだねて」
……女性に生まれても私という魂は女性が大好きだった。
毒殺される心配もなくなったことから、同級生から上級生まで、身分に関係なく好みの子にはアタックをかけた。さらに、相手に婚約者がいても関係なくアタックをかけた。当然ながらこれを快く思わない者もいる。
ある日、私は男子生徒に裏庭に呼び出された。
「私の婚約者に言い寄るのはおやめください、エリザ様……。女性同士にもかかわらず……」
「そんなことは些細な問題よ。文句があるなら実力でかかってきなさい」
「……当家は代々、宮廷魔法士の家系。どうなっても知りませんよ」
「望むところよ、腕前を見せていただくわ」
「くっ、〈ファイアボール〉!」
挑発に乗った男子生徒は私に向けて火炎球を発射。
飛んできたそれを私は魔力で覆った片手でキャッチし、プシュッと握り潰した。
「この程度では戦場で役に立たないわよ。少し私が稽古をつけてあげましょう」
お返しに私も目の前に〈ファイアボール〉を生成。大きさは彼が作った数倍はある。
「お、お待ちをっ! そんなものを撃たれては!」
「魔力を高めて防御しないと死ぬわ。さあ、恋の業火に耐えてみなさい」
きちんと手加減してあげた甲斐あって、男子生徒は死なずに済んだ。焼け焦げて地面に倒れた彼の向こうに、私達の様子を窺っている女子生徒を見つける。
あら、あの子は私達が奪い合っていた例の婚約者だわ。
私はススーと彼女の背後に回った。その両肩に手を添える。
「ふふ、私ならしっかりとあなたを守ってあげられるわよ」
「い、いけません、エリザ様……!」
入学時点ですでに私の力は、教師も含めて学園内で突出したものになっていた。幼少から鍛えはじめたのもあるが、かつて英雄王にまで上り詰めた私の魔力は出発点から他とは質が違う。
これが、学園は天国だと言った理由。誰も私の恋路を邪魔できない。
もちろん力をひけらかすような品のない真似はしなかったけど、前述のように普通に生活(裏庭での決闘は割と日常茶飯事)しているだけで私は周囲から恐れられる存在になった。
しかし、この時はまだ悪女とは呼ばれておらず、私がその名を馳せるのは入学から二年が経った頃になる。




