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国の王とは。

民の声は聞かず、大切なのは自分。

うまいものを食べ、高価なもので着飾る。

下のやつらのことなど知ったことか。

せいぜい馬車馬のように働き税を納め、身分相応な生活をしていればいい。

お前たちは、王のために生まれ王のために生きて王のために死ね。


恐らく世界では大多数の考え方。

王がいなければ国は成り立たない。

皇家の滅亡と共に国は廃れる。

その国の民も、そう考えているだろう。


だが大多数とは言え違う国もある。

それが、自分が暮らすこの帝国。


王は民のために存在する。

民がいてくれるから皇家が存続している。

ならば大切にしなければいけないものは民。

皆で平和に暮らすためには何をすればいいのかを常に考える。


変わった帝国。

そう噂されているのは知ってる。

それがどうした。言いたい者には言わせておけばいい。


絶対的な信頼。

それを得るために自身を削る。

豊かな土地。溢れる緑。水も資源も必要なものは全てある。

自分が民なら何を望むか。

自分が民なら何を欲するか。

それを知るために必要なのは贅沢を覚えないこと。

知らないものを感じることは出来ない。

逆に知ってしまうと忘れることは難しい。

だから王は知っている。


これからの帝国に、何が必要なのか。




平和な国。

争いは少なく、こちらから仕掛けたことは自分の知る限りの歴史には残っていない。

資源は困らず、体力もある。

平和ボケしているだろうと舐められたことは数知れずあるが、仕掛けられても負けたことがない。


医療や学に不自由はなく。

一応ある階級もそれほど差を感じない。


一見、平和。

見渡す限り笑顔が溢れていても、どうしても目が行き届かない場所がある。



街から離れた、隣の国との境にある寂れた場所。

廃墟としか思えないような古びた建物が立ち並ぶ。

そこで暮らす住人は犯罪者や家族に捨てられた者たち。

国籍を持たずどこの国の生まれなのかも不明な者すらいる。

学びを知らない彼らは手に職を持たないためまともな職にもつけず、その日暮らしの日雇いばかりでどうにか食い繋いでいる。


他国の言う通り平和ボケをしていたんだろう。

目の前にある穏やかな世界が全てだと思っていた。

こんな暮らしがあるなんて考えたこともなかった。

いや、世界が変わらなければ、きっとずっと知らないままでいた。


寂れた建物。

元の色すら分からないほど薄汚れたレンガの道。

そこにうずくまる、もはや服とも言えないボロボロになった布切れをまとう痩せ細った身体。

そんな場所に居た、守らなければいけない存在。



能力というものは、個人差はあれど産まれてすぐには発現しない。

だいたい四、五歳。遅くても十歳になるまでには自覚を始める。

だが彼にはそれが現れなかった。

この世界において能力がない者は人として扱われない。

どんなクズでも何かしらの能力を持っていて当然だからだ。

そしてそんな世界で能力が発現しない彼は。

当然親からも愛されない。


無能だと罵られ、自発的な行動すら制限される。

殴られ、蹴られ、物のように扱われ。

アザだらけの身体。顔にこびりついた血の固まりを落とすことも出来ず汚れたまま。

そのくせ休むことは許されず、痛む身体を引きずりながら日雇いに向かう。

当然もらった金は自分のものにはならない。

そんな日々を聞くたびに胸が痛んだ。

早く助けてやりたい。そんな場所から救いだしてやりたい。


早く。早く。


見守ることしか出来ないまま二年。

ようやく訪れた、待ちに待った報告。


『そろそろだな』


俺にとっては喜ぶべき話。

だが彼にとってはどうだろう。

彼を救いだす日。

それは、彼が親から捨てられる日なのだから。





「で?それで俺を連れて行けない理由は?」


仕事を片付け、訪ねた護衛用の宿舎。

そこに一つだけある特別室。団長のみに与えられる個室。

その部屋にある大きな一人掛けのソファーにふんぞり返るのは、当たり前だが団長のひかるで。


「だって、お前連れてったらさ」

「燃やすだろうねー」

「だろ?だから嫌なんだよ」

「でもそんなやつ、別に燃やして良くない?」

「ダメに決まってんだろ」


対する俺は向かいにある三人掛けのソファー。


「じゃあさ、俺連れてってよ。俺だったら燃やせないし。ちょーっとぷすってやるだけだから」

「だから殺すな、つってんだよ」

「いやいや、生かしといても得ねーじゃん」

「損得の話じゃねえんだよ」

「ふーん」


変なのーと言いながらテーブルに手を伸ばし皿に積まれたクッキーを口に放り込む。

いや待て、何でこいつがここにいる。


「お前、何やってんの?」

「え、クッキー食ってるけど」

「じゃなくて何でここ居んのかって聞いてんだよ」


手には、掴めるだけ掴んだクッキーの山。

頬張りすぎて口の端にカスをつけたまま、大きなくりっくりの目をこちらに向け首を傾げる隣。


「ふっかの後ろ着いて一緒にお邪魔したけど?」


つまり、最初からいた、と?


「えっ、マジで気づいてなかったわけ?マジかよふっかー。何かぶつぶつ言ってんなーとは思ってたけどさー。そんなんで側近とか出来てんの?どう思うよ、ひかるー。て言うかこのクッキーまじうま!お前ずるいよなー、いっつもこんなうまいお菓子食ってんの?俺も団長なりてー!」

「酷使した身体に甘いものを与えるためだ」

「嘘つけよ、単にお前の好物なだけだろー。コーヒーとかブラックしか飲めませーんって顔してるくせに甘党だもんなー、何そのギャップ。誰に向けてんだよ。俺も欲しいなーギャップ。何がいいと思う?」

「知らん」


一言えば十返してくる男。名前は佐久間。

常に笑ってるか喋ってるか食ってるか。

こいつも幼なじみと言えるが、寝てる間ですら口を閉じてる場面を見た記憶がない。


気づけばそこに居て、賑やかなくせに邪魔にならない不思議な男。


「つまり、お前は俺がその父親を殺すだろうから連れていけないと」

「まぁそうだな」

「なら殺さないから連れて行け」

「だから」

「離れた場所から見ているだけにする」

「辺り燃やしちゃえばどこに居ても一緒だけどねー」

「お前の話を真実だと過程すると、その子供はいつ誰に狙われるか分からないんだろう?なら守る人間が必要なはすだ」


ひかるの言うことは最もだ。懸念していることも分かる。

そして訳の分からない話だろうに、俺の言うことだからと信じようとしてくれてることには感謝しかない。


だけど連れて行くわけにはいかない。

歴史が変わってしまった今、どんな些細な出来事が彼のスイッチになってしまうのか。

我が子を虐げるドクズであっても一応は父親。少しの愛もないとは言い切れない。

変えてはいけない。奪ってはいけない。

あの惨劇を繰り返してはいけない。


そのために待った。

すぐにでも動きたい自分の心を抑えて。

彼が。彼自身の思いで父親から離れようとする日を。


「諦めなよ、ひかる」

「しかし」

「ふっかに任せとけば大丈夫だって」


先入観を与えないために全てを話すわけにはいかない。

宥めている佐久間にも詳しいことは何一つ教えていない。


だけど信じてくれている。


だから。



もう誰も。

死なせない。







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