63
向こうに乗り込む理由を考えるとは言ったがさっぱり思い付かない。
目黒は自ら向こうに行った。それを返せとはおかしな話だし、なら佐久間を殺したからだと言おうにも今はそんな事実はない。
同じく戦争となる前にこちらから仕掛けたと言っても無理がありすぎる。
今だ続く隣国からの不法入国者にしても送り込まれた証拠がない。薬物中毒者が勝手にやった事だと言われてしまえばそれまでだろう。
それでも選んだのは俺。
「あーめんどくせぇな」
このまま逃げ出してしまいたい。
何のためにこんな事をしてるんだったか。
国を守るため。あいつらを死なせないため。ラウールを守るため。
戦争を起こさせないためだったはずの行動が、それとは違う方向へ動いている。
たった一つの違う動き。例えば落ちている石ころを拾うだけでも変わってしまう未来。
前と同じように家に籠りラウールを迎えに行こうとさえしなければ、目黒もあのまま森に居られたんだろうか。
ふう、と深呼吸。
頭の中がごちゃごちゃし過ぎて考えがまとまらない。
一服しようと戻った自室のドアを開けると、そこにラウールが居た。
バルコニーに続く窓の脇にある植物は目黒が持ってきたもの。
「緑は心を癒してくれますので」と、部屋を埋め尽くす量を何とかそれだけにしてもらった。
その葉を撫でながら、絨毯の上に直接座って。ぼんやりとした瞳には何が見えているんだろう。
「ラウール、どうした」
「ふっかさん」
声を掛けるがその場から動かない。立ち上がろうともしない。
以前ならすぐに飛び付いて来てたのに。
「王子のとこ行ってるって聞いたから、待ってた」
「そうか」
それが執務室だろうが訪ねて来ていたのに。
「どうしたんだ?」
部屋に入る。
ドアを閉める。
一歩、前に出る。
それでもラウールは動かない。
ただじっと、俺が傍に来るのを待ってる。
「犯人見つかったか?」
「うん、王子でしょ」
「そうか。いつ分かった」
「結構すぐ。だって王子しか出来ないし」
「そうだな」
能力を使おうとした俺を抑えるために気絶させたと。
その本人から直接話を聞いたのは翌日だった。
別にそれは構わなかった。頭痛以外にあった身体のダルさの原因も知れたし、何より阿部に小突かれながら謝罪をする王子が不憫だった。一応皇太子なのに。
「王子、謝った?」
「ああ」
「そっか。みんな俺に嘘ついたんだね」
「そうじゃないだろ?」
「うん、分かってるよ」
こんなに距離を置いて話すのは初めてじゃないだろうか。
ラウールは立ち上がらず、俺は足を進めない。
だけど物理的なそれよりも、ラウールとの距離が遠く感じた。いつも真っ直ぐに向けられていた大きな瞳に自分が映っていない気がして。
いつも笑顔を浮かべていたその表情がどこか人形のように見えて。
「ラウール」
「お願いがあるんだ、ふっかさん」
撫でていた葉をちぎる。
目黒が大切にしていた植物の葉を。
一瞬、目黒との断絶を想像したが違った。
ちぎった葉を握る。
ぐしゃりと潰したその葉を胸にあて、目を閉じた。
「俺を、捨てないで」
ラウールは今、目黒に勇気をもらってる。
「捨てるわけないだろ」
「俺の傍にいて」
「居るよ」
「ずっと?」
「ああ、ずっとだ」
きつく目を閉じる。
力を入れすぎたせいでボロボロになった葉が指の間から覗いた。
「戻るなよ、ラウール」
「どこに…?」
「どこでもだ」
あまりにも苦し気な声に、つい足を動かしてしまう。
今すぐ抱き締めてやらなければラウールがどこかに行ってしまう気がして。
握りしめていた手から葉が落ちる。
原型はすでになく、かろうじて色で元は葉っぱだったと分かる程度。
それが、今のラウールに見えた。
今にも壊れてしまいそうなラウールに。
「お前は今ここに居るだろ?俺も、他の奴らもお前を愛してる。お前は一人じゃない」
「ふっかさん…」
「俺は、お前を捨てたりしない」
ラウールは、味方がいないと思ってるんだろう。
皆に嘘をつかれた事で、また捨てられてしまうと。
自分からはもう求めてはいけないんだと。
だから王子の元へ訪ねて来ずこの部屋で待ち、俺から手を伸ばしてくれるのを待っていた。
座ったままのラウールの頭を抱え込む。
力を込め、伝わってほしいと。
「俺のこと、好き?」
「ああ」
「ほんとに?」
「大好きだ」
「俺も、ふっかさんのこと、大好き」
ようやく背に回された腕。
以前のラウールにはない力強さで。
「ふっかさん、お願い。めめを追わないで」
「どうして?」
「めめを疑わないで」
「理由は」
「ちゃんと、ある。けど、…信じて、もらえない」
ぎゅっと。
言葉とは裏腹に、信じてほしいと訴えてくる。
「めめが殺したのは、佐久間じゃない」
目黒はラウールに何も言わないと思っていた。
前の話はせず、全てラウールに隠していると勝手に。
そう、それは俺の勝手な思い込み。
何も言わず姿を消した理由をラウールが聞かないわけがなく。ラウールが知りたいと言えば話さずにはいられないだろう。
ラウールは全てを知り、その上で目黒に手を貸していた。
俺たちの想像とは真逆の理由で。
「佐久間じゃなきゃ、誰なんだ?」
「分かんない、から…それを調べに行くって」
「いつ戻るんだ」
「それも、分かんない…けど、ちゃんと戻ってくるから。約束したから、だから」
腕の力が緩み顔を上げる。
自分を、そして目黒を信じてほしいと訴える強い眼差しの中に、自分が映っているのが見えた。
ラウールはもう人形じゃない。ちゃんと自分の意思で目黒を信じてる。
これを見て、誰が疑えると言うのか。
「分かった」
「信じて、くれるの?」
「あんまり時間は稼げないかもだけどな」
「それでもいい!ありがとうふっかさん!」
再び胸元に寄せられた頭。
嬉しそうなその声を聞くだけで、ラウールを信じる価値はある。




