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ひかると別れ、自室にてある程度の書類整理を終えた後。

約束の時間までに話を進めようとすっかり通い慣れた森へと足を運んだ。


大きな木。みずみずしく繁った草花。

他国に比べ自然の多い帝国ではあるが、その中でもここほど緑に溢れた場所はないだろう。


まるで木々に隠されたように。

いや、隠しているんだろう。誰にも見つからないようにひっそりと。

誰にも会いたくない。誰とも関わりたくない。

特に皇族とは。その周りの人間とは。

閉ざした心を表すかのように森の中にぽつんと立つ小さな家。

煙突からは煙が上がり、誰も来ないことを分かっているのか窓もドアも開けっ広げている。


その小さな窓の向こうに、目当ての男を見つけた。





「何度も足を運んでいただいてるのに申し訳ありませんが、その話はお断りしたはずです」


窓越しに目が合い手を振れば、驚いた様子もなく小屋の中に招かれた。

どうぞ、と案内された二人掛けのテーブルセットはつい一昨日も座った場所だ。

そこにことりとテーブルに置かれた湯気の上がるカップ。

中身は…、お湯?


「痛みを軽減させる薬草を煎じています。肩を痛められてるようなので」


色のないそれを凝視した自分に気づいたのか、ふわりとした笑みを浮かべながらただの湯ではないと説明してくれる。


「分かるのか?」

「一つを庇おうとすると全身に緊張が走りますから。歩き方がいつもと違いました」

「そんな前から気づいてたのか」

「大事にしてくださいね。あなたはこの国に必要な方なのだから」


力を使えば一瞬で消え去る痛み。

気づいていながらそれをせず薬茶を与えられたと言うことは、これまで何度も繰り返されたこの男の言葉が、これからも変わらないと伝えたいのだろう。


「お前も必要だ」

「僕なんか」

「違うな、お前が必要なんだ」

「いてもいなくても変わりませんよ、僕なんか」


控えめな性格。

僕“なんか”とすぐに自分を卑下する言葉を口にする。

寂しそうに笑う表情はそれが嘘や遠慮ではないことを教える。


「目黒」

「はい」

「お前は殿下に選ばれた人間だ。もっと誇っていいんだ」

「選ばれた…」

「そうだ」

「そんなの、」


何の誇りにもならない。


呟いた言葉。

小さな声は、けれども残念ながら耳にしっかりと届いてしまった。


森でひっそりと暮らす薬屋。

自ら薬草を育て、それを煎じたり調合したり。

そうして作った薬を時々町に売りに来ては生計を立てている。

口数少なく自分のことはあまり語らない。

信用が得られず最初の頃は全く売れなかったと何度めかの訪問で教えてくれた。

それが今では評判の薬屋で、待ちわびている人間は少なくない。

以前のように町で店を出すよう勧めてみたが「あまり深くは関わりたくない」と。

何故そこまで距離を取ろうとするのか、今日まで語られることはなかった。


「あなたなら分かるでしょう?」

「何をだ」

「僕は、あの方たちとは違います」


いつも笑みを浮かべていた。

自分たちと一緒に戦ってほしいとの話は平行線で終わりながらも、訪ねれば受け入れてくれる暖かい家。

森を見れば分かる。ここはこの男の愛が溢れている。

偽善ではない優しさ。

だからこその能力。

だから、気づけなかった。


「僕は、彼らを軽蔑します」


そこまで、国を嫌悪していることに。


「僕はあの方たちのように切り捨てられない。いくら戦いだと言っても命を奪うことなんかしたくない。僕は奪いたくない、与えたいんです」


能力は、大きく二つに分けられる。

攻撃と防御。

だいたいどちらかに分類される。

王子やひかるなどは攻撃力に特化していると言えるだろう。


ただそれは持ち主の使い方次第。

王子の氷は確かに攻撃力はあるが、兵の前に壁を作り守ることもできるし暑い夏なんかは冷たい飲み物もできてありがたい。

ひかるの炎は…まぁいい、あいつはとにかく常に全力すぎて不器用だ。小さな焚き火を起こしてくれと頼んだ結果、何度焼け野原にされたか分からない。


「僕からすれば何故あなたのような方が彼らについているのかが分かりません。あなたは僕と同じだと思っていたのに」

「目黒…」


あぁ、そうか。

選んだ道とは言え、こいつは寂しかったのか。

だから自分をこの家に迎え、混じりあうことのない話だとしても耳を傾けてくれていたんだろう。

俺だから。

俺の能力が自分と同じ与えるものだから。

目黒なりに仲間だと思っていてくれていたんだろう。


「もう帰っていただけませんか?」


初めて見る隠せなかった感情。

近くにいたくない、けれど帝国を出ることは叶わない。

ならば離れられるだけ離れようと、選んだのは人が来ない深い森の中。

それほどまでに嫌悪している人間に選ばれたのだから誇れと。

そう言われて誰が喜ぶのだろうか。


「分かった、帰るよ」

「はい」

「ただな、目黒」

「何でしょう」

「あいつらを誤解しないでやってくれないか?あいつらだって好きで戦ってるわけじゃないんだ」

「それはどうでしょうか」

「誰かがしなくちゃいけないことを自分たちが先頭きってやってるだけなんだ。だってそうしないと国を守れないだろ?守る者がいなくなれば国民はどうなる?あいつらは、俺たちは国を守る義務がある」


誰が好き好んで人の命を奪うんだ。

少なくともそんな戦闘狂、自分の周りにはいない。

目黒の言いたいことも分かる。だけど誤解したままでいてもらいたくない。

あいつらだって、仲間の命を亡くし涙を堪えるときもあるって事を知っていてほしい。


そんな願いに気づかないように。いや、理解したくないんだろう。


「とにかく、僕はお断りします」


立ち上がり出口へと向かう間、伏せられたままの瞳に。

今回ばかりは自分のミスだと思わずにはいられなかった。

そして、いつもなら開けっぱなしにしているドア。

一歩外へ踏み出すなりパタンとすぐさま閉められた音に、これまで隠されていた目黒の怒りを知った。






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