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全ての民は平等、自由であるべき。
基本的に城への出入りは自由。
だと思っている。主に皇家のみが。
そんなこと出来るわけがない。させるわけがない。
当たり前だ、誰でもかれでも入れてたらとんでもない事になる。
決まりごとが嫌いな皇家。
食事の時間も自由、城下に行くのも自由、結婚するときはちょっとだけ先に教えてほしいくらい。
その中で唯一、絶対に守らなければならない事がある。
それは。
王子と護衛団長の謁見時には何人も立ち入ってはいけない。
理由は簡単。
「またやらかしたらしいな」
「そうでもないさ」
「噂が嘘だと?」
「大げさなだけだ」
「お前はいつもそうだな」
「お前が噂に踊らされすぎなんだろ」
「考えなしの護衛を持つと苦労するんだよ」
「踊りっぱなしの殿下の護衛も苦労してる」
「…」
「…」
こんな会話を聞かれたらひかるの首がスパンと飛ぶからだ。
「あー言えばこう言う」
「そっくりそのまま返してやる」
「お前が暴れると国の気温が上がるらしな」
「ハッ、ならお前がやると下がるのか。ならこの国はとっくに氷に包まれてるだろうさ」
「…」
「…」
あぁなるほど。ここが年中過ごしやすい気温なのは二人で暴れてるからなのか。
「言っとくが俺はお前ほどじゃない」
「どの口が言ってる」
「見えないのか?この口だ」
「もっと近づいてみろ、凍らせてやる」
「やってみろ、その前にお前を燃やす」
「…」
「…」
気が合わない人間というのはどこにでもいる。
ただそれを隠して付き合いができるのが大人と言うもので。
権力があればある人間ほどそれを隠さなければいけないもので。
だけどこの二人は、全くそれを隠そうとしない。
「やるのか」
「買ってやろう」
「やめろ!」
熱いし寒いし、どうなってんだこの部屋は。
堪らず止めた子供のような口ゲンカ。
能力的に正反対な二人。
出会った頃から続いている気の合わなさ。
真正直なひかるはともかく、王子もそれを隠そうとしないものだから関係を知る者以外の立ち入りは禁止となって当然。
「でもね、ふっか」
「人の顔見りゃケンカ売ってくるこいつが悪い」
「それはそっちだろ?」
「俺は悪くない」
「なら俺も悪くない」
「お前は悪いだろ」
「人相的にはそっちじゃないのかな?」
「変えてやろうか、そのにやけた人相ごと」
「面白いな、やってみろ」
「いい加減にしろ!」
顔付き合わせりゃケンカばかり。
ただの子供のケンカなら放っておけるが、この二人においては一人でも国を滅ぼせるレベルの力を持っている。
こんな場所で能力バトルをされてみろ。一瞬で城下の街までが更地になってしまう。
「話が進まねえだろ!ちょっと口閉じてろ!」
「だそうだ、黙ってろ」
「お前がな」
「お前の方が口数が多い」
「お前の方が物騒だ」
「どっちもどっちだよ!!」
ある日突然俺を側近にしたいと言い出した王子。
それに何の反対もなくすんなり話が通ったのは、恐らく能力の強さや事務作業の正確さではない。
俺がこの二人の間に割って入れる数少ない人間だからだろう。
大丈夫なのか、この国は。
「ラウールが怖がんだろ!」
「そうでもなさそうだが」
「むしろ詰め込みすぎてそっちが心配だ」
「は?」
ほら、とひかるに指差されそっちに目をやると。
「これも食ってみるか?うまいぞー。あ、俺これ好きなんだー。内緒だぞ?クリームつけたらバカうま!次来たときつけてもらおうなー?」
あれもこれもと佐久間にお菓子を口に突っ込まれ、頬がパンパンになったラウールがいた。
助け出した翌朝、つまり今日。ベッドで目を覚ましたラウールは、目の前で眠る佐久間を見て飛び起きた。
ちなみに俺とひかるは一睡もしていない。
ベッドから転がり落ちるように降り、その下で膝を抱え身体を震わす姿に慌てて駆け寄る。
すぐに馴染むとは思っていなかった。
時間がかかってもいい、少しでもあの家に居るよりは良いと思ってくれれば、と。
立てた膝の間に顔を埋めうつむく目には、この部屋の何も映っていないだろう。
今のラウールには、突然目の前に知らない男が寝ていた衝撃しかない。
「おい」
掛けられた声にビクリと震えた身体。
「怖がるな、顔を上げてよく見ろ。少なくともその男は覚えてるだろう、お前の味方だ」
短い言葉で分かりやすく。
戦闘時の基本に沿った台詞に、ラウールの顔が少しずつ上がる。
そして、目が合った。
「みか、た…」
側近になるなら、と城近くに宛がわれた家。
出来れば城に住むのが望ましいが一日中顔を突き合わせるのはお互い息が詰まるだろうと、お互いの性格を熟知した王子のありがたい配慮で。
むしろそれだけ配慮のできる男なのに、気の合わないはずの団長の住みかの方が宿舎のため同じ敷地内なのは残念だと言える。
当初は屋敷を用意されたが、一人なのだからそんなものはいらないと断固として断り。
ダイニングキッチンとリビング、そして寝室だけのこじんまりとしたものにしてもらった。それでも十分だ。
そんな大して広くもない部屋の中、目の前にある小さな身体。
昨夜に比べ少しだけ腫れの引いた目が俺と、リビングから動かないひかるを行き来する。
「おれの、みかた…」
「そうだ」
「どうして…?」
「お前を守りたいからだ」
あぁ、何て情けない。
答えてやりたい。なのに声が出ない。
代わりに答えるのはひかる。
俺の気持ちを少しのズレもなく代弁してくれる。
「この男がこれからお前を守ってくれる。だからもう一人で泣かなくていい」
俺が、泣きそうだ。
「このおじさんさー、あ、ふっかって言うんだけど。すぐ泣いちゃうんだよ、泣き虫なの。だからさー、お前のことふっかが守ってくれるから、ふっかのことはお前が守ってやってくんない?」
「だ、れが、泣き虫だ、」
「お前だよ!ガチ泣きじゃねーか!」
「泣いてない、っ」
「な?泣き虫だろ?だからさー、ラウール。泣かないようにお前が傍で見てやっててほしいんだー。出来るか?」
次は目覚めた、いやたぶん寝たフリをしていたんだろう佐久間と俺をウロウロと。
知らない男に囲まれ戸惑ってはいるが、怯えは治まったように見える。
笑いかけてやりたい。
もう大丈夫だと言ってやりたい。
なのに。
なのに。
「なかないで、ふっか、…さん」
小さく名前を呼ばれ。
言葉よりも先に身体が勝手に動いた。
年齢よりも小さな身体。幼い言葉使い。
不安そうにこっちを見上げてくる瞳ごと。
ラウールを抱き締めた。
「号泣じゃん!」
結果、泣いた。