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陰陽奇譚  作者: さざれ
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 そんな一幕もありつつ、二人は陰陽寮に着いた。高澄は顔見知りの陰陽師――役職としての陰陽師ではなく、確か彼は陰陽生か何かだったはずだが、技術を持つ者としてこう呼んでいる――を捕まえて見学を申し出た。

 しかし彼は難色を示した。

「中務省の高澄様ならいいですが、部外者を立ち入らせるのはちょっと……。機密もありますし、国家のことを占って帝に方針をご助言申し上げたりもしますし、外部の方に知られてはまずいことがたくさんあります」

「確かに、それもそうだな」

 高澄は納得して頷いた。もっともだ。上の立場の者に掛け合っても答えは同じだろう。

 月白を促して戻ろうとしたのだが、陰陽師はちらちらと月白を見ながら申し出た。

「内部をご案内することはできませんが、儀礼のご案内であればできますよ。今日はちょうどこれから軒廊御卜こんろうのみうらが行われますが、見学なさいますか?」

「できれば、お願いしたいのだけど……」

 月白が高澄を見上げる。高澄は少し首を傾けて答えた。

「私は構わないが、大丈夫か? 紫宸殿の東の軒廊で行われる卜占だから、また内裏に戻ることになるが」

「さっき休ませてもらったし、大丈夫よ」

 後宮で休んだとは言っても、月白はそこで陰陽師としての仕事をしていたし、どのくらい休まったかは疑問だ。だが、本人がいいと言うならいいのだろう。

「では、案内を頼む」

「では僕も一緒に」

「俺も」

 高澄が頷くと、近くで話を聞いていた陰陽師たちが何人も同行を申し出た。

「……仕事は大丈夫なのか?」

「これも仕事のうちです!」

 高澄が言うと、一人が答えた。他の者も頷く。

(まあ、そういうことにしておくか。気持ちは分からんでもないし)

 陰陽寮は男ばかりだ。その中に月白のような美少女が来たものだから、みな色めき立っている。

 当の月白はといえば、そんな男どもにはまるで関心のない様子で、陰陽寮をじっと観察している。高澄の目から見ると特に面白みのない普通の建物だと思うのだが、彼女にとっては違うのだろうか。表情からは何も読み取れない。

 先ほど左大臣が供をぞろぞろと引き連れていたような形で、高澄と月白も陰陽師たちを連れて内裏への道を再び辿っていく。

「……なるほど、普段の業務はそのようなものなのですね」

「ええ。牛馬がどこそこの建物に入り込んでしまったとか、烏が誰それの冠を蹴飛ばしたとか、些細に見えることでも卜占で読み解かなければいけませんから。あちこちに呼ばれますよ」

 高澄にとっては意外なことに、月白は陰陽師たちにつんけんした態度を取らず、丁寧な口調で会話を交わしている。高澄に対してはもっと雑というか何というか、粗略に扱ってくる気がしているのだが。解せない。

「では、月白さんも陰陽師なのですね。占事略決はお読みになりましたか?」

「そんなはずないだろう。女が漢字を読めるはずがないし、漢字が読めれば理解できるというものでもない」

「読みましたよ」

 月白は怒るでもなく淡々と答えた。

「さすが清明公の著作という印象を受けました。目的ごとの占い方が実践的に記されていて、陰陽寮の方は重宝なさるのでは?」

「そう、そうなんです。六壬神課は必修の占術ながら奥が深くて……」

(……解せない)

 普段の月白であれば倍以上の勢いで言い返しそうなものだが、まったくそんなそぶりを見せない。内心はどうなのか分からないが、女性を馬鹿にするような言い方なのに反論はおろか反応さえしていない。そうなると高澄も助け舟の出しようがない。

 余計な軋轢を避けるという意図があるなら、そもそも月白自身が陰陽師であることは伏せておくのが賢明だ。今は律令制が緩んでいるし、光覧帝の大改革もあったから事情は変わっているが、もともと陰陽道は国家機密、官吏でも部外者は触れられないし、まして民間人が携わることなどありえないことだった。かつて特権的な立ち位置にあり、今もその権威を引き継ぐ陰陽寮の者に、自分は民間の陰陽師ですなどと名乗るのは結構な危険行為なのだ。

 月白はもちろん、それを分かっているはずだ。だからこそ高澄も口を挟む気はないが、内心ひやひやしながら会話を聞いている。

 しかし高澄の心配をよそに、会話は弾んでいるようだ。

「……そうですね、激務の時もけっこうありますし、人の入れ替わりも技官としては多い方かもしれません。……物怪の障りで亡くなる方もいますしね。そういえば先輩、在籍していた凄腕の陰陽師が失踪した事件もあったと聞きますが……」

「ああ、十年前の話だな。実はあれ、失踪ではなくて謀略で追い出されたとか……」

 先輩と呼ばれた年かさの陰陽師は、そこで口をつぐんで月白を見た。部外者がいることを思い出したらしい。視線を向けられた月白は何気ない様子で言った。

「わりとどこにでも、よくある話ですね。十年前のことなら今さら咎める人もいないでしょうし、私が聞いたところで何もできませんが」

「まあ、そうだな……」

 月白はこの話に興味があるようだと高澄は思った。月白とは長くない付き合いだが、なんとなく分かる。先を聞きたそうだ。話しても大丈夫だから先を話してほしい、言葉からそんな意図が見える。

 視線で促す月白にまんざらでもなさそうな表情で、その陰陽師は話を続けた。

「……当時の陰陽助、陰陽寮の次官だった方のことだな。優秀な方で長官の陰陽頭の補佐をよく務められたのだが、その優秀さが仇になった。出来すぎるせいで長官をその者に代えてほしいという声が上がり、無視できない大きさになってしまった。地位を脅かされた陰陽頭はさる権力者に泣きつき、賄賂を贈るなり協力を約束するなりしたのだろう、陰陽助は逃げるような形で陰陽寮を出ることになってしまった。非がないから免官することもできず、失踪という形にしたのだな。なんでも家族に危害を加えると脅されたのだとか……」

「そんなことが……」

 高澄は呻いた。気の毒なことだ。十年前というと高澄がまだ元服も済ませていない子供の頃のことだ。当時の事情はまったく分からないが、こういうことは今からでも可能な限り減らしていきたい。十年も前の話では、その人が今どうなっているか分からないが、不当な手段で立場を奪われたのなら調べて何とかしたいと思ってしまう。

「さる権力者、というのは……?」

 月白の疑問に、陰陽師は少し言葉を溜めた。

「……私も噂でしか知らないのだが。……十年前、というと……分かるな?」

 それで高澄は察した。ちょうど十年前、左大臣の地位に上って権力を盤石とした者がいる。

 藤原道興。彼が黒幕だと仄めかしているのだ。

(……。噂でしかないから現時点ではどうにもできないが……本当だとすると厄介だな……)

 調べたいが、一介の侍従でしかない高澄にとってはそれすらも難しい相手だ。とりあえず心に留めておくことにして、何気なく月白の方を見る。

「……そうなの。さっきの方が……」

 他人事ではないような真剣な眼差しで、月白は何か思案しているようだ。彼女はあまり他人にお節介を焼いたり義憤に駆られたりするようなたちではないと思っていたので、少々意外だ。

(もしかして、陰陽師なら正攻法ではない確かめ方もあるのだろうか?)

 道理を外れるという意味ではなく、通常の方法ではないという意味での、正攻法ではないやり方。もしも月白がそれを知っているなら、協力して事に当たれるかもしれない。

 不正の話はそれで終わりだと思っていたのだが、まだ続きがあった。

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