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陰陽奇譚  作者: さざれ
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 尊継と調査を進めている途中ではあるが、話をする時間くらいは取れる。高澄は頷いて、邸の者に許可を得て庭に降りた。

 太白は物憂げな表情をしている。顔立ちの端麗さも相まって誘うような色香が醸し出されており、その気のない高澄でさえ思わずどぎまぎした。

「ねえ」

 太白が唇を開く。

「高澄様は、私のことが女性には見えないのよね?」

「え……? ……えー、っと……」

 どっちともつかない印象ではある。だが、とくに女性扱いをしてはこなかった。

「……見えないというわけではないが……分からない。失礼をしてしまっただろうか……」

 その答えに太白は吹き出した。笑いながら言う。

「失礼なことなんてないわよ。失礼というのはさっきの人のような物言いのことよね」

「それは比較対象があれだと思うが……」

 あからさまな悪意、あそこまでいかないと失礼にならないのだとしたら太白は心が広い。

「それで、太白どのは女性なのか? 男性なのか?」

 正面から高澄は聞いてみた。この流れなら聞いても失礼には当たらないだろう。気になっていなかったと言えば嘘になるし、今なら答えてくれそうな気がした。話したがっているような気がしたのだ。普段は相手を煙に巻くような態度の太白だが、何かあったのだろうか。

 溜息をつき、太白は言った。

「男性とか女性とか、疲れちゃう。そう思って何もかも投げ出したくなる日ってあるじゃない? 高澄様はそういうの無い?」

 だが、やはり太白は太白だった。つかみどころのない雰囲気はいつものままだ。

 高澄は考えた。そして答えた。

「考えたことがないな」

 太白は吹き出した。高澄は弁解するように言った。

「私ももちろん、仕事のこととか、いろいろ気疲れすることはある。だが、男性がどうとか女性がどうとか、そういったことは正直、あまり考えたことがない」

「それはある種、すごく男性的な答えだわ」

「そうかもしれない」

 太白が笑いながら言い、高澄は認めた。確かに、性別がどうなどと考えなくていいのは男性だからなのかもしれない。女性はきっと、もっとずっと葛藤があるはずだ。

 太白はずいと距離を詰めた。いい香りがして、淡い色の瞳が高澄を捉える。花びらのような唇が弧を描く。しなやかな手が高澄の胸に添えられた。

「言葉でなく、もっと他の方法で聞いてみたい気もするけれど……」

「…………!?」

 太白は背が高い。高澄とあまり視線の高さが変わらない。それなのに顔を近づけるものだから、太白の際立った造作がいやでも目についてしまう。視線が勝手に瞳や唇へと吸い寄せられる。

 魔性。そんな言葉が浮かぶ。

「…………やはり、狐狸ではないのか……!?」

 太白はきょとんとし、一拍ののち、盛大に吹き出した。

「あはははは! その疑い、まだ晴れてなかったのね! 男とか女とかじゃなくて、狐や狸! 化かされているとでも思ったの!?」

「……太白どのは美しすぎるし、はっきり言うと得体が知れなさすぎるからな。狐狸が化けていると聞いても驚かん」

「いえ、それは驚きなさいな! 何かしら、物怪に関わったせいで感覚がおかしくなっちゃった? ……まあ、動物が化した物怪もいるのだけどね」

「やっぱりいるのか」

「何よ、その視線!? 私は違うわよ!?」

 言葉では憤慨してみせながらも、表情も声も笑っている。なぜだかその様子に、太白が人間であることを高澄は確信した。

「高澄様は見鬼ではないけれど、そうした超常の存在の気配は分かるでしょう? よほどぼんやりしたりしていなければ化かされる前に分かるわよ」

「……やっぱりそういうことがあるのか」

 ぼうっとしていれば気づけないとか、そんな話なのだろうか。恐ろしくなったが、気づけなくても気づけないまま問題がなければ別に構わないということに思い至り、高澄はそれ以上考えるのを止めた。

 そして言われた通り、太白の気配を感じるようにしてみる。どこも不自然なところはない、人間のものだ。目で見ていると男性か女性か分からなくて混乱するのだが、気配を感じてみればごく当たり前の人間だ。そのことに安心する。

「なるほど、たしかに太白どのは狐狸ではなさそうだな」

「違うわよ。それとも、化かされてみる?」

 細い指が高澄の顎を捉える。そのまま近づかれそうになり、高澄は慌てた。

「いや、人間であっても! それはちょっと……! あまりからかわないでほしいのだが……」

 美女だか美男だか分からないがともかくも魅力的な人物に迫られそうになっている、この状況を歓迎すべきなのかどうなのか分からない。

 太白は甘く目を細めた。

「からかってなんていないし、私、いつも本気よ? 高澄様のこと、好きよ。かわいいと思うわ」

「…………!?」

 太白は引く気配がない。嘘を言っている気配もない。蛇に睨まれた蛙とは違うが、心境としてはそんな感じだ。蛇の目が宝玉のように美しくて目が逸らせない。このままだと大変なことになると分かっているのに、体が動かない。

 太白の唇が、近づいてくる。甘く香しい吐息を感じる。鈍い高澄であっても心を鷲掴みにされるような気持ちがした。流されてみてはどうか、きっと素晴らしい快楽が待ち受けているに違いない、そんなふうに囁かれている錯覚を覚える。

 だが、最後の最後で、頭に浮かんだのは月白のことだった。強気で意地っ張りで、でもどこか脆い、なぜか気にかかって仕方ない少女のことだ。

 高澄は、無言で太白の胸を押し返した。太白が意外そうな顔をし、しかしすぐに誘うような笑みに戻った。

「任せてくれていいわよ? 気持ちよくしてあげるわ」

「いや……遠慮しておく」

「怖い? それとも私の言葉が信じられないかしら」

 いや、と高澄は頭を振った。

「怖いとは思わないし、太白どののお言葉を疑っているわけではない。すべて本当のことだろうし、すべて本心だろう?」

 本気だと言ったことも、高澄を好きだと言ったことも、嘘だとは思えなかった。誘いに応じれば気持ちよくしてあげるというのも本当なのだろう。……少し気になる気がしなくもないが、その心の動きには蓋をする。

「信じてくれるのね。そうよ」

「そのうえで、全てではない。そうだろう? 太白どの、あなたは何か、私を試していたのではないのか?」

 太白が笑みを深めた。

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