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休憩になったのか、よけい疲れたのか分からないお茶の時間のあと。月白は真面目な顔で切り出した。
「式部卿宮のことだけど……推測が正しければ、病ではないわ。誰かの作為の可能性は排除しないけど、あっても根本的な要因ではない。宮はたぶん……陽の気に当てられておいでだわ。重要な行事って大抵、宮廷の陽の気を強めるものだから」
高澄は瞬いた。
「? よく分からないが、治るのか?」
月白は呆れたように、太白は面白そうに高澄を見る。
「いいわあ、単純馬鹿な男って」
「……なんだか、言葉を選んでいるこちらが馬鹿を見ているような気がするわ」
月白は溜め息をつき、
「いい? 陽の気に満ちた宮廷で、陽の中心たる存在であるべき皇子が、陽の気に身を損なわれていると言っているのよ。喩えるなら夏の日差しのもとで花を咲かせることを期待されているはずの草が、その日差しを毒としているようなものよ。その草は、本来は日陰に植え替えられるべきだと言っているのよ」
「…………なるほど、それは……」
「こんなことを言うなんて言語道断の不敬でしょう。あなただから言ったのよ。頭の固い人に言ったら首が飛んでたわ」
月白は物騒なことを言うが、それは高澄も否定できない。日の御子たる皇子が宮廷の陽の気に耐えられないなど、口が裂けても言えないだろう。陽の気の源は天皇を中心とした皇族たちであるべきなのに。
「太白どの。あなたのお見立ても同じか?」
「ええ。じかに拝謁できるなら、はっきりしたことを申し上げられるのだけど。月白、あなたも見たら分かるわよね?」
「分かるわ。体の陰陽の釣り合いが取れているかどうかくらい。宮廷の陰陽師たちはこれが分からないのか、言わないのか……」
「…………なるほど。厄介と言われた意味がようやく分かった」
高澄は頭を抱えた。話が本当なら、尊継の体質が宮廷の陽の気に耐えられないものであるうえ、そのことを陰陽寮の者たちが口にできないか、あるいは察知できていないかという状況なのだ。
「……言わないというのなら、まだ分からなくもない。だが、分からないなんてことがあるのか? 優秀な人材を集めているはずだが……」
「ありうると思うわ。宮廷の陰陽師たちのやり方は偏っているもの。日差しが強すぎて枯れかけている草を見て、もっと日差しを当てないとと思ってしまうような人たちだから。皇子のお体に陽の気が害をなすなんて有り得ないと思い込んでいてもおかしくないわ」
「そうよねえ。それに、べつにやり方が間違っているわけではないのよ。彼らの中では陽こそが万病に効く薬で、正義なのだから。彼らは淘汰しているのよね。宮廷の陽の気に耐えられない者を。悪気があるのか無いのか知らないけれど」
「…………」
高澄は沈黙した。月白はさらに付け加える。
「皇子という身分でいらっしゃるから問題になってしまうのだけれど、内裏に馴染めない人ってけっこう多いらしいわ。人間関係だけでなく、陽の気に当てられてしまうこともあるのよ」
「見るからに人工的で歪な構造だものね。内裏の大部分は男性ばかり、後宮は女性ばかり。まあ、和国はこれでもまだましだけど」
「……太白どのは大陸の方なのか?」
「出身はね。狐や狸じゃないのよ、残念ながら」
太白が思い出し笑いをする。それでも得体が知れないことに変わりはないと高澄は思ったが、さすがに口にはしない。
「ねえ、高澄様。除目の日っていつ?」
太白の問いに、
「呼び捨ててもらって構わない。除目は十日後だ」
それなのに尊継の体調は思わしくない。回復するかどうか分からないが、体調不良のそもそもの理由が今までは不明だったのだ。評判の術師に相談すればあるいはと藁にも縋るような気持ちで望みをかけたが、期待以上だった。諦めずに方策を探し求めてよかった。状況はよくないが、何とかなるかもしれない。
「辛酉の日ね。陰の気が強いから好都合。星の巡りも、少し工夫をすれば助けになってくれるはず。他にもいくつか方策を用意して、式部卿宮にお目にかかりたいわ」
「何とかできるのか!? もちろん、すぐにでもご案内したいが……まずは使いを走らせないと」
「見立て通りなら何とかなるわ。状況が厄介だし、体質を根本的に変えることは不可能だけど、解決策そのものは単純だし。使いをいきなり式神に任せるのは失礼だから、従者か誰かに頼んでくれる? 外に待たせているでしょう?」
「ああ。すぐ行ってくる」
従者は馬を連れて、休憩がてらこの近辺をぶらついているはずだ。どのくらい時間がかかるか分からないと言い置いたから、それほど遠くに行かず、適当に時間をつぶしているはず。高澄はすぐさま席を立った。
「月白、あなたには課題を。陽の気を弱めるのでも陰の気を強めるのでもいいから、宮廷に持ち込んでも問題にならない呪具なり方法なりを幾つか用意して。それと、式部卿宮が陽剰ではない場合、何が疑われるかも列挙して」
「すぐに用意するわ、お師匠様」
月白も頷いて席を立つ。
二人の頼もしいやり取りを背中に聞き、高澄は心強さに拳を握った。
(依頼に来て正解だった。…………変わった人たちではあるが)
目の前でひとりでに開く戸を目にしながら、高澄は安堵とも苦笑ともつかない笑みを零した。