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生き地獄

「朝よ。学校遅れるわよ。起きなさい」真珠はお母さんの大声に布団を被った。今日もまた地獄が始まる。学校なんか行きたくない。だけどお母さんは熱がないと休むことを許してくれない。布団の中でうだうだしているうちにお母さんが上まで上がってきた。少し怒ったような足音、床のミシッという歪み、階段を上がる音を聞くとまるで心臓を踏みつけられているような気持ちになる。

「あんた、何回言わせるの。自堕落なんだから。起きなさい」と布団を力づくで剥がれた。

「体だるい」真珠は絞り出したような声でつぶやいた。

「でも熱がないと学校休ませないからね。体温計持ってくるから」またお母さんはバタバタと下に戻っていった。その間に真珠は昨日薬箱から持ち出したカイロでそっと脇を温める。そしてカイロを枕の下に隠した。「持ってきたよ。はかりなさい」母が差し出した体温計を脇に入れた。最近の体温計は素早く測れる。しかし真珠にとっては長い。即席で温めた脇は一回体温計の温度が上がればいいのだけど、だんだん冷めてくると体温が下がってしまう。

ピピっとなると37.5度。少し驚き、でも気だるげに母に差し出す。「えー。本当に?布団の中に熱がこもってるんじゃない?もう一回ふとんからでて測ってみなさい。」予想外だ。母はこの間もずっとみている。地獄の時が来た。ピピッ。36.7度。「ほら、大丈夫だから学校行きなさい。熱測って時間もかかったんだから早く用意しないと遅れるよ。」

真珠はため息をついて、顔を洗い歯を磨き制服に着替えて家を出た。朝ごはんなんて食べる時間はない。

歩きでの通学。柊高校の制服の学生で溢れている。同じ服で歩くのがなんか軍隊みたいだ。地元では進学校で、ダラダラとおしゃべりをしながら通っている子はごくわずか、みんな前を向いて一人でキビキビと歩いている。外に出たら柊軍隊から外れるわけにはいかない。

学校に着くとうわ…という生徒たちの声が響めく。あいつ今日もきたよ。こなきゃいいのに。隣の席の美桜ちゃん今日も魔女の隣なんてかわいそー…杉田くん魔女にこの前話しかけられてたけど大丈夫だった…?いやキツかった…だよねー。まじでキモすぎ…杉田くんのこと好きなんじゃないの?まじでキモすぎ!どうしたらいい?何かあったらうちらに言ってね!

こんな会話が日常のように流れる。別に友達としてかかわらないならほっといてほしい。美桜が私の隣になったのはくじ引きで杉田くんに話しかけたのはグループワークの発表について聞いただけで。元凶は私じゃない。はず。

元々こういういじめが始まったのも私が何かしたからじゃない。あいつがくるとなんだかうざい。ということで始まった。真珠という名前も「怪物がきた」みたいな感じで魔女という名前が隠語になった。

先生がホームルームを始める。出席確認は適当。体調悪い人はいませんか。では朝の会を終わりますね。とそそくさと立ち去った。

いくら体調悪い子でもわざわざ手をあげていうわけない。黒板には黒板消しで消したけどまだ白く濁っている黒板に指で死ね。ビッチ。キモい。飛び降りろ。などの文字が緑に浮いている。周りの子達がくすくすと笑っていた。

1時間目は数学だ。いつも通り黒板に淡々と問題の解説をする。先生の位置からはこの文字は見えないのだろうか。黒板にはびっしりと解説が書いてある。授業も全くわからない真珠は写すだけだ。黒板はすぐにうまり、黒板消しで雑に消すと、指で書いた文字は消え、白く濁った黒板に戻った。ノートに数字や文字を写すだけで書写のようにあっという間に時間が過ぎる。

休憩時間になると一気に気分が暗くなる。携帯禁止の自称進学校では一人で楽しむことができない。周りを見ればグループになり話している。こうなると選択肢はトイレに行くか突っ伏すかしかない。

こんな感じで淡々と授業を受け帰宅。帰宅の時が一番自分に戻れる。さっきまで電源を切っていた携帯を取り出し、好きな動画をみる。でもドラマや映画など芸能時間が出るもの以外見ない。SNSのように一般人が気軽に投稿できるものだと自分より遥かに高校生活が充実している人たちをみて、自分自身と比べてしまうからだ。真珠は最近にしては珍しくテレビっ子である。どのテレビを見てもタレントのリアクションは完璧だ。困ったことや濁したいことがあれば大きく笑って過ごす。ワイプに映った俳優たちは頷いたり途中でニコニコしたりとやたら愛想がいい。ドラマは俳優たちが普段の様子と違うものを演じている時は特に夢中でみれる。やっぱりこの俳優さん演技上手いなーなんて思いながら自分もやってみたくなるものだ。こんなに違う人格で過ごせたらいいななんて思う。

家に帰ると、テレビがついていた。スマホの弊害について議論しているようだ。「近所のコミュニティが…」とか、「大切な人との時間が…」とかゴタゴタいっている。それをみて、「ほら、あんたもスマホばかり見ていないでもう少し外を見なさいよ。毎日スマホばかり見て。没収するからね。」とお母さんが洗濯物を畳みながらいう。うるさい。私みたいにどう頑張ってもコミュニティに属せない人間だっている。いくら話したってテンポ感が違うとかしつこいとか、黙っていたら気持ち悪いとかでどこにいっても嫌われる。でもスマホは自分のテンポで動かすことができる。一人でいるのが惨めじゃないんだって気づかせてくれた大切なものなような気がする。お母さんみたいななんとなくその場で出会った人と遊んで過ごしてきたような人にはわからない。

真珠は暗い気持ちのまま自分の部屋に戻った。

自分の部屋は楽だ。何を言われることもない。すごく汚いし、ずっとこもっているとあまり心地よくないけどでも誰からも何も言われないことが救いである。

動画の続きを見ていると6時。ご飯の時間だ。真珠は大皿に持ってある料理を少しだけ取り、お腹いっぱいだからもういらない。と言った。お父さんは獲物を狙うように食べ物をみて、大皿を自分の方に引き寄せた。真珠が少し取りすぎると不機嫌になる。そんなかんじでここ2ヶ月では4キロも体重が落ちてしまった。

父は大皿をぼうっとみている真珠をみて、最近痩せたんじゃないか?前ははち切れそうな体だったのに。今更ダイエットか?と笑いながら大皿に犬のように顔を近づけながら唐揚げを貪っていた。

ご飯が終わったらお風呂と歯磨きなど一定の身だしなみを整えたらあとは明日学校に行くだけになる。学校が近くなれば昼にあんなに心地よかった部屋は暗い牢獄のようになる。明日はどんなことを言われたりされたりするんだろう。台風で休みにならないかな。いっそ天変地異でもおこらないかな…など考えながら暗く湿った時間を過ごすことになる。スマホで「嫌われる理由」と検索してみる。話を聞かない、空気が読めない、でもなど反論の言葉を使う。どれにも当てはまっている気がするし当てはまっていない気もする。こういう記事を見ているとなんだか自分の管轄外まで責められているような不思議な感じがして頭がくらくらしてきた。なんとなく動画アプリを開いた時「これを流すだけであなたの扱い方が変わる」という動画があったので聞くことにした。明日の関係が変わっていればいいなと期待しながら。

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