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舞い上がる爆炎を背に、目の前の子供を抱えあげた。


「こっちだ!」


煙と粉塵により悪くなった視界。

声を頼りに方向を定めた。


「馬を繋いでる!」

「知ってる!」

「抱えたままじゃムリだ、こっちに渡せ!」


俺は乗馬があまり得意じゃない。

それを知ってるひかるが後方を伺いながらこちらに手を伸ばす。


「行けるな?」


今何が起こっているのかすら分かっていないだろう、胸に居る不安気な表情。

しっかり目を合わせ問いかけると大きな目をぎゅっと瞑り、掴んでいた俺のマントから指を離した。


「後始末してくるから先帰ってて!」

「何する気だよ!一緒に帰れ!」

「いいから行くぞ!」


見つからないようにと離れた場所に繋いであった馬。

近くにもう一頭。佐久間は乗って来なかったんだろう。

ひかるの上げた炎による煙はこっちの方にまで届き、ただ救いは建物がそのまま残っていること。


ラウールを抱えたまま器用に馬に飛び乗るひかる。

後始末をすると言ったきり佐久間の姿は消えた。


「どこに行けばいい」

「とりあえず俺の部屋」

「顔見せなくていいのか」

「今日は休ませてやりたいんだ」

「分かった。しっかり掴まってろ、飛ばすぞ」


しっかりと胸に抱いた子供にかける声はいつも通りの平静さ。

当然のごとくそれに対する返事はないが、気にしている様子は見られない。

変わらない表情で、自分のマントを被せ子供の身を隠した。

と言うか待て。お前に飛ばされると父親どころか俺も追い付けないだろ。





******





「つっかれたー」

「だろうな。危なかったぞ、お前」

「え、マジで?」


到着するまでに眠ってしまったラウール。

ひかるの腕に抱かれ目を閉じる姿はどう見ても小さな子供で、とても十七歳には思えなかった。

肩に置いた手は汚れていて、もうすぐ冬が来る季節にも関わらず半袖の服から出る伸ばされた腕は、枯れ枝のように細かった。


「あの父親、何の能力者だ」

「火、だと書いてあった」

「あぁ、だからか。抑えたはずなのにやたらと燃えた」

「いやそれは多分お前が不器用なだけだ」


背を向けていた俺は知らなかった。

父親の手のひらに浮かんだ火が、俺とラウールに向けられていたことを。

そしてその飛ばした火を、ひかるが炎で打ち消したことを。


「悪かったな、ひかる」

「何がだ」

「お前が来てくれて助かった」

「大した力じゃなかった。放っておいても死ぬことはなかったはずだ」

「だけど、…うん、助かった」


ひかるの“大したことない”は信用できない。

帝国一だと言われていても「自分はまだまだだ」と鍛練を怠らない男だ。

こいつからすれば大抵のことが“大したことない”になってしまう。


「あーダメだな、俺」

「いきなり何だ」

「結局お前に助けられた。一人じゃ何もできなかった」

「そうでもないだろ」

「どこがだよ」


最初から最後までひかるに助けられた。

あの場所で燃やされていたかもしれないし、運良く逃げられたとしても俺の乗馬力じゃ恐らくラウールを抱えたまま未だここにたどり着けていない。

ひかるが居たから助かったし、ひかるが連れてくれたからラウールは安心して眠れた。


結局俺は、何も出来ていない。


「悲観的になるのは勝手だが、よく考えろ。お前が動かなきゃあの子供はまだあそこでうずくまっていたかもしれない。あの父親の元で明日も傷を増やしていたはずだ」

「ひかる…」

「お前が行くと決めたから俺たちもついて行った。お前が動いたからあいつは助かったんだ。それを忘れるな」

「助かった、のかな…」

「そのはずだ。でなければ動いた意味がない。お前はもう少し自分のしたことの価値を知れ」


「え、何それ。かっこいい」


…またかよ。


「何それ、何でそんなイケメンなことポッキー食いながら言えんの?どこまでギャップ萌えさせる気?まさかふっかをキュン死させようとしてる?やっべ、俺そんなこと言われたら惚れるわ、てか俺が言いたかったわそれ。もらっていい?」


だからこう突然現れるのを止めろと何度言えば。


「どこに行ってた」

「親父に口止めしてた」

「できたのか?」

「じゃね?二度と口開けないだろうし」

「物理的に口止めしてんじゃねーよ、あれほど殺すなと言っただろ!」

「殺してない殺してない、生きてる生きてる。…たぶん」

「たぶん!」


いきなり隣に現れた佐久間に浮かびかけた涙は引っ込んだ。

突っ込むことに忙しくなりそれどころじゃない。

「だーいじょうぶだって」と台詞と合わないガハガハ笑う能天気な顔に冷や汗が出てきた。


「なーんか喚いてうるせーしさ、隣近所まで起きてきそうだったからー」

「から、何だ」

「ちょっとね、ちくっとね、この辺をね」

「そこ急所!」


座っていたソファーから立ち上がり声を抑えることを忘れた俺に、「しぃーっ」とひかるが立てた人差し指を口に充てる。


「子供が起きる」

「ごめん」

「だめじゃん、ふっかー」

「…」


俺だけが怒られたような空気に乗っかる佐久間。

睨み付けると「あれが子供?俺も顔見てー」と逃げるようにベッドに近づいた。

それについてひかるも。


「顔拭いてやったの?」

「とりあえず軽くな」

「キレーな顔してんじゃん」

「触るな、起きる」

「よく寝てるし大丈夫だってー」


覗きこみ、おもちゃを見つけた子供のように無邪気に頬をツンとつつく。


「良かったなー、お前。来てくれたのがふっかで」

「どういう意味だ」

「だって考えてみ?ひかるみたいなのが目の前いきなり来たら泣くって。俺だったら絶対ついてかねー」

「失礼なやつだな」

「ほんと良かったよなー。ふっか信じてりゃこれから幸せになれるからなー。ふっかが立派な大人にしてくれるからなー」

「まぁ、それはそうだな」


何か。

泣きそうになった。


こいつらはきっと、俺を慰めようとしてくれている。

一人では救い出せなかったことを悔いる俺に、そうじゃないと伝えてくれる。



対極な二人。

表だって活躍し国民の信頼を得ているひかるに対し、隠密な行動が主な佐久間は無名。

誰もの目を引く派手な攻撃をするひかるに比べ、佐久間は攻撃力なんてほぼ無いに等しい。

だから佐久間は自分を客観的に見た。

自分を知り、自分に何ができるかを考えた。

そうして出来上がったのが今の自分。


佐久間の能力は粒子。

身体を粒子、つまり人の目には見えない大きさまで分解できる。

光に乗り瞬間的に遠くにまで移動が可能なその能力は、佐久間の自身で鍛えた身体能力と合わせれば正に暗殺向き。

この国では珍しく武器を扱い至るところに隠し持っているため、佐久間を知る人間は迂闊に触れようとしない。

他国への潜入調査なども行うためあまり人前に出られず、だから無名でなければいけない。

佐久間は人と触れあうのが好きな男だった。今の状態は望む姿ではなかっただろう。

だけどそんな事は全く感じさせず、いつもニコニコと笑っている。



以前、聞いたことがある。

何故そんな簡単に人を殺せるのか、と。

失礼な問いだっただろう。だけど聞かずにはいられなかった。

あまりにもためらいなく人の急所に刃を突き付ける姿に。


「だって殺らなきゃ殺られんじゃん?」


笑顔と共に返ってきたのは、ある意味分かりやすい答えだった。


能力には限界がある。連続して使うには難しく、いつまでも姿を隠し続けられるわけじゃない。

攻撃力のない自分に必要なのは先手。

だから殺される前に殺す。


「死んじゃったらお前らと遊べなくなるだろ?ずっと遊んでたいんだよ、俺」


この国の平和を守っているのは、実のところこいつなんじゃないかと俺は思っている。

陰を渡り歩き、不穏因子の芽が出る前に消す。

佐久間のやっている行動の規模からすれば、今の評価は小さすぎる。

ただ佐久間からすれば国のことなど別にどうでもいいと言う。

国が無くなったって住むとこと食うものがあれば生きていけるだろうと。

佐久間にとって大切なのは仲間。

俺やひかる、王子や阿部。それらが居れば他に何もいらないと。

だからためらわない。自分の大切なものを守るためなら他人の命など関係ない。

ある意味、無慈悲。

目黒はひかるや王子を人でなしのように言うが、恐らく佐久間を知れば二度と言えなくなるだろう。



「こいつさー、なーんも持ってないんだよね」

「何も?」

「何かあれば持ってきてやろうと思って探したんだけど、何もなかった。家ん中酒ばっか」

「そうか」

「ずっと何してたんだろうな、あの家で」

「そうだな」


佐久間は孤独を知ってる。

同じくひかるも。

攻撃力のない佐久間、逆にありすぎたひかる。

同じように遠巻きにされ、出会った頃はいつも一人でいた。


だから放っとけないんだろう。

親にすら見捨てられ、一人ぼっちでいたラウールを。


「もう大丈夫だからなー。ふっかが良いパパになってくれるからなー」

「誰がパパだ」

「年的にもそんなもんだろ」

「お前らも一緒だろうが。てかそいつ十七だぞ」

「「は?」」






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