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「分かった」



憮然とした表情。

全くもって納得はしていないことを隠そうともせず。

それでも頷いた。


ひかるは嘘は言わない。

と言うかつけない。

まっすぐな信条は曲げることなく、己の決めた道を突き進む。

国を守る。仲間を守る。

だから、仲間の大切な者も守る。


ひかるは言わなかった。

「分かった」と言っただけだった。

「ついて行かない」と。

「城で待っている」と。

つくづく嘘はつかないし守れない約束はしない男だ。





陽が落ちたばかりの、まだ夕刻とも言える時間。

電気の通っていないここではもう休んでいる住人も多くいるのだろう、一人の耳障りな声だけが響いている。


錆びた色のマントを羽織り、家から近い建物の影に身を潜めていたとき。

ザリ、と。

砂利を踏む音が少し離れた後ろから聞こえた。

ひかるはそんなミスはしない。ならば恐らく佐久間がわざと立てた音。

「自分たちはここにいるよ」と。俺と迎えに来た子供を守るために。


少しでも不穏な空気を悟れば辺りは炎に包まれるだろう。

そうさせないためには慎重にいかなければならない。


外灯もなく真っ暗な路地裏。

ボロボロの、建物に立て掛けてあるだけの板、ドア代わりの向こうから聞こえる怒鳴り声はもう半刻続いている。


そろそろか。


建物の間から覗き込めばドアの隙間からうっすらと漏れる明かり。

怒鳴り声と共に何のぶつかる音、続けて割れる音。

中で何が起こっているのか、想像するだけで胸が締め付けられる。


早く。

早く。



『目覚める前に殺してしまおうかと思ってるんだけど』



そうはさせない。



「この能無しが!」


早まる鼓動を静めるため胸に手を当て深く呼吸をした時。

バンッ!と一際大きな音を立て、倒れた板の向こうから小さな影が飛び出した。


来た。


「働けねぇならもういらねえよ!出て行け!能無しが!」


あぁ、これが親の台詞だろうか。

隣の建物に背中からぶつかったまま動かない影。それに向けて罵声を浴びせる汚い男。


「二度と戻ってくんじゃねえぞ!!」


それに伴い、背後から漂う空気が熱を持ち始める。


「ちょ、ダメだって」


もう少し頑張ってくれ、佐久間。


動かない影を蹴り、踏みつける。

それでも反応がない様子に、酒でも飲んでいるのか赤い顔をして唾を吐きかけた。


背中が熱い。

手をついた建物が歪み始める。

もう時間がない。

ひかるを、自分を押さえられない。


倒れた板を直しもせず明かりの灯る室内へ消えた父親。

影は変わらずぴくりとも動かない。


まさか。


慌てて駆け寄る。

目深にかぶっていたフードが落ちたが気にしていられない。


「おい、」


ボサボサに伸びた髪。

そこから覗く青白い肌。

か細いけれど小刻みな呼吸をしているのが見えホッとする。


「大丈夫か?」


大丈夫なわけがない。

だけど他にかける言葉が見つからない。

震える手を、髪がかかった顔に伸ばしそっと避ける。


ぴくり。


反応が見えた。


「だ、れ…」


震えるような小さく掠れた声に胸が痛む。

やっぱりタイミングなんか計らず早く来てやれば良かったなんて。

今さらな後悔をしてしまう。


「ここに、居たいか?」

「?」

「なあ、お前はここに居たいのか?」


殴られたんだろう、痛々しく腫れたまぶたがゆっくりと上がる。


「っ!」


真っ黒な瞳。

やっぱり、この子が…。


「俺と来い」

「ど、こに…」

「俺がお前を守ってやるから」

「まもる…」


突然現れた知らない男。

矢継ぎ早に言葉を告がれ、焦りが伝わるのか徐々に怯えた表情を見せ始める子供。


早く。


ダメだ。


早く答えろ。


焦るな。



「てめぇ、誰だ!俺の息子をどこに連れてくつもりだ!」



目を閉じ深呼吸。

焦ってはいけない。

今を逃してはいけない。


落ち着け。


と、手を胸に当てたとき背中から聞こえた声に子供の肩が震える。


「それはうちのガキだぞ!」


ダメだ、落ち着いている場合じゃない。


「選ぶんだ」


髪に触れていた手を離し、目の前で開いて見せた。

この手を掴め、と。


「あ…」

「何してんだ!」


近づいてくる声。


早く。


早く。


お前が選ばなきゃ意味がないんだ。



「来い!」



ゆっくりと上がる腕。

震える指先が触れ、それを握りしめた瞬間。



背中に炎が舞い上がった。






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