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昔、阿部が探検に出掛けたことがあった。
一人で。ひかるを連れずに、阿部一人で。
その理由は分かりきっていたから誰も聞かなかったし、その原因はひどく落ち込んでいたから誰も責められなかった。
「幽霊だっけ?」
「ああ、夜中に騒いでる幽霊がいると噂になっていた」
「騒ぐ幽霊なんかいねーよ、何考えんだあいつ」
隣町にあるもう誰も住んでいない廃墟と化した屋敷に幽霊が出ると。
どこからか出た噂に阿部が興味を持った。
いつもの事だ。
だがいつもと違うのは、それをひかるが止めた事。
不思議な話には何でも突っ込んでいく阿部は、現実の事にはあまり興味がなかった。
その噂が他国から来た違法薬物の売人から来ているなんて知らなかった。
だからひかるは止めた。そんな場所に行くなと。
阿部は聞かなかった。ほんとに幽霊だったらどうするんだと。
阿部からすればひかるが居れば売人なんて怖くないんだろう。ひかると一緒ならどんな相手でも一蹴できると信じていた。
そもそも阿部からすれば、それが幽霊だろうが売人だろうがどうでも良かった。ただ“知りたい”欲求に正直なだけだった。
すぐ近くへ行ったのなら多分誰もそこまで心配しなかった。
だけどその屋敷までは馬に乗って恐らく半日はかかるだろう。
そんな場所に阿部一人で辿り着けるのか。
屋敷まで辿り着けたとして売人と鉢合わせたら阿部はどうなるのか。
逃げられたとして、家まで無事戻ってこれるのか。
「やっぱ大人に言う?」
「怒られんぞ、阿部」
「けど、」
その頃の俺たちはまだ十五才。
学園では最高学年となっていたがまだ子供。
大人の力が必要だと分かってはいるけど、その後叱られる方が怖かった。
俺たちに阿部が帰って来てない事を教えてくれたのはひかるだった。
気になる事が出来るといつも勝手にどこかに行ってしまう息子だが、代わりに息子の友達が行き先を告げてくれていた。
「珍しい鉱石を探しに山に行ってくる」「黒魔術の跡があったらしいから隣町に行ってくる」。
生真面目にその都度知らせてくれ、ちゃんと息子を連れて帰ってきてくれる友達を阿部の親父さんは信用していた。
そのひかるが夕方家を訪ねてきた。「阿部は帰っているか」と。
当然息子は居ない。だがそれまでは何の心配もしていなかった。
知らせはないがどうせ息子が家に帰る間も与えず連れて行ったのだろうと。
青ざめる親父さんにひかるは内心慌てた。
「と、友達の家に遊びに行くと言っていたかもしれない」
つき慣れない嘘まで吐いて「護衛団に連絡しなきゃ」と家を出ようとする親父さんを落ち着かせた。
そこで阿部の家を出たひかるが俺の家に来て、話を聞いた俺が佐久間と涼太を呼んだ。
ひかるはまさか阿部が一人で行くとは思っていなかった。
止めた時「ひかるのバカ!」と怒ってどこかに走って行ったが、自分が居なきゃどうせ行けないはずだと高をくくっていた。
機嫌を取るため訪ねた阿部の家。まさか帰ってすらないなんて。
親父さんの事がなければひかるは一人で屋敷に向かっただろう。阿部を迎えに行き、何もなかった顔をして家まで送り届けたはずだ。
けどそれは出来なかった。ひかるの下手な嘘はきっとバレている。ケガ一つなく戻ってきたとしても、そんな大事にしてしまえば阿部に怒られるのは目に見えている。例えそれが阿部のせいでも。
阿部の理不尽にすっかり慣らされていたひかる。
阿部に怒られるのは嫌だ。そのために俺たちを頼る事がひかるの唯一の方法だった。
ひかるは何より阿部が怖かった。
「阿部は道は分かってるのか?」
「多分な。地図を広げて印をつけていた」
「じゃあ迷子の心配はないな」
「え、行くの?」
その頃の佐久間は今より怖がりで。
すっかり迎えに行く気になっている俺とひかるに怯んだ表情を見せた。
「お前は残っていいぞ」
「い、行くよ!」
「無理すんな」
「大丈夫、行く!」
仲間が危険な目に合うかもしれないのにじっとしていられない。
役には立てないかもしれないけれどただ待っているよりは一緒に迎えに行きたい。
「はいはい!」と元気に上げる手は少し震えていたけれど、それには気付かないフリをした。
「じゃあとりあえず行くか」
「そうだな、動くなら早い方がいい」
「けど、どうやって行く?」
「…」
迎えに行く事は迷いなく。
だけど足がない。
いくら能力が他者より秀でていても、俺たちはまだ親の庇護下でしかなく、勝手に馬は出せない。
佐久間は力を使えば済む話でも俺とひかるは馬でも半日かかる場所まで走って行くわけにもいかず。
「うーん」と二人で悩んでいると。
「うちのを出せばいい」
それまで黙って話を聞いていた涼太が口を開いた。
「けど」
「バレなきゃいい」
朝までに厩舎に返せばバレないだろうと。
バレても自分がどうにかすると。
そんなつもりで呼んだんじゃなかったんだけど。
「気にするな、もし怒られる時はお前らも道連れだ」
それもそうか。
涼太の父親である皇帝は、昔から我が子と違ってちゃんと子供らしい阿部と佐久間がお気に入り。
二人に「ごめんね?陛下」ときゅるんとさせとけばすぐに機嫌を直してくれる。
だから今でも阿部の探究癖は治らないし、佐久間のバカも止まる事を知らない。
「すぐに帰って準備する。一時間後に集合でいいな?」
「分かった」
「ああ」
「俺は?俺も城の厩舎に行けばいい?」
「佐久間もとりあえず厩舎に来い」
「うん!」
それから一時間後、俺たち四人は集合した。
「何で二頭?三頭じゃなくて?」
「ふっかは一人じゃ危ないからな」
「どういう意味だ!」
約束通りすぐに乗れるようにしてくれていた馬。二頭。
俺は馬に乗るのが下手だからどっちかに相乗りしろと。
「乗れ、ふっか」
先に乗ったひかるが自分の後ろを顎で指す。
「くっそー、絶対うまくなってやる」
悔しくて。
そう言ってはみたが今だに上手く乗れないのは何故。
ひかると涼太は乗馬が上手い。
と言うかこいつらに苦手なものがあるのかが分からない。
何をやってもそつなくこなし、成績は常に上位に位置していた。
それは今でも変わらず、欠点と言えば気難しい性格くらいなもんだろう。
「じゃあ俺、先に行っとく!」
「絶対に能力を解除するなよ?見つかりそうになったらすぐに逃げるんだ」
「分かった!」
時間を置いている間に覚悟を決めたんだろう、佐久間はもうビビってなかった。
むしろ自分から、先に行って屋敷の様子を見とくと言い出した。
どちらにせよそうしてもらうつもりだった俺たちはそれを止めず。「頼んだぞ」と言った俺たちに、佐久間は嬉しそうだった。
「じゃあ行こうぜ」
「ああ」
「しっかり捕まっとけよ、ふっか」
そして俺たちも出発。
したのはいいが、どうやら俺はこの二人を舐めてたらしい。
半日はかかると思われた屋敷までの道のり。
二時間もかからず隣町に到着した。
一切緩むことのないスピード。どちらかが置いていかれる事もなく、ずっと隣同士で並んで走ってきた。
何なんだ、こいつら。ぶっちゃけ俺は怖かったのに。
「おい」
町に入り、馬のスピードを落とす。
隣町とは言え自分たちの街とは違い静かな町並み。
夜も更け人通りは少なく、街灯の少ない道すがら店はすでに閉まっていて。並ぶ家屋にポツポツと明かりが灯っているだけ。
そこを通り過ぎレンガの建物より木々が目立ち始めた頃、ひかるが何かに気づいた。
「阿部の馬だ」
木と木に隠されるように繋がれた一頭の馬。
薄暗い景色に目をこらすと、遠くに建物が見えて。阿部がここに馬を隠し徒歩で屋敷に近付いた事を知る。
「ほんとに行ったのかよ、あいつ」
「そのようだな」
「こんな所に置いたら逃げるに逃げられないだろ」
「まあ屋敷に馬で突っ込んでいくようなバカでなくて良かったよ」
多分ひかるが居たらそうしてただろうけどな。
「どうする」
「一緒に繋いでおくか」
お。珍しい。
いつも誰かを挟んでの会話。もしくはケンカ腰。
そんな感じでしか見たことのないひかると涼太。
普通に喋ってる。しかも穏やかに。これも阿部を助けると言う共通の目的のおかげだろうか。
「佐久間はまだ中か」
「とりあえず近くまで行こう」
「全く誰かがちゃんと守りをしないから。阿部の事だ、いつかやらかすとは思っていたが」
「俺のせいだと言いたいのか」
「他に誰がいる」
「お前らも止めた事ないだろうが」
「アレが止められると思ってるのか。何のためにお前がいるんだ」
「ならお前は何のためにいる」
「慌てるお前を見て笑うために決まってる」
「殺すぞ」
「受けてたとう」
「やめろ!」
五分ももたねえのかよ!
瞬間的に温まった空気に葉は揺れ、足元に氷が張り始める。
こんな場所でバトられたらたまったもんじゃない。
慌てて小声で怒鳴り、だけどある事に気づいた。
「大した奴らじゃないのかもな」
それほど近くないとは言えひかると涼太の殺気。
空気の流れを変えるほどのそれに、屋敷の方を見ても何ら変わった様子は見られない。
これが城なら慌てた大人たちが飛び出して来て、どうにか二人を宥めようと必死になっている。
「なら突っ込むか」
「バカかお前は。阿部が居なかったらどうする、無駄足だ」
「居るに決まってるだろう、こんな田舎のあそこ以外のどこに阿部の興味が惹かれるものがある」
「だからお前はバカなんだ。阿部だぞ?その辺の石ですら要注意だ」
「確かに」
阿部の事だからうっかりキレイな蝶を追いかけて森の中に入っている可能性もあるだろうと。
かなり失礼だがあながち否定出来ないところが阿部と言う男。
「とりあえず佐久間待とうぜ」
阿部の馬の隣に自分たちの二頭も繋ぎ。
屋敷の近くまで行くが、外に誰かが居る気配はない。
売人の話ですら噂なのかもしれないと思ったが、屋敷をよく見ればカーテンの隙間から明かりが漏れている。
「誰かはいるんだな」
静まり返る屋敷の門付近。
誰もいないと思って油断した。
身を隠しながらゆっくりと進んでいたものを少し早めると。
「誰だ!」
塀の周りを見回っていたのか、男の声がして。瞬間、冷たくなる空気。
振り返ると既に涼太によって凍らされていた。
「悪い」
「構わない、ふっかの思うように動け。お前は何もするなよ」
「何故だ」
「火事になったらどうするんだ」
「別にいいだろう」
「良いわけあるか」
うん、火事はダメだな。
凍ったままその場に倒れた男の手には刃物。
攻撃系の能力ではないのか、それともそれを出せる能力なのか。
その頃はまだどの能力がどんな髪色なのはしっかり把握できておらず、くすんだ黒に近い灰色のような髪を三人で眺める。
「灰色って何だろう」
「知らん」
「汚い色だ」
「何にしろこいつに凍らされるくらいだ、大した事はない」
「ほお。お前も試しに凍ってみるか」
「燃やされたくなければ黙ってろ」
「ちょっと静かにしててくんない?」
「…」
「…」
口開くたびにケンカしやがって。
て言うかこの髪色。どっかで見たことある気がするんだけど。
「どこで見たっけ」
うーん。
腕を組み、男の脇にしゃがんで考える。
透明な氷越しに見える灰色。肩まで伸びたボサボサの髪は、根元から半分くらいは真っ黒で。
恐らく先に発動させようとしてただろうに、涼太はどれだけ早いんだと感心してしまう。
「気になるのか、その色が」
「灰色ってさ、灰色なのかな?」
「どういう意味だ」
「白って可能性ないのかな」
「白だったら何か変わるのか」
「んー…」
そう言われると…、だって白だとすると完全に知らない事になる。
「まあいいや」
諦めて立ち上がり。
再び屋敷に目を向けると、
「阿部が捕まってる!」
ようやく佐久間が姿を現した。




