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陰陽奇譚  作者: さざれ
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「……誰かに恨まれているか」

 びくりと藤式部が体を震わせた。月白は配慮する様子もなく尋ねる。

「心当たりは無い? たぶん理由はこれだと思うの。呪詛特有の歪んだ気配がしないし、前々からの問題というのでもなさそうだし。それとも、最近なにかおかしなものが見えるようになったりした?」

 横で聞いていた高澄は納得した。これは確かに、個人的な事情に踏み込むかもしれない話だ。口が軽い者には聞かせたくないだろう。

 月白も、別に彼女に配慮をしていないわけではない。そういう話をしてもいいかと確認をとった上で、それ以上の配慮は話を進める邪魔だと切り捨てたのだ。そのやり方が事務的で実際的なので反感を覚える者もいそうだが、月白は気にしなさそうだ。

「……いいえ、おかしなものが見えることはありません。……でも、その、恨まれるような心当たりは……」

「なくても、可能性としてはいくらでもあるでしょうね」

 籐式部は言い淀んで言葉を濁したが、月白はあっさりと言った。

「恨みを買っていない人間なんていないもの。私だって色々な人から恨まれていると思うわ。些細な行き違いから誤解が生まれることだってあるでしょうし、逆恨みされることだってあるでしょう。自分は全然関係ないのに、家族など近しい人のとばっちりで一緒くたに恨まれることだってある。だから早急な解決は難しいのよ。原因を特定しなければいけないから」

「なるほど……」

 納得し、高澄は思わず声に出してしまった。部外者なので聞き役に徹しようと思ったのだが。

 声を出してしまったついでとばかり、藤式部に声をかける。

「どうだろう、特に強い心当たりなどは……」

「そこまで。男性がいると話しにくいことも多いのよ。恨みの大半は金銭か色恋が絡むんだから」

 光覧帝の大改革の結果、和国ではそれ以前と比較にならないほど貨幣が浸透している。国の隅々まで浸透しきっているとは言えないものの、長足の進歩だ。それに伴って贋金などの問題も出てきているが、交換の際に価値を誤魔化すのは物々交換でも起こりうることだ。全体的に見れば利点の方がはるかに大きいだろう。

(金と色。確かにな……)

 納得した高澄は口を噤んだ。藤式部は何か言おうと葛藤していたようだったが、こちらも口を噤んだ。

 一通りのことを説明し終えた月白は、藤式部に言った。

「これで元々の依頼は完了ということでいい? 残りのお金を頂いてから話を進めたいのだけど」

「あ……えっと……」

 籐式部は先ほどよりもさらに言いにくそうにしていたが、月白の促す視線に重い口を開いた。

「……あの、ごめんなさい……今、手持ちが少し足りなくて……」

 残りのお金をすぐに出すことはできない、ということらしい。月白の纏う雰囲気が冷ややかになった。

「踏み倒そうとした? それとも、成功報酬だから払わなくていいと思った? 成功しないだろうと思われていたのかしら」

 藤式部は縮こまっている。高澄は思わず助け舟を出した。

「踏み倒すなんてことはしないだろう。それに彼女は病み上がりなんだ。そこまで厳しくしなくても……」

 それこそ厳しい月白の視線に、高澄は少し勢いを落とした。

「……お金がすぐに必要だったら、私が立て替えても……」

「……そういう問題じゃないのよ」

 月白は溜息をつき、小さく呟いた。ややあって顔を上げ、藤式部に言う。

「それなら、次に会うときまでに用意しておいて。お金だけではなく、原因究明の依頼をするかどうかの考えもね。除目の日までに受け取りに来るわ」

「分かりました。すみません……」

 譲歩したというより、これ以上ここにいても仕方ないと見切りをつけたのだろう。月白は高澄を促して席を立った。

「戻るわよ。後宮で見たいものは見られたから」

「分かった。……それでは籐式部、失礼する。どうかお大事に」

「ありがとうございました……!」

 頭を下げ、籐式部が二人を見送る。それに振り返らず、月白はそのまま後宮を出る方向へ進んだ。

(しかし……やっぱり、もう少しやりようも言いようもあると思うのだが……)

 月白の態度はがめつくさえ見えてしまう。もちろんどんな態度を取るかは本人の自由だし、曲がったことを言っているわけでもないのだが、なにか違うと思ってしまうのだ。高澄が裕福な貴族だからそのように思ってしまうのだろうか。

「……しかし、さすが後宮ね。一般的に女性は陰の気が強いものだけど、ここの女性たちは陽の気が強い人が多いわ。皇族の血が濃いのね。天照大御神を祖とする陽の家系の。陰陽どちらがいいというものではないけれど、ここが合わない人は本当に合わないでしょうね」

 月白は歩きながら言った。高澄も並んで歩きながら相槌を打つ。

「私には分からないが、そうなのか。しかし、皇族の血か……。それなら、どうして……」

 第二皇子たる尊継は陰の気が強いということになるのか。誰に聞かれるか分からないから具体的な言葉にはできなかったが、高澄が言いたかったことは月白に伝わったようだった。

「個人差があるもの。血筋がすべてではないし、血筋にしても先祖返りとかがあるでしょう。あくまで個人の体質の問題よ」

「そうか……。そうだな、自然の摂理だものな。人間では逆らえない。受け容れて、できる範囲でどうにかするしかないものな」

 ままならないものだが仕方ない。人間にできることは、人間の力の及ぶ範囲でどうにかならないかと足掻くことだけだ。

 月白はぽつりと呟いた。

「そうなのよね。人にはどうしようもない。……自分自身のことさえも」

 物思わしげな様子に言葉をかけたくなったが、何と言っていいか分からない。高澄は黙って月白の隣を歩いた。

 清涼殿のところまで戻り、高澄は月白に確認した。

「他に見ておきたいところとか、確認しなければならないことなどはあるだろうか。なければ帰り道を送っていくが」

「そうね……」

 月白は言い淀んだが、考え中というより、考えを話すかどうかを迷っているような感じだった。ややあって言った。

「……できるなら、陰陽寮を少し見てみたいのだけど……」

「なるほどな、陰陽寮か」

 陰陽師として、陰陽寮に興味を持つのは当然だろう。前の時代では蔵人所に所属する陰陽師がいたりもしたのだが、光覧帝の時代から陰陽寮に一本化されている。

 高澄も中務省の者として、陰陽寮に出向くことはよくある。宮廷はとにかく儀式が多いところなので、日の吉凶を占って日取りを決めるのは重要だ。何か変わったことが起これば占を求めるし、好ましくない出来事があれば祓いを求める。どれも日常茶飯事だ。

 高澄自身はもちろん陰陽道のことを知らないが、陰陽寮に出入りする身として知り合いは多いし、案内はできる。だが……

「……男ばかりだが、大丈夫だろうか?」

 女性が行くとなると物珍しげにじろじろ見られるだろうと予想できる。不愉快なことを言われるかもしれない。もちろんそんなことがあったら咎めるつもりでいるが、予防はできない。行かないという選択肢を取らない限り。

「構わないわ」

「分かった。それなら、こちらだ」

 本人がそう言うなら、これ以上言い立てることはしない。高澄は先に立って案内しようとしたが、月白は横に並んだ。

「一応、場所は分かっているの。でも、私ひとりだと外から見るしかできないから……」

「それは確かにそうだな。関係者でないと入れないものな。だが、月白がまだ修行中だとはいえ、太白どのが……」

 他に人がいないときなら敬称はいらないだろうと思って何気なく外した高澄に、月白は目に見えて動揺した。

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