20
「さて、」
ニコニコとご機嫌な表情。
「お疲れだったね」
ソファーに座り足を組み、優雅な仕草。
「どういう事か」
皇家に生まれ育ったのは伊達じゃない。
「説明してもらおうか」
ドンッ
その足を、テーブルの上に乗せなければ。
ひかると共に向かったのは帝国の顔とも言える城。
国の真ん中に位置する真っ白な建物は円に作られた高い城壁に守られ、だがその城壁には誰でも訪問できるよう至るところに出入口がある。
中に入れば季節に合わせた色とりどりの花が咲き乱れる庭園に出迎えられ、いつでもその景色を見ながらお茶を飲めるようテーブルセットが設置されている。
足を進めれば屈強な兵士が守る大きなドアがあり、それを潜るとあっさりと城の中に到着。
ほんとはそんなこと許されない。誰でも望めば皇家の人間に会えるだなんてあってはならない。
人の良い顔をした兵士。笑顔を向けてはくれるが実はちゃんと選んでいることを知っているのは護衛団でも限られたものだけ。
目覚めない阿部は客間に運ばれ、眠ったままのラウールは以前使っていたままにしてくれている部屋にひかるが連れて行った。
城に到着するなり目が覚めたこーじは阿部の傍にいたいと動かず。
同じく、元が強いんだろう目覚めた目黒は俺と一緒に王子に呼ばれた。
ソファーに座る王子。その向かいに俺と目黒。
ひかるは定位置のドアの近くに立ち、俺をじっと見ている。
「行儀が悪いですよ、殿下」
「あぁすまない、足が長すぎて邪魔なんだ」
「そうですか」
「こっちが聞くまで言わないつもりか?ふっか」
いつもの軽口すらも苛立ちに変わるほどなのだろう。
ニコリと微笑む顔は、それがこいつの怒りを表している。
「隠すつもりはなかった」
誤魔化せる状況じゃない。
街路樹の枝が阿部の部屋に飛び込んでいく様子を複数に目撃されているし、目黒があんな事をやらかす男じゃないことは幾ら気が合わない王子であっても分かっているだろう。
何よりひかるがラウールの髪の色を見ている。
金色から黒に戻っていく髪。それがラウールが能力を使ったという何よりの証拠。
「いつからだ」
「目黒が、ここに来たときだ」
「随分前だな、それで隠すつもりはなかったと?」
「僕がお願いしたんです」
「目黒」
「いいんです、ほんとの事ですから」
「詳しく話せ」
変わらない姿勢。
目黒が噛んでいることが気に入らないと顔に書いてある。
目を細め、顎で先を促し。優雅さはどこか遠くに消えた。
「先に伺っても?」
「何だ」
「殿下は、ラウールの能力をどう聞いてますか?」
「関係あるのか」
「なければ聞きません」
穏やかで儚い雰囲気を持っていたはずの目黒。
この数ヶ月で全く別人になったように見える。
いや俺がその空気に穏やかな男だと思い込んでいただけなんだろう。
思い返せばふんわりと言いたいことを言われていたような気がする。
「コピー、だと」
「渡辺さんから?」
「ああ」
ん?
「ちょっと待て」
「何だ」
「しょうたから聞いた?いつ?」
「あの時だ」
あの時。
あの時?
「嘘をつくな」
「嘘じゃない」
「そんなこと出来ないだろ」
「確かに聞いた」
「だってお前、あの時…」
あの時は、だって。
まじまじと王子の顔を見るが嘘をついているようには見えない。
だけどあの時しょうたと話をしていたのは俺。
こいつがそれを聞くなんて不可能だ。
だって。
だって。
「それはまた説明しよう。あいつが混乱する」
「あ…」
ちらりと目線を入り口へ向ける王子。
そこには腕を組みドアにもたれ掛かってるひかるがいた。
話を聞いてないのか、聞いてはいるが興味がないのか。まぁ後者だろうが涼しい顔をしてこちらを見ている。
そうだ、ひかるの存在を忘れていた。
確かに他の人間がいる場でする話じゃない。
「ちゃんと説明してくれよな」
「もちろんだ、俺は約束は守る男だからね」
ほんとにこいつはいつも一言多い。
「続きを話しても?」
「話せ」
「これは僕の所見なのですが」
「構わない」
「ラウールの力はコピーではありません」
膝に乗せた指をトントンと。
叩いていた王子の表情がぴくりと動く。
同時に指の動きが止まった。
「どういう事だ」
「能力が何かまでは分かりませんが、あれは僕から出たものです。ラウールじゃない」
「ふっか」
「俺も、そう思う」
今にも倒れそうに青い顔をした目黒。
頭を抱え痛みに耐える阿部。
何かがおかしいと思った。
コピーされるだけならこんなに本人に変化があるだろうか、と。
前の時もそうだ。
同じ力を持つ人間はいてもおかしくない。それが目黒の回復のように珍しいものであっても。
だけどあの時の目黒の戸惑ったような表情。
あれは恐らく自分の能力が使われていたからだ。
「決定打は、阿部の画面にラウールの知らない景色が映っていた」
ラウールは湖を知らない。
阿部が言ってじゃないか、行ったことのない場所は映せないと。
そんなラウールにそこに何の線がどう繋がっているかなんか分かるはずがない。
だったらあの景色は、阿部の記憶だ。
そもそもあの能力は、阿部にしか使いこなせない。
入学したばかりの子供の頃、画面はただ光るだけで何も映ってはいなかった。
それを使うために阿部は自分なりに学び、理解していった。
コピーしたからと言って仕組みが分からなければ使えない。
あれは阿部だから使える力。
「制御はしなかったのか」
「出来ませんでした。しようとしても勝手に溢れていく感じがして」
「溢れる…」
「そもそも力を使おうともしていなかったので。恐らく阿部さんも」
「なるほど」
ふむ。と顎に手を当て考えこむ王子。
そこに、それまで黙って聞いていたひかるが口を開いた。
「そんな事はどうでもいい」
淡々とした声に、一瞬誰が喋ったのか分からなかった。
「ラウールの力が何でもいい。問題は原因だ」
「何でもいい事はないだろう」
「何であっても危険なことには変わりがない。ならそんな事より発現させない方を優先しろ。何がきっかけだ、ふっか」
きっかけ?
ラウールの力が発現したきっかけ…
「…」
「…」
目黒と視線がかち合う。
言ってもいいのかと目が問うてる。
目黒の考えるきっかけと俺の考えるきっかけ。
多分、一致してる。
「ふっか」
「いや、ちょっと待ってくれ」
「考えろ。色々試すにはあの力は危険すぎる。ラウールへの負担も大きいだろう。どうしてこうなったのか隠さずに言え」
あぁどうしてこいつはこんなに的確なんだろう。
昔からひかるの言葉はぐさりと刺さる。
本人はそんなつもりはないのだろうが実に痛いところをつかれた気がした。
ラウールへの負担。
確かにそうだ。
発現の原因は恐らくラウールの感情の昂り。
俺をいじめた、俺を泣かせた。
許さない、と怒りを沸かせたこと。
制御できない力はラウールの怒りのままに能力を使う。
それによる身体への負担。
そして目が醒めたとき、それを自分がしてしまった事に悲しむ精神的な負担。
今の状況は、ラウールにとって良いことにはならないだろう。
目黒から目を離し、ため息をつく。
隠してもしょうがない。
きっとこいつらならラウールを助けてくれる。
「俺だよ、原因は」