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「話がある」
宿舎にある団長専用の個室。
そこに現れた佐久間の顔を見て、ひかるはもう何を言っても無駄なんだろうと悟った。
なので佐久間が話し出す前に自分の言いたい事を伝えた。
阿部に何かあったらすぐに報告に来い。秒でだ。
少しでもそれが遅れたり自分が間に合わなかったりした場合はどうなるか覚えておけ。
と。
それに佐久間はぶんぶんと頷いた。
結局話はそれでついた。佐久間は一言も喋らずに。
説得とは一体…。
そんな事を考えている時にある報告が上がったと王子から呼び出しをくらった。
それは昨夜のこと。
いつもと変わらない平穏な夜に、国境に設置された城門の見張りが大きなあくびをした。
それは一瞬の出来事。
あくびによって出た涙を拭う。たったそれだけの間に、目の前の景色が変わった。
高くそびえる壁。空でも飛べない限り乗り越えるのは不可能だろう。だがその壁に大きく繁った木の枝が覆い被さっていた。
急いで他の団員に知らせ調べるが特に怪しいところはない。辺りに人影はなく気配も感じられない。
けれどもそれが逆に普通ではない事を教え、急ぎ報告に来たと。
「目黒か…」
「まあそう考えるのが妥当だろう」
そんな事出来るのは目黒しかいない。
「何が狙いだと思う」
目黒が国境を越えた。
それの意味を考えろと。
王子はこれまで待ってくれていた。
居る場所は分かってる、森など焼き払ってしまえばすぐに捕らえられたのに俺の心が決まるのを。
王子自身、心のどこかで信じていたかったんだろう。だけど今回の事でそうはいかなくなってしまった。
「何で、わざわざそんな」
国境を越える。
それは目黒が裏切り者である事を決定づける行動。
けれど不可解。
何故わざわざ自分だと俺たちに分かるような事をしたんだろう。
「時間がないからじゃないのか」
「他にも方法はあるだろ」
「まあ理由は後で本人に聞けばいい」
「殿下!」
「向こうに乗り込む方法を考えろ。目黒を捕らえるぞ」
この国は、他から攻められるたびに大きくなっていった。
戦争を仕掛けられ、それに応戦しただけ。
それによって他国から得られた信頼。危険な国じゃない、信頼に足る国であると。
敵はただ一つの国。他の国と争いを起こしたいわけじゃない。
そのためには理由なく攻めるわけにいかず、唯一あるものは恐らく信じてはもらえないだろう。
「戻って来るのを待つってのは」
「お前はまだそんな事を言ってるのか」
「だってまだ分からないだろ」
「何がだ。佐久間を殺した理由か?それとも姿を消した理由?あぁ薬を盗んだ理由を知りたいのか」
「目黒が裏切り者かどうかだよ!」
バカげた考えだと分かってる。
むしろ目黒がそうじゃないと示す物の方が少ない。
だけどこんな短期間であまりにも状況が揃いすぎている気がして。
「お前だって言っただろ、あいつはそんなにバカじゃないって」
「言ったな」
「だったら」
「だからこそ本人の話を聞く必要がある」
まだ完全に疑いにかかってるわけではないんだろう。
目黒が薬を盗み、もしくは取り返し。今回も何か企んでいると思ってるなら、きっとこんなに悠長ではいられない。
俺に話せば止める事は分かってるはずだ。なのに伝えると言う事はきっと、こいつ自身今回の行動に理由があると考えている。
「それはそうとふっか、ラウールは今日はどうしてる」
「ラウール?部屋にいるけど」
「今日はいるのか。珍しいな」
目黒の話はもう終わったのか、突如変えられた話題。
ラウールの話になると和らぐ表情は何故か固く、出来ればそうあって欲しくなかったと言っている。
「居ちゃダメなのか?」
「いや、そうじゃない。ただここの所毎日出掛けてたのに今日は居るんだなと思っただけだ」
「どういう意味だ」
「…お前は普段は勘が良いのにラウールに関しては盲目的すぎるな」
机に肘をつき、合わせた手に唇を隠す。
王子の目が俺を責めている。
「毎日出掛けてたラウールが今日は外に出ない。その理由は?」
「そんな日だってあるだろ」
「目黒が居ないからだとは思わないのか」
「目黒?」
「ラウールは目黒と会っていた。お前だってそれくらいは考えただろう」
「それ、は…」
考えなかったわけじゃない。むしろそうじゃないかと思っていた。
ラウールはあまりにも静かすぎた。
あれほど近くにいた目黒が姿を消したのに取り乱す事もせず「探しに行こう」とも言わない。
それどころか今まで以上に口数が減り、けれどそれも成長したという事だろうと。ラウールが自分に隠し事をしていると思いたくなくて、考えないようにしていた。
もし目黒がここから逃げようとしたとしてもラウールはそれを許さないだろう。きっとあいつは目黒を探しだそうとする。
目黒がそれを拒絶出来るわけがないんだ。以前俺を森へ導いたように、ラウールのために道を開けるはず。
「ラウールに、聞いてみる」
「時間の無駄だ」
「話してくれるかもしれないだろ」
「力づくならな」
ラウールは昨夜目黒が国境を越える事を知っていた。
もしかするとその手助けをしたかもしれない。
お互いに依存し合う関係。二人で今回の事を企てた可能性はあまりにも高く、実際否定しきれない。
どっちが先に言い出したのか、そんな事は既にどうでも良く。
王子にとっては“二人が裏切った”と。そう思われても仕方がない。
「お前には言ってなかったが、しばらくラウールに佐久間をつけていた」
「佐久間を?」
「見事に毎回弾かれて戻って来てたがな」
「弾かれるって何だよ」
「途中までは行けるが目黒のとこまでは入れなかった、佐久間が言うにはうまく力が使えなかったらしい」
佐久間の粒子を弾く?目黒にそんな力はなかったはずだ。
それって、つまり。
「ラウールがやったと言いたいのか」
「そうだ。あくでも仮定だが、ラウールの能力を増幅だとすればその逆も不可能じゃない。ラウールは佐久間が居る事を知っていた。その上であいつの能力を減退させたとすれば」
「ラウールはそんな事しない!」
「なら俺を納得させるような説明をしてみせろ」
強い瞳が俺を射ぬく。
いつまで庇うんだと責めている。
立場が違うのは十分に理解している。こいつは俺とは違う。
この国を守るため、あらゆる危険因子を潰す必要がある。
信頼だとか愛情だとかそんな不確かな、目に見えないものだけで動く事は出来ない。
「出来ないなら決めろ。ラウールを捕らえ尋問するか、隣国に乗り込み目黒を捕らえるか。ふっかはどっちが良い?」
そんな聞き方はずるいと思った。
選ばす気などない選択肢。
どちらかを選ぶなど出来ないと分かっているのに俺に選ばせようとするなんて。
そんな二択。
「理由を、考える」
答えは一つしかないのに。