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混ぜるな危険

作者: はらっぱ
掲載日:2025/11/06

感情のゴミの日

この街には「感情のゴミの日」がある。

月曜は怒り、火曜は嫉妬、水曜は不安、木曜は後悔、金曜は悲しみ。人々は週ごとに心に溜まった感情を袋に詰め、収集車に回収してもらう。


黄色い袋には怒りを、緑の袋には嫉妬を、青い袋には不安を。指定された色つきのビニール袋に入れないと、収集員は持っていってくれない。

袋を縛るとき、感情はぐっと詰まった空気のように膨らみ、手を離すとボコボコと小さな泡のようなものが弾けた。

それは嫌な匂いを放つが、慣れてしまえばただの生活の一部だ。


僕もこれまで律儀に分別を守ってきた。

怒りは月曜に、嫉妬は火曜に、きちんと出してきた。

そうして感情を整理してさえいれば、なんとか平穏な日々を送ることができた。


隣のおばさんは毎週金曜日、悲しみの袋を三つも四つも出す。

夫に先立たれてもう五年になる。


向かいの大学生は木曜日、後悔の袋をいつも小さく縛って、恥ずかしそうに置いていく。

たぶん、飲みすぎた夜のことだ。


だが、その週だけは違った。

日曜日、彼女が僕の親友と並んで歩いているのを見た。

二人は肩が触れそうなくらい近く、ふと視線を交わしては笑い合っていた。

その笑顔が、僕の知らない顔だった。

僕といるときには見せたことのない、柔らかく、無防備な笑み。

胸の奥が灼けるように熱くなり、心臓をぎゅっと鷲づかみにされたように苦しくなった。

足元がふらつく。呼吸は浅く、世界が赤と緑に染まっていく。


怒りと嫉妬


その二つが同時に膨らみ、押さえつけても押さえつけても溢れてきた。

家に帰ると、僕はもう我慢できずに袋を取り出した。

黄色い印の袋と、緑の印の袋。

本来なら別々に縛らなければいけない。

だが僕は衝動的に、両方を一つの袋に詰め込んだ。

もはやこの混ざり合った感情を分けることなんてできない。


怒りは赤い炎のように揺れ、嫉妬は緑の液体のようにどろりと重い。

二つがぶつかり合い、袋の中でじゅうじゅうと音を立てて混ざり合っていく。

袋は膨れ上がり、表面がびりびりと震え、触ると静電気のようにチリチリと痺れた。


「どうでもいい。まとめて持っていけ」


吐き捨てるように言いながら、僕は袋の口を強く縛った。

袋は脈打つように膨張と収縮を繰り返し、まるで生き物のように蠢いた。

中から「シュウゥゥゥ」という不吉な音が漏れる。


翌朝、収集場所に袋を置いた。中はパンパンに張りつめていて、かすかに熱を帯びている。

近づくと硫黄のような、焦げた電線のような、とにかく嫌な匂いがした。


数分後、いつもの収集車がやってきた。


作業員は無表情のまま近づいてきて、そして、袋の前で動きを止めた。

彼はゆっくりと顔を上げ、僕を見た。

その目には、哀れみと、諦めと、そしてかすかな怒りが混ざっていた。


「……また、ですか」

「え?」

「今週三件目なんですよ。月曜だけで」


作業員は深くため息をつくと、腰のベルトから分厚い手袋と防護ゴーグルを取り出した。まるで爆弾処理班のような装備だ。


「そんな大げさな…」

「お客さん、感情ゴミ混合物取扱規則第三条、ご存知ないんですか? 『怒りと嫉妬の混合は発火性極大、爆発の危険あり』。小学校で習いませんでした?」


言われてみれば、確かに習った気がする。

でもあれは社会科の教科書の隅っこに小さく書いてあっただけで、誰も真面目に覚えてなかった。

作業員は慎重に袋を持ち上げた。袋は今にも破裂しそうなほどパンパンで、彼の手の中でぶるぶると震えている。


「せめて週をまたいで出してくれれば良かったんですけどね。月曜に怒り、火曜に嫉妬。それだけで済んだのに」

「すみま──」


その瞬間

轟音が響いた。


世界が白く光り、耳をつんざく爆発音が街を揺らした。

荷台の中で赤と緑が混じり合い、眩しい閃光を放つ。収集車の鉄板がひしゃげ、窓ガラスが次々に割れ、街路樹が炎を上げて燃えだした。

作業員は吹き飛ばされ、向かいの生垣に突っ込んだ。隣のおばさんは悲鳴を上げて家の中に逃げ込み、歩いていた大学生は放心したようにその場に座り込んだ。

街の防災スピーカーから、けたたましくサイレンが鳴り響く。


『緊急放送、緊急放送。西区で感情ゴミ爆発事故が発生しました。市民の皆さん、感情のゴミは必ず分別してください! 感情を混ぜると、極めて危険です! 繰り返します──』


僕は呆然と立ち尽くした。

炎の向こうで、作業員がよろよろと立ち上がった。防護服は焦げ、髪は逆立ち、顔は煤だらけだ。それでも彼は、タブレット端末を取り出して何かを入力し始めた。


「お客さん」

「は、はい」

「違反ゴミ投棄、および感情混合物による公共危険罪で、罰金十五万円です。後日、市役所から通知が届きます」

「じゅ、十五万!?」

「ああ、それと」作業員は淡々と続けた。「来週から三ヶ月間、あなたには『感情の適正分別講習』の受講義務が発生します。毎週土曜日、朝八時から。遅刻厳禁です」

「土曜、朝八時……」

「嫌なら法廷で争ってください。まあ、勝てませんけど」

作業員はそう言い残すと、壊れた収集車を見て深くため息をついた。


翌週の土曜日。

市役所の地下にある薄暗い教室に、僕は座っていた。周りには二十人ほどの受講者がいる。みんな、どこか虚ろな目をしていた。

教壇に立つのは、分厚い眼鏡をかけた初老の男性だ。


「では、自己紹介から始めましょう。まず、あなた」

男性は僕を指差した。


「えっと……怒りと嫉妬を混ぜて、爆発させました」

「古典的ですね」講師は鼻で笑った。「隣の方、どうぞ」


隣に座っていた三十代くらいの女性が、か細い声で答えた。

「悲しみと後悔を……五袋ずつ混ぜて、街を……洪水に」

「ああ、南区の件ですか。あれは酷かったですね。復旧に三週間かかりました」

講師は淡々と頷き、次の人を指す。


「不安を……十二袋溜め込んで、竜巻を」

「あの日、暗雲が立ち込めてたのは、あなたの所為ですか…」


「私は、後悔を濃縮して、街を水で溢れさせました」

「覆水盆に返らずです。諦めも肝心ですよ」


「怒りを高温加熱して、火山を噴火させました」

「桜島、今年何回噴火させたら気が済むんですか…」



だんだん話がエスカレートしていく。僕の爆発事故なんて可愛いものに思えてきた。


「皆さん、感情とは危険物です」講師は教卓を叩いた。「適切に分別し、適切に処理する。それが文明人の義務なのです。分かりましたか?」

『はい……』

全員が力なく返事をする。


講習が終わり、外に出ると、携帯が鳴った。彼女からだ。

「もしもし?」

『ねえ、聞いた? あなたの家の近く、爆発があったって』

「……うん、知ってる」

『大丈夫だった? 怪我とかない?』

「大丈夫。ていうか、あのさ」

『うん?』

「日曜日、親友と歩いてたよね」

電話の向こうで、彼女が笑う声がした。

『ああ、気づいてたんだ。実はね、サプライズパーティーの準備してたの。あなたの誕生日、来週でしょ? でも……』

「でも?」

『爆発で、予約してたレストランのシェフがケガして休みになっちゃったの』


沈黙。

長い、長い沈黙。


「……ごめん」

『ううん、いいの。また別の場所探すから』


彼女の声は優しかった。でも、その優しさが、今の僕にはひどく重い。

電話を切ると、ポケットから灰色の袋を取り出した。その袋に後悔を詰め込む。ずっしりと重い。

木曜日まで、あと三日。

それまで我慢できるだろうか。

ふと見ると、向かいの大学生も、小さな灰色の袋を握りしめて空を見上げていた。後悔だ。きっと僕と同じことを考えているのだろう。

街のどこかで、サイレンが鳴る。

また誰かが、感情を爆発させたのだ。


最近の僕の分別は完璧だ。もう二度と、混ぜたりはしない。

収集車が袋を回収していくのを見送りながら、僕はふと思った。

この街の人々は、果たして本当に「すっきり」しているのだろうか、と。

答えは分からない。

でも、来週もまた袋を出すのだ。

きちんと分別して。

それがこの街のルールだから。

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