19
知らない家。
知らない人。
人の良さそうな笑顔の奥で自分を歓迎していない。
怖い。
怖い。
行かないで。
傍にいて。
「ラウール!」
振り払った手。
大切な人が入って行ったドアを開け中に飛び込む。
「ふっかさん!」
そこにいた大切な人は、泣いていた。
「ラウール…?」
どうしてここに?目黒は?
今にも泣き出してしまいそうなラウールに、阿部の肩に置いていた手を離す。
「ふっかさん、泣いてるの?」
「え?いや、これは違うんだ」
「どうして?その人にいじめられたの?」
「ラウール、違う」
「ふっかさん、いじめたの?」
「ラウール!」
「ねえ!」
阿部を見つめたまま、ゆっくりと中に入ってくるラウール。
問いかけた途端、ぶわり、と部屋の空気が変わる。
その時。
阿部がゆっくりとまばたきをした。
「ラウール、ダメだ!」
目黒が追いかけて部屋に入ると同時、阿部の顔がドアの方へ向けられる。
そして、止まる。
ラウールへ向けて。
「あ…」
「阿部?」
「あ、あ…、」
見開いた瞳。
ラウールを見つめたまま。
「お前、は…」
「ふっかさんいじめたら許さない!」
「ラウール!!」
瞬間、パリン!とガラスの割れる音。
阿部の部屋の外に植えられていた街路樹の枝が窓を突き破って入ってきた。
真っ直ぐに阿部に向かって伸びる枝。
庇うためその身体に覆い被さり、二人でソファーから転げ落ちた。
「落ち着くんだラウール!」
「いやだ!あいつはふっかさんいじめた!」
「いじめてない!彼は友達だよ!」
「違う!」
目黒に身体を抑えられ抗うラウール。
髪が毛先から徐々に金色に変わっていくのが見える。
おかしい。
何か変だ。
目黒の顔色が青くなっていく。
そして、阿部も。
「う、ぁ、あああああああ!!!」
「阿部!」
上に乗る俺を押し退け、頭を抱え床を転がる阿部。
目黒も力が入らないのか床に崩れ落ちる。
何だ。
何が起こってる。
壁に、天井に、目的も分からず突き刺さっていく枝。
観葉植物の枝がベッドに刺さり、持ち上げる。
そこにあったのは阿部のいつも持ち歩いていた四角い画面。
光っているそれに目を向けると、部屋の外が映っていた。
これは、阿部の能力だ。
「ラウール、やめろ!」
バチバチと変わる画面。
街の景色、城の城壁、汗を拭くひかる、近くの湖、値段は張るけどたまに食べたくなると言っていたケーキ屋…
ラウールの力じゃない。
ラウールはまだ湖に行ったことはない。
ケーキ屋だって、好きだったのは阿部だ。
「これは…」
まさか。
俺と阿部は、…いや俺たちは能力や国の歴史を学ぶアカデミー、いわゆる学校での同級生だった。
入学するのは年齢ではなく能力の発現によって。
だから俺と佐久間、その頃は“涼太”と呼ばれていた王子は六歳で、阿部とひかるは一つ下の五歳だった。
その頃の俺は自分の力が一番だと思っていた。
周りの大人たちは優しい力の持ち主が多く、みんな俺を褒め讃えてくれたせいで最高で最強で誰にも負けないと本気で思っていた。
今でも思い出すと恥ずかしい、あの頃の黒歴史。
肩で風きって歩くを体現するような、大口を叩いて周りをバカにして。
「あの頃のお前は尖ってたなー」と皇帝に未だに笑われるたび、身悶えるほどの羞恥を覚える。
そんな俺が覚えた初めての挫折感。それが涼太との出会いだった。
涼太は俺を超えていた。色んなものを超越していた。
生まれもった身分の高さ、能力の強さ。そして元々の性格。
誰も敵わなかった。
涼太の俺に向けた第一声は「お前を俺の側近にしてやろう」だった。何だこいつバカか?と思ったし実際バカだった。
初めは嫌いだった。ライバルだと思っていた。
こちらから仕掛けた勝負はほぼ五分。涼太の負けるたびに流してた悔し涙や、勝つたびに鼻で笑われていたあの憎たらしい顔は今もよく覚えている。聞けば向こうもそうらしいが。
「性格悪いな、こいつ」っていつも思ってた。
顔を合わせれば「俺が一番だ」「いや俺の方が強い」を繰り返す俺たちに、周りは気を使い「そうだね」としか言ってくれず。
どんどん増長していく俺たちにストップをかけたのが阿部だった。
「ねぇ知ってる?世界は広いんだ!」
だからお前たちはまだ全然大したことない。その調子じゃいつか大人たちにこてんぱんにやられてしまう。
「でもみんなで強くなれば勝てるかもしれないよ!」
あのキラキラとした笑顔は忘れない。
ついでにその阿部に無理やり引っ張って来られて不機嫌丸出しだったひかるの顔も。
阿部の能力は見たことのないものだった。
聞いてもよく分からないから聞いたふりだけして「へー」って言ってた。
一度大浴場の女風呂を見せろと言ったらすぐさま先生にチクられものすごく怒られたから、阿部に変なことを言うのは止めようと決めた。あと巻き込んだ涼太とひかるに氷と炎を交互に浴びせられたのが怖かった。
叱られるのも褒められるのも一緒の四人。そこに佐久間が交ざるまでにはそう時間はかからなかった。
自分は攻撃が出来ないからみんなを守れないと人と距離を取っていた佐久間。
んなもん阿部には何の関係もなかった。
「じゃあ俺と一緒に考えようよ、佐久間と俺でみんなを守れるように!」
やっぱり阿部はキラキラしていた。
俺たちの関係は阿部の笑顔で保たれていた。
ケンカしたって落ち込んだって、阿部がいればいつの間にか笑っていた。
このままずっと一緒に遊ぶんだと思ってた。
実際、あの時までは俺たちは確かに繋がっていたんだ。
******
どこからか通報があったのか、ひかるたちが部屋に飛び込んできたのはそれからしばらくしてから。
その頃には目黒は意識を失い攻撃は止んでいた。
壁や天井には穴、床には葉が落ち、原型のないソファーやベッドを見ても顔色一つ変えなかったひかる。
ただ同じく意識をなくした阿部を見て、
「話は後で聞く」
と、静かに言った。
「ラウールは?」
「寝てる」
「そうか…」
「動けるか?」
「あぁ」
前の時と同じように制御が出来ず力つきたんだろう。
目黒の上に倒れこむようにして眠っているラウール。
もし帰ってる途中で目覚めては不安にさせてしまうだろうと、阿部と目黒は連れてきた部下に任せひかるがラウールを抱え上げた。
「あ、こーじ。あいつが帰って来るんだ」
「こーじなら外にいる」
「帰ってたのか?」
「ヤバい顔で中に入ろうとしてたからちょっと寝てもらった」
「…」
ごめん、こーじ。