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「阿部はどうだ」

「かなり興奮してたから寝かせた」

「そうか」


しばらくして戻って来たひかる。

話はどうなったと聞くから説明すると、特に表情は変えず「分かった」とだけ答えた。

そのままソファーに近づき腰を下ろす。

阿部がいなくなり真横となった護衛団長に、目黒がさりげなく距離を開けた。


「いつからなんだ?」

「ずっとだ」

「ずっと?」

「ああ。佐久間が言うには目覚めた時からたまにああいった事を口走っていたらしい」



どうして自分は置いていかれたんだろう。

どうして自分はひかると一緒に死ねなかったんだろう。


どうせなら、俺も連れてってくれれば良かったのに。


その頃の佐久間には阿部の言ってる意味は分からず。

けれどそれを口にする時の阿部の目はいつも遠くを見つめていて。

佐久間なりにひかるに伝えてはいけないと感じ、ずっと胸に秘めていたそう。


悪化したのはひかると顔を合わせてから。

それまでは静かな口調だったものが徐々にヒステリックになっていった。


自分も死にたかった!

ひかるに置いて行かれた!


次は絶対について行くんだ!


動くひかるを目にするたび、ひかるが生きていると実感するたび。

ひかると話をした日は決まって泣きわめき、クッションや枕、手に取れるもの全て床に投げつけるようになった。


このままでは阿部がどうにかなってしまう。

佐久間はもう黙っていられず、ひかるにそれを伝えた。


阿部は隠すのが上手い。そして二人のことをよく理解していた。

傍にいる間は絶対にその姿は出さず、それを見せるのは佐久間だけだった。

試しに部屋の近くで待機していてもそれを感じとり穏やかに過ごし、宿舎に戻ったひかるを佐久間が力を使い呼びに行っても到着した頃には落ち着きを取り戻し平静を装う。


ひかるはいつ呼ばれても良いよう眠れない日が続き、佐久間は目が離せない阿部のため小屋との往復を重ねる。

阿部自身、感情の抑えがきかず起伏の激しさに疲れていた。

三人とも疲弊し始めた頃。特に佐久間の精神的な負担は大きく、これが続くのは危険だと判断したひかるが強行突破に出た。


もう二度と置いていかないと約束しただろう。

そんなに自分が信用出来ないのか。


自分ではなく佐久間にだけ見せる顔。

若干の苛立ちを隠さず伝えたひかるに、阿部はポロリと涙を溢した。


それから阿部はひかるに隠さなくなった。

気が昂ると「置いて行かないで」と涙を流し、そのたびに佐久間がしていたように抱き締め「自分はここにいる」と落ち着かせる。

ひかるの執着は一方通行ではなかった。

阿部のために自分の傍に縛り付けていた。

むしろ執着していたのは阿部の方で、ひかるはそれに応えていただけだった。



「お前は、知ってたのか?」

「いや。俺が知ったのはこの前だ」


王子がそれを知ったのは、ラウールに力を使われたことを阿部に伝えた時。


あの子の力があれば一緒に死ねるんだ。


ポツリと呟いた言葉を聞き逃さなかった。


喜びのあまり王子の前で口に出してしまった阿部に、ひかるが慌てて抑えようとするも間に合わず。


ねえひかる!一緒に死ねるんだって!


目を輝かせひかるの手を取る阿部に王子は言葉が出なかった。

今の俺と同じく、阿部の傷の深さに気付けなかった自分が不甲斐なく。

共に生きる事ではなく死ねる事を喜ぶ姿に、恐怖を感じたと言う。

そしてそれを受け入れているひかるにも。


「歪んでると言うならこいつらも大して変わらない」


ひかると阿部にもしもの事があれば、恐らく佐久間も後を追うだろう。

俺とこいつにはそれは出来ない。悲しみ嘆くことはあっても、今あるものを捨てることは難しい。

それが阿部にとって俺たちと二人の違いで。だから阿部は俺たちには感情をぶつけてくれなかった。


「阿部を連れて行くのは危険じゃないか?」


そこで気付いた。

王子は五人で向かうと言った事を。

そこには当然阿部が含まれている。それは余りにも危険な事ではないかと。


「護衛も佐久間もいないここに置いていく方が危険だ。何をしでかすか分からん」

「あ、ああそうか、そうだな」

「目黒の目を盗みラウールを連れ出しでもされたらこの国は終わりだ。今のあいつはそれだけの事をやりかねない」

「何故、阿部さんがそんな事を」

「話を聞いてなかったのか?あいつの願いは護衛と共に死ぬ事だ。ラウールの力でそれが可能だと知った今、それを実行しようとするはずだ」

「そんな…」


目黒の戸惑いが伝わる。

俺も正直、半信半疑で。阿部がそこまでするとは思えなかった。

けれど、王子の言葉をひかるが否定しない。

それが多分、全ての答えなんだろう。


「ふっか。先触れはいつ届く」

「早い方が良ければ今夜中に届けるけど」

「いや、すぐに行くわけじゃないんだろ?出来れば明日の夕方以降にしてほしい」

「何かあるのか?」


ひかるがすっかり冷めてしまった紅茶に手を伸ばす。

一口飲み、ちらっと王子に目をやって。


「阿部をこーじの所へ行かせる」


今夜、もしくは明日。

先触れを知った向こうがどんな行動を起こすか分からないからと。

そしてこちらの準備が整うまで、阿部を出来るだけラウールから離しておいた方がいいと。


確かにそうだけど。


「何で、こーじなんだ?」

「あいつが真っ直ぐだからだ」

「まっすぐ?」

「阿部はずっとこーじに救われてきた。だからあいつが悲しむような事はしない。あいつの前では自分が死ぬ想像すら出来ないはずだ」


ひかるが身を引こうとしたほどのこーじのひたむきさ。

騒がしく賑やかに、なのに穏やかに阿部を大切にしてくれていた。

ひかるは阿部を守ることは出来てもこーじのように癒してはやれないと。

阿部に今必要なのはそんな空間なんだと。

ならこの際カタがつくまでこーじの元に預け直せばいいじゃないかと言ってみれば。


「…」


目を反らされた。それは嫌らしい。

心が狭いな、我らが団長様は。


「お前が送るのか」

「ああ。早朝に出れば昼過ぎには小屋に着ける。遅くとも明日中には戻ってくる」

「なら先触れは明後日だな。それでいいか、ふっか」

「分かった」

「目黒は佐久間と交代だ。ラウールの所へ行け」

「承知いたしました」


頭を下げ立ち上がる目黒。

ドアに向かおうとして「あ」と振り向いた。


「最後に一つお伺いしても?」

「何だ」

「もし、先触れを拒否されたらどうなさるおつもりですか?」

「拒否?そうだな…」


そんな事これっぽっちも考えていなかったんだろう。

顎に手をやりうーんと少し考えた後。


「どちらにしろ国が一つ地図から消えるだけだ。お前が気にする事じゃない」


そう言えば言ってたな、あの時の再現だって。






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