13
「すみません、こんなものしかお出しできなくて」
「いや、十分だよ」
「飲めるでしょうか」
「大丈夫か?ラウール」
「…だい、じょーぶ」
変わりのない小さな小屋。
以前のように案内され中に入るも、椅子は二脚しかなく。
「お前が使えよ」「いえ、お客様がどうぞ」のやり取りをした結果。
調合時に使っていると言う古びた丸椅子に家の主が座ることで治められた。
いつもより足取りが遅かったから疲れているのだろうと、出されたのは疲労回復の効能のある薬草を煎じたお茶。
「俺がきた」としか教えられず、まさか二人連れだとは思ってなかった目黒は慌てて別のものを用意しようとしてくれたが、それはさすがに断り同じものをラウールにも出してもらった。
苦味の強いそれに一口口つけるなりラウールの顔にシワが寄り、目黒が申し訳なさそうに再び謝った。
「あぁそうだ。焼き菓子を作ってみたのですがいかがですか?」
「お菓子まで作れるのか?」
「いえ、先日街に下りた時にもっと子供が飲みやすくするにはどうしたらいいかと相談されまして。僕の作るものは子供たちには苦味があるようで」
「んでお菓子にしてみたわけか」
「そうです。まだ試作なので良ければ評価していただけると助かります」
「それならありがたくもらうわ」
「ありがとうございます」
礼を言うのはこっちなんだが。
「どうぞ」
しばらくキッチンでごそごそしていたかと思えば、ことりと控えめな皿がテーブルに置かれる。
その上に乗っているのは若干いびつな形をしたクッキーらしきもの。
黒みが多いのは薬草のせいや狙ったのではなく、もしかして焦げているんだろうか。
「すみません、僕こういうの苦手で…」
「いや全然!うまそうだ!」
「あなたも良かったら」
「…」
皿を見るなり目をパチパチと。
その後、俺をちらり。
先に食え、と?
食ってやろうじゃねえか!
「…どう、ですか?」
「うん」
まずいな。
一齧りしかしていないのに口の中いっぱいに広がる苦味。
効能しか重視してないだろうそれには糖分など一切入っておらず、焼いただけの草を食べさせられているような気分だ。
生クリームさえ乗せれば何でもうまいと言い張る佐久間はともかく、ひかるが勧める逆に甘味しかないお菓子や、王子の厳選したものを口にし舌の肥えたラウールには合わないだろうと。
俺が食べたのを見て恐る恐る口に入れた反応を見れば。
「おいしい」
口に合ったようだ。
何故だ。
「本当ですか?」
「うん」
「良かったです、こちらはいかがです?」
「おいしいよ」
パクパクと次々に口に入れていくラウール。
気を使って嘘をついているわけじゃなさそうだ。
それに目黒が安心した表情を見せる。
「子供には合うのかもな」
あぁいけない。
驚きすぎて自分はまずかったと遠回しに言ってしまった。
「大人でも食べられるよう改良してみます」
「それは別に良くないか?大人は薬で飲めるんだし」
「そうか、それもそうですね」
今のままでせっかくラウールが気にいってるんだ。
変にいじくると子供ですら食べられなくなる気がする。
何となく、目黒の改良は危険な匂いがした。
俺の友達。そしておいしいものをくれた。きっとこの人は怖い人じゃない。
来た頃に比べやや警戒心の解けたラウール。
育ったスラムに自然はない。
城の庭園は見事に整備されていて、こんな風な自然の草花を見るのは初めてだったんだろう。
窓から見える一際大きな木に虫が止まっているのを見つけ興味を沸かせた。
「ふっかさん」
「見える場所にいろよ」
「うん」
「あ、待ってください。素手で触れると危ないものもあるので」
今にもドアから飛び出しそうなラウールを引き止め、手袋を手渡す目黒。
威圧感のない大人に、ラウールは素直に受け取った。
それよりも素手で触れると危ない草とは一体。
「可愛らしいお子さんですね」
「言っとくけど俺の子じゃねえぞ」
「違うんですか?」
「ラウールは、友達の弟だ」
「そうですか」
しゃがみこみ、木の根に手を伸ばすラウールを二人で眺める。
「覚えてるか?しょうたの事」
「渡辺さんですか?」
「そうそう。あいつの弟だよ」
「へえ」
虫が動いてるんだろう、それに合わせてラウールも移動していく。
時々ちらりとこちらを伺うように見て、それに手を振ってやれば安心したようにまた視線を地面に戻す。
「渡辺さんはお元気ですか?」
「あー…」
「あ、いえ。答えにくいなら別に」
「いや、そういうわけじゃ…」
どう言えばいいのか。
口ごもる俺に、不思議そうに首を傾げる目黒。
適当に答えればいいのか。
けどいつか知られてしまったら。
目黒のことだ、嘘をつかれたと知っても何か理由があるのだろうと問い詰めることはしないだろう。
だが一度生まれた猜疑心は消えない。
目黒からの信頼を、失いたくない。
だから正直に話すことにした。
「いないんだ、しょうたは」
「それは、病気か何かで…?」
「そうじゃない。存在しないんだよ、どこにも」
「まさか」
「この国の隅から隅まで調べたがどこにも居ないらしい」
「そんな…」
以前は確かに居た人間。
それが存在しないなんてあるだろうか。
あり得ない現実。
だけど俺たちが今ここに居ることすらあの時には考えもしていなかった。
だから、
「それを、信じるんですか?」
「俺が騙されてる、と?」
「深澤さんがあの方を信頼しているのは分かってます。だけど居ないと言われて信じてしまうのですか?」
「俺だって信じられないさ」
「ほんとは、探してもいないのでは?」
「なに…」
目黒に生まれた別の猜疑心。
それは俺ではなく王子へと向けられた。
「あの方は人をただ戦争のために使える駒だとしか考えていない。居ないものを探してまで使おうとはしないでしょう。何故あなたが彼を育てているのかは僕には分かりません。だけど」
「止めろ」
「あなたは、騙されているではないですか?」
「止めろ!」
何度も探してくれと頼んだ。
俺だって探した。
二人してずっと待っていただけじゃない。
覚えてしまうほど記録を読み漁り。執務の少ない日には街に下り、森に入った。
疲れ果てソファーやベッドに倒れこんだことは数えきれない。
だけどしょうたはどこにも居なかった。
住人の記憶にすら残っていなかった。
「それで諦めたのですか?」
「そうじゃない!」
「何が違うのですか。あなたも結局彼らと変わらない。僕たちを、僕たちの能力を自分のために使う事しか考えていない!」
「違う!!」
ガタンっと、立ち上がった勢いで椅子が後ろに倒れる。
否定を繰り返す俺に、目黒から向けられる冷めた視線。
違う。
違う。
違うのに。
何故分かってもらえない。
「あいつは俺に嘘はつかない!!」
“こう”なってしまった理由は今だ分からない。
確かなのは、あいつは俺と同じ“記憶”を持つ人間だと言うこと。
以前を、あの惨状を、そしてしょうたを知っている数少ない人間。
お前も同じなのに。
「どうして信じてくれないんだよ!!」
バン!
力任せに叩いたテーブルが大きな音を立てる。
その時だった。
「ぐっ!」
背中に衝撃。
ガラスの割れる音。
何かに首を絞められ、身体が宙に浮いた。
「深澤さん!」
頭を抱え倒れこみながらも、戸惑う視線をこっちに向ける目黒。
「何で…」
「ふっかさんを」
窓から入ってきた木のつるが、目黒の頬を叩いた。
「ふっかさんを、いじめるな!!」
最後に見えたのは、髪の色が金に輝くラウール。
目黒を睨み付け、周りの木々がこちらに枝を伸ばしていた。