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「ふっかさん、起きたよ!」


寝癖をつけたままのラウールが部屋に飛び込んできたのはそれから二時間後。

よく眠れたのだろう、笑顔がいつも以上に輝いていた。

まぁ理由はそれだけじゃないのは誰が見ても分かる。

ラウールの右手にしっかりと繋がれた目黒の手。

まずは俺に知らせに行かなくちゃ!と強引に連れて来られたんだろう、同じく寝癖のままで。


「ご迷惑をおかけしました」


気恥ずかしそうに笑うその顔は穏やかで。

お互いに元に戻れた事に安心した。



心身共に回復出来たんだろう目黒は、また忙しい日々に戻ることになった。

ラウールの部屋、城下にある家、森、執務室。

「たまには休憩を取れ」と俺に叱られながら、休む事なく動いている。

目黒の部屋には薬のレシピが書かれた紙が乱雑に重ねられるようになり、俺たちには見ても分からないそれは日を追うごとに増えていく。


俺はラウールに仕事を一つ与えた。

放っておけばまた限界まで動こうとする目黒を休ませると言う重大任務だ。

「遠慮するな、どんどんワガママを言え」との俺の言い付けを守るかのように、ラウールは暇さえあれば目黒を追いかけ「一緒に昼寝するんだ!」と部屋に引っ張り込むようになった。

言い方はいやらしいが概ね間違ってはいない。

その分夜に作業をしているようだが、週に二度ほどラウールを投入。それ以上は俺が寂しいからダメだ。

ベッドに入るとすぐに眠ってしまうラウールを一人に出来ない目黒は、そのまま釣られて寝てしまうようで顔色もすっかり良くなった。

これで一安心と一息つけたところで、目黒の行動範囲がもう一つ増やされていると情報が。

それは何と、阿部の部屋だった。


阿部が城に来てから早や一年近く。

限られた空間で二人が顔を合わせる事がこれまで無かったのは、阿部が眠っていただけに過ぎない。

目黒の表情を見るに元々阿部に懐いていた様子。ただ目黒が自ら会いに行くとは思えず、目覚めてから(何かやらかさないように)阿部の部屋の前に立たせていたひかるの部下に理由を聞くと。

「阿部様が…」と、まさか俺たちが知らないとは思ってなかったようで青い顔をしながら教えてくれた。



「目黒に会いたいんだけど」


ある日呼ばれた室内。こーじはいつものように訓練場に行っていて阿部一人の部屋。

そう言われても自分の独断では動けない、まず団長に伺わなければ。と一旦話を置こうとしたが。


「ダメ…?」


阿部の(よそ行きの)寂しげな瞳。(明らかに狙っている)上目遣い。(完全にやり過ぎな)尖らせた口。

たかが一介の兵士に()の中が見抜けるはずもなくあっさりと撃沈。


そもそも阿部の存在は護衛団の中で神格化、もしくは都市伝説化されていた。

誰もが恐れる団長を従える、何なら我らが殿下すら勝てない人物がいた、と。

誰も顔を見た事がない。実在するかも疑わしい。だけど確かにいる。と言う噂は日を重ねるごとに尾ひれ背びれをつけてどんどん大きくなり。

「阿部様は神の別称。阿部様の一言で団長は鬼になり、殿下は悪魔に変わる」と何とも恐ろしい存在へとなっていた。あながち間違ってないところがまた怖い。

そこへ都市伝説の中心、阿部様の登場。

「眠る顔は儚げでまるで天使だった」とは阿部を運び込んだ兵士の言葉。

それから半年後、突然頬を腫らした団長登場。どよめく兵士たちに団長は言った。

「阿部に殴られた」

嘘偽りなく。

また広まる噂。どんどんひどくなる阿部の神格化。

「団長が黙って殴られた」「やり返せないのはやっぱり神だから」「あの話は本当だったのか!」「阿部様すごい!」

噂って怖い。



そんな阿部に頼まれて誰が断れようか。下手な小細工しなくも恐らく最終的には言う事を聞かされていただろう。


「申し訳ありません!」


首が落ちるんじゃないかと思うほどの勢いで頭を下げる兵士。泣きそうだ。たぶん死を覚悟してる。

そもそも断れるわけがないのだ。だって帝国一だと言われる護衛団長に手を上げておいて殺されていないようなやつに。

「怒ってないから顔を上げろ」と殿下が言えば、恐る恐る上げた顔には涙。

何だか可哀想になってきた。


二人で部屋の中で何をしているのかと問うが、物音を立てるわけでもなくさっぱり分からないと言われる。

気になる。だって阿部だ。目黒だ。あんまり良くない事をしている気がしてならない。

それは王子も同じだったのだろう、兵士を元の場所に戻した後言った。


「佐久間に探らせよう」


うーん、それもどうだろう。


佐久間もひかると同じく阿部に孤独から救われた一人。

友達の上に仕事だからと王子の言うことは聞くが、阿部には敵わないだろう。


「買収されねえかな」

「されるだろうな」

「ダメじゃねえか」

「まぁどうせ佐久間は嘘がつけない。どちらにしろ何かは分かるだろう」


お互い仲は悪くないのは間違いない。目黒が阿部を慕っている事も。

だけどどこか嫌な予感がする。

阿部にとってのひかる。目黒にとってのラウール。

お互いの大切な存在を相手は快く思っていない。ましてや阿部は正気を失うほどに。

忙しい中、阿部の部屋に毎日のように足を運ぶ目黒。

今の状態でそこまでする理由は、ラウールの事以外考えられない。


「まぁ様子見るか」


とりあえずはお互い外面の良さだけは大したもの。

実際どっちにも俺は騙されていた。

腹の探り合いにはなるだろうが大事にはならないだろうと話を終えた。





******





それから数日後。

佐久間から報告が上がった。

だがそれは阿部と目黒の事ではなく、ひかる。


「何かさーキメえんだよ」


夜。それは主に深夜に近い時間。

ひかるはたまに阿部の部屋の前まで来ていると言う。


「別にいいじゃねえか、その時間しか空いてねえんだろ」

「違うんだって、時間の問題じゃねえんだって」

「じゃあ何だよ」

「中入んねえんだよ、ひかる」

「入らない?」


ドアの前に立ち、ノブを握る。

そこはひかると阿部の関係。別の部屋で眠るようになったこーじに気遣う必要がないならノックはいらない。

だがそこで、いつも手が止まると言う。

ノブを握り、離す。そして再び握るがその手が回る事はない。


「何で?」

「知らねえよ、だからキメえんだって」


毎回そこで止まり、ため息。

そして部屋から離れる。

それを佐久間が見ているだけで何度もあり、ならばこれまでずっとそれを繰り返していたんだろう。

何だ、あいつ。まだ会いに行ってねえのかよ。


「まだ気を使ってんのかな」

「こーじに?何で?別に使う必要ねえじゃん」

「ひかるはそう思ってないんだよ」

「バカだなー、あいつ」


呆れた顔。佐久間にしては珍しい。


佐久間は何よりも“仲間”にこだわる。

ケンカしても数日口をきかなくても、仲間でいる事が重要だと考えている。

そこに恐らくこーじはいない。

こーじが阿部をどれだけ大切にしてくれようが関係ない、阿部は自分たちのものだと思っている。

別に仲間以外を大事にするなとは言わない。こーじと阿部が仲良くするのも構わない。こーじのする事はあいつの勝手だ、自分には関係ない。そう割りきれるくらいに興味がない。

佐久間が気に入らないのはこーじを気遣い阿部と距離を置こうとするひかるだ。


あっけらかんとしているように見えて、佐久間はなかなかめんどくさい。


「消すか、あいつ」

「バカ言うな」

「だって邪魔じゃん」

「邪魔じゃねえよ」


何を言い出すんだとこっちが呆れる。


「それで」


佐久間の不穏を感じとり王子が口を開く。

このままではこの部屋を出たその足で、こーじを消しに行きかねない。


「阿部と目黒は何をしてるんだ」


その言葉に佐久間の目が泳ぐ。

何て嘘のつけないやつだ。


「何って?」

「二人で、部屋で、何を、してる?」

「し、らない」

「ほお」

「いやほんとに!俺何も知らない!」

「阿部に何をもらった」

「!」


ほんとに買収されやがったぞこいつ。


「なんも、もらってない」

「最近阿部が城下で売り切れ続出のクッキーを大量に注文したそうだ」

「!!」

「阿部はまだ固形物は食べられない。一体誰が食べるんだろうな」

「め、目黒、じゃね?」

「あいつは味覚がおかしい。普通のものは食べない」

「ら、ららラウールへのプレゼント、とか?」

「ラウールなら直接俺に言えばいい」

「えっと、だから、」

「佐久間」

「いや、その」


佐久間?と。

王子にニッコリ笑われ、ダラダラ汗を流す佐久間の負けが決まった。


「すいませんっしたー!!」


土下座せんばかりの勢いで座っていたソファーから床に座る佐久間。

その衝撃でポケットから落ちたのは例のクッキー。

なるほど、これで買収されたのか。


「最初は、目黒について入ってたんだけど、何か、だんだんめんどくさくなって…」


佐久間の言い訳によれば、初めは姿を消して目黒について部屋に入り、目黒が出る時に一緒に出ていたそう。

だがそれが段々だるくなり、目黒が来そうな時間に先に部屋に行き能力を消して隠れていたと言う。


佐久間の能力は発動時に若干空間が歪むと言う欠点がある。

だがそれは本当によく見ていないと分からない一瞬のもので、そこに気づいたのはさすが阿部と感心せざるおえない。

が、それはそれ。


「バカかお前」

「はい、すいません」

「何のための隠密だ」

「はい、申し訳ありません」

「ちなみに何日でバレた」

「三日、くらい?」

「早えよ!」

「はい、ごめんなさい」


“だんだん”のレベルじゃねえぞそれ!


小さな身体を更に小さく。

一見反省しているように見えるがその手には落としたクッキーの袋が握られていて、実は全く反省していない。


「で、二人は何を?」

「ちりょう、してます」

「治療?」

「元気になりたいからって、目黒に頼んで」

「そんなに帰りたがってるのか?阿部のやつ」

「そうじゃ、ないと思う、んだけど…」


歯切れの悪い佐久間の返事。

恐らくこれは嘘だ。阿部にこう言えと言われてる。

そもそも今の阿部に目黒の能力は効かない。

阿部が動けないのはただの栄養と運動の不足。悪い箇所があるわけでもなく、目黒の回復能力でどうにか出来るものじゃない。


「まあいい。これからも二人を見張れ」

「お任せあれ!」

「だが佐久間、これだけは言っておくぞ」

「何でしょうか!」

「次に聞いたとき嘘を言えば、お前がこっそり護衛の服を裾あげして着ていることを護衛にバラす」

「それは勘弁してください!」



結局何も分からなかった阿部と目黒の目的。

だけどそれは思わぬ人物から知らされる事となった。







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