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「ふっかさん、どこ行くの?」



ふいに手を伸ばされたり、無言で近づかれた時。

今だにラウールはビクリと身を震わせる。

暴力に支配されてきたこれまでの恐怖はなかなか癒えることがない。

もちろん自身から手を伸ばすことは皆無。

こっちから誘わなければ、ラウールは部屋から出ようとすらしない。


ただ、少しは慣れてくれたんだろうか。

休日の朝、外出用のマントを手に取った俺を見て不安気な表情を見せた。


「ちょっと散歩。ほら、お前も着てこい」

「いいの…?」

「当たり前だろ」

「うん」


途端に変わる表情。

不安から安堵へ。


「派手だな」

「お出かけのときにきなさいって王子が」

「そんな良いとこ行くわけじゃねえからそんなの着なくていいんだよ」

「うん」


与えられたラウール専用のクローゼットから急いで取り出した赤いマントに顔をしかめると、慌てて別のものを取り出す。

が。


「何でそんなのばっかなんだよ」

「じゃあ、こっち」

「原色しかないのか?」

「…げんしょく?」


これは?これは?と、どんどん出てくるマント。

買いすぎだ、あのバカ。俺でもこんなに持ってないぞ。


赤がダメなら青。それもダメなら黒。でもフル毛皮。

全てダメ出しする俺にラウールの顔が徐々に焦ったものに変わっていく。

早くしないと置いて行かれるんじゃないかと。

一度、やり残した仕事があったのを早朝に思い出し。すぐに終わるだろうと、よく眠っていたためそのまま何も言わず置いて行ったとき、帰ると部屋の隅で膝を抱えて泣いていたのを思い出した。


『ごめんなさい、…ごめんなさい、ふっかさん』


捨てられた、と思ったんだろうか。

周りの優しさに触れ、慣れていたはずの孤独を怖いと思うようになってしまった。

拭っても拭っても静かに流れる涙。

「ごめんなさい」と何度も繰り返していた。


もうこんな風に泣かせてはいけない。


それからは、どうしても連れて行けない時にはその理由と戻る時間を伝えるようにした。


「あーもう、俺の貸してやる。ちょっと待ってろ」


埒があかないと直接覗いたクローゼット。

無い色は無いのでは?と思えるほど色とりどりな中身にため息が出た。

とりあえず派手。地味なものはもれなく毛皮。

どこに着て行かす気だ、バカ王子が。





******





「どこ行くの?」


足首まで覆えるはずのマント。

ラウールが着ると少し短かった。

どんどん伸びていく身長。

なのに俺との散歩が好きで、誘いを楽しみにしてくれるのは変わらない。


このままで居てほしい。


だから、俺に何が出来るのか考えた。

キレイなものだけを知っていてほしい。汚れたものなんか、今のラウールにはいらない。

手に取れるようなものはバカ王子がいくらでも与えてくれる。

なら目には見えないもの。

キレイな心。

そこで浮かんだのが一人の男。

俺の中で、最もキレイな心を持つ人間。


「あー、もうちょい」

「分かった」


随分と遠くなった街を背に、足を進める森の中。

知らない場所。辺りには人が住んでいるような形跡はない。

不安だろうに俺を信じてついてくるラウール。

普段から長く歩くことをしない、幾らか肉はついたとは言えこの細身にはつらいだろう。


「疲れたか?ちょっと休むか」

「大丈夫だよ」


ラウールは俺を否定しない。

俺の言うことは全てラウールの真実で、俺が進むならどこでもついて行く。

俺が言うなら我慢する。何だって頑張る。心の内を出さず、何でも受け入れようとする。

ワガママなんて言わない。だから置いて行かないで。

そんな事、するはずないのに。


上に昇った太陽が、そろそろ昼になることを教える。

腹も減ってきただろうにそれさえも口に出さない。


「ふっかさん、だれかいるよ」


すると、ラウールの肩がビクリと動き。

同じく感じ取り、伸ばした俺の手を取って背中に隠れた。


同時、ガサリと葉の動く音。

現れたのは、会わせたかった男だった。





「いつもより歩みが遅いので何かあったのかと」


驚かせてしまったようで申し訳ない、と。

もうすっかり隠れてはいない大きさのはずなのに、俺の背から出ようとしないラウールに向けられる。


「珍しいですね、誰かと一緒なのは」

「特別な子なんだ」

「そのようで」

「久しぶりだな」

「そうですね。お茶を用意してます、行きましょう」


あぁ、良かった。また受け入れてくれるんだな。

前回の終わりを思い返し門前払いも覚悟していただけに、ホッと息をつく。

ラウールの手は、未だ俺のマントの裾を掴んだまま。


「大丈夫だよ」

「うん…」

「俺の友達だ」

「ふっかさんの、ともだち…?」

「そう」

「分かっ、た…」


その手を握り、先に歩き始めた目黒の後ろをついて行く。


「何で、あの人…分かったの?」

「ん?」

「俺たちが、いるの」

「あぁ、自然が教えてくれるんだと」

「しぜん…」

「この辺の木たちがな、人が森に入ると教えてくれるらしい」

「へえ」


さっきまで獣道のように生い茂っていた森が、目的地が分かっているように左右に別れる。

森の主のために、家までの道を作っている。

自然を操る能力の大きさは計り知れない。


「すごいね」

「そうだな」

「ふっかさんも、すごいよ」

「そうか」

「俺も、すごくなれるかな?」

「なれるさ」

「うん」


ならなくて良いけどな。


ラウールの“このまま”を守るためには、能力の発現なんてない方がいい。

このまま。無能のまま。

いられる方がきっと、こいつにとっても幸せなはずだから。






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