表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

宇宙人鬱病

作者: 緋西 皐

 僕はたまに公園に行く。家の中に閉じこもっていると息苦しくて止まない。気も滅入る。だから散歩して公園まで行く。元気に遊ぶ子供を見ればちょっと平和な気分になるし、ジャージ姿でウォーキングする老夫婦を見ればちょっと愛を信じられる気がする。

 それで曇った空を眺めて、タバコを吹かす。雲か煙かわからないのは、雨か涙かわからない、溜息か風かわからないのと同じだ。それをすっと吐いて、子供に「あー! 肺がまっくろくろすけー!」と煽られて止める。それからはぼーっとやはり曇った空を眺め、眺め――あれは雲か? いや、UFOだ?

 とある日曜日。三センチくらいの円盤が手裏剣のごとく空から降ってきた。もう少しでつま先が真っ二つになるところだった。砂埃だかわからん、いや、腐卵臭の酷いそれ漂わせる中から、丸坊主の一寸が出てきた。


 「やぁ」


 これが僕と宇宙人の初めての出会いだった。純粋な子供は事故ったUFOの臭いに気づかないから、僕を指さして「わー洩らした―」と叫ばれ、僕は汚いおじさんになった。宇宙人を蹴った。

 

 僕はしばしば公園に行く。あれから宇宙人はもりもり雑草を食って百センチくらいになった。丸坊主と言ったが、あれはスキンヘットらしい。七次元パーマは地球人では認識できないと。

 僕はそしてベンチに待ち草臥れている宇宙人にタバコを一本渡す。宇宙人は指を鳴らして火をつけ、それで灰を黒くする。灰があるかは知らん。ともかく宇宙人は僕よりも気落ちしていた。だいたいいつも。


 「いやなことがあったんですか」

 「ないぞ、猿」

 「つまらなそうな顔してるじゃないですか」

 「低次元だからわからんだけさ、猿」

 「いやいや、僕、色んな宇宙人にあったことあるけど、みんな元気でしたよ」

 「そんなもんかな。まぁこっちにもいろいろあるんだよ」

 「なにがあるんです」

 「なにも。なにもない。猿の脳みそよりすっからかんな日々さ」


 うっきっきー。宇宙人はもちろん、多くの噂の通りに人類よりも遥かに優れた文明技術を持っている。人体、人体? の構造も人間とは全く違って優れていて、運動神経も十メートル跳べる、五十メートルを二秒で走れる、暗算も三十七桁までは一秒でできるらしい。掛け算の。

 宇宙人が言うに人類は彼らの祖先が猿を改良して作った奴隷らしく、戦争に負けて、地球にノコノコ帰ってきた。最近。それが、地球人を甘く見ていたらしく、ふつうに訓練中の米軍に撃墜されたと。

 ああだから、宇宙人は日本各地にバラバラになって、三十人くらいいるみたいだ。最近、宇宙人は同僚と連絡を取ったらしい。同僚は野良猫の長になっただとか。


 「ああ、つまんねぇ」

 「地球がですか?」

 「違う。いや、だいたいそうか。ともかくつまんねえ。なんか釈然としない」

 「お仕事がうまくいってないとか?」

 「仕事? そんなの猿がやるもんだろ。五次元からは遊んで暮らすの。七次元になると遊ぶのもかったるくてやめるけど」

 「じゃあなにをするんです」

 「なにもしない。なにもしなくていいって、俺たちは気づいたから。意味なんてねえのさ」

 「憂鬱って感じですね。暇だからですよ」

 「暇? 違う、あんたらが忙しいだけだ。疲れるのに幸福を覚えるのは猿だからだ。五次元からは――ってさっき言ったな。てか、なんなんだ、猿の癖にその目、むかつくぜ。物珍しそうにこっち見んなよ」

 「いえ、そんなことは」

 「いいか、猿。楽しいって感情は劣っているから起こるんだわ。この退屈こそが平和、平穏だ。文明が劣っているから猿は一喜一憂する。七次元じゃ質の悪い演技みたいなもんだ」


 宇宙人はところどころ地球人を見下している。たしかに宇宙人のほうが色々と優れている。だから僕が何をどう云ったところでほとんど意味はない。僕からすれば宇宙人のセリフは全て神に等しい、世界の模範解答に等しい。宇宙人は間違ったことを云わないだろう。間違ったことをしないだろう。その果てにああ暇で、退屈で、憂鬱になるのは、平和の裏返しという意味では、ポジティブなはずだろうか。

 それで僕が少し明るい気分になると宇宙人はああやって怒るのだった。僕からすれば宇宙人が絶望している姿は、自分の絶望が小さく見えるので、楽になる。その比較が宇宙人は気に入らないようだ。


 「それだから坊主になるんですよ」

 「ちげえよ、猿。お前らが低次元なだけ。だっ!」

 「なんですか、怒ってるんですか。もう一本タバコあげましょうか」

 「いらん。ああ、猿にもこのバッハみたいなロールヘアを見せてやりたいもんだ」

 「(絶対似合ってない)」

 「聞こえてるぞ、テレパシー舐めんなよ。ったく、地球人の劣ったファッションセンスじゃまだまだ、まだまだ最先端の宇宙はわからんか。性別や国に縛られて争っている時点で、そうだろうな」

 「はいはい」


 適当に僕は公園に行って、こうやって宇宙人と話す。宇宙人と言ってもどこにでもいる知的生命体? だ。どうでもいい話をして煙浮かべて帰るだけだ。

 それもいつの間にか終わってしまった。宇宙人はいなくなった。同僚によると宇宙人はマンションで首を吊っていたらしい。自殺だと。

 僕は久々に笑いました。宇宙人の癖に自殺の仕方、三次元すぎだろって。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ