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乙女ゲームのモブ悪役に転生した直後、バッドエンドで犯されそうになっているヒロインを反射的に助けたら、片時も離してくれなくなった。  作者: ななよ廻る
第5章

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第8話 傷跡の代わりに、我が儘を乞い願う

 見える世界は相変わらず赤いままだった。

 じわりと涙で霞む。

 傷一つないのに、一歩踏み出す度に足が痛みを訴える。内側から針が飛び出すような痛み。それは足から広がり、腕を、肺を、頭を苛んでいく。

 痛い痛い痛い。

 幻肢痛のように、ない痛みを感じている。指一本動かす度に、針が一つ刺さるような感覚。

 止まって蹲ってしまいたかった。

 いたいいたいと子供のように泣き喚いてしまいたかった。


 それでも、それでも、と。

 胸に抱えた大切な人よりも優先するモノはないと、世界の外側も、内側も。あらゆる全てを無視してただ今だけは、走り続ける。

 どれだけ走ったのかなんてわからない。

 ただ、わからないままでも、無我夢中で目指していた場所には着いていた。


 はぁ、はぁ、と荒い息が喉を詰まらせる。

 でも、それでもと足を動かす。

 死にそうになりながら辿り着いたのは、一軒の診療所。周囲の家々と比較すれば立派な、やや土で汚れた白い漆喰の壁に囲まれた診療所の戸を叩く。

 叩く。

 加減なんてできるはずもなく、そもそも音なんて鳴りっぱなしの耳鳴りで聞こえもしない。

 それでも、伝わっていると願って戸を叩き続けると、内側から荒々しく開いた。


「うるっさい!

 こんな夜更けにどこの馬鹿が……っ!?」

 苛立たしいと、診療所から出てきたのは女医だった。

 白衣こそ羽織っていないが、昼間、シルアと村を訪れた時、敵意を剥き出しにしていた白衣の女性。


 汗と血で濡れた俺。そして、メイド服を血で真っ赤に染めるメリアを見て、目を見開いて言葉を失っている。

 息をするのも忘れて、呆然とする女医に俺は頭を下げる。

「お願いします。

 彼女を、メリアを助けてくださいっ……!

 どうか、どうかっ、お願いしますっ!」

 メリアを抱えていなければ、土下座をしていただろう。

 それでも、できる限り頭を下げる。

 言葉も、行為も。

 どれを取っても懇願だったけど、俺にとっては泣き言とそう変わりはしなかった。


 親でも、先生でもない相手に。

 ただただ泣いて縋って。

 けど、俺にはこうすることしか残されていなくって、情けないと笑われたとしても、頭を下げ続けるしかなかった。


 でも、女医にとっては突然で、いきなりで。

 そして、俺は領主であった。

「……私は、お前が嫌いだ」

 全身の血が、残らず身体の外に流れ出たような寒気を覚えた。目から溢れる涙が血なのではないかと、錯覚してしまう。


 ここでも、ヴィルが付き纏うのか。

 顔しか知らないヴィルを恨めしく思う。唇に歯を立てる。裂けるほどに噛む。痛いのは俺だけど、ヴィルを傷付けようと唇に歯を食い込ませる。

 女医がヴィルを嫌っているのはわかっていた。そのことを忘れていたわけじゃない。

 けど、そんなことまで考える余裕なんてなくって。

 助けてくれる。助けられそうな人なんてこの人しか思い浮かばなかったから。

 だから、嫌いと言われようとも、俺にはお願いし続けることしかできない。


「お願い……しますっ。

 俺はなにをされても構いません。

 だから、この子を……メリアを助けてくださいっ」

 長い沈黙が挟まったような気がした。

 けど、実際にはそんなに経っているはずはない。俺が長く感じただけで、瞬きぐらいだったのかもしれなかった。

 ぽつり、と女医が呟くように尋ねてくる。

「……お前の命を対価にするなら、助けると言っても?」

 震える。


 頷くべきだ。

 そもそも、命なんてさっきまで捨てるつもりだった。

 代わりにメリアを救ってもらえるというのなら、それで十分。俺の支払えるモノとして、唯一で、けれども、今最も軽いモノなのだから。


「それは……」

 けど、

「ごめんなさい」

 駄目だ。

 死ぬわけには()()()()()()()()()


「……俺が死ぬなら、メリアも死ぬって言うんだ」

 そして、実際に自分を刺して見せた。

「だから、俺は……死ねないんだ」

 上げた顔はどんな表情をしているんだろう。

 見上げる藍色の瞳には、俺の姿は映っていない。黙って、見つめてくる女医を見つめ返すことしかできない。


 息の詰まるような沈黙が流れていた。

 破ったのは、深い深い女医の沈黙だった。

「……中に運べ」

 背を向けて、素っ気なく、けれども力強く女医が言った。

 呆けていた俺は、最初その言葉の意味がわからなくって、「え……」と零すことしかできなかった。

 愚鈍だったからか、苛立ちを隠そうとせず彼女は舌打ちをする。


「現領主は嫌いだ。

 助ける義理はない」

 ないが、

「患者を見捨てるほど、落ちぶれてもいない」

 背中を向けたまま、ぶっきらぼうに吐き捨てる女医の言葉が胸に染み入る。鼻がツンッとする。

 内からこみ上げてくる大きなもののせいで、上手く声にならない。それでも、必死に。回らない舌を動かしてありがとうと伝えようとした。

 届いたかわからない。そもそも、ちゃんと音になっていたのかさえ怪しかった。


「早くしろ。死なせたいのか?」

 せっつかれ、未だに痛みを残す足に力を込める。

 お礼すらままならない俺だけど、せめて最後までメリアを抱えていようと、腕に力を込める。

 伝えきれなかったお礼は、きっと後で。

 メリアが助かった時に伝えようと……そう思った。 



 ■■


 メリアをベッドに寝かせて、邪魔だと部屋の外に放り出されて。

 寝れもせず、部屋の外で待っていた。

 処置室の外で膝を抱えて蹲る。心配で動悸が速くなって、水中でもないのに溺れているようだった。


 不確かで、曖昧な時間。

 どれだけ経ったのかはわからない。ただ、長いという感覚だけが常に付き纏っていた。

 溶けてなくなってしまいそうな自意識。

 それが鮮明になったのは、ドアが開いて「終わった」という女医の言葉によってだった。


「できることはした。

 後は、本人次第だ」

 言われて、部屋に入ろうとしたのを、女医に蹴って止められる。

 身体に力なんて入ってなくって、呆気なく倒されてしまう。

「馬鹿が。

 待つにしても病室に移ってからにしろ」

 もどかしく思いながらも、女医の邪魔をするわけにはいかない。

 メリアが病室に移る間、また膝を抱えて待つ。待つ。待つ。


 そうして、「終わった」と2度目の報告を受けて部屋に駆け込む。

 病室だと。

 そう認識させる、清潔感のある白い部屋だった。

 物は少なく、窓際の傍にベッドと椅子が置いてあるぐらい。


「メリア……」

 その上では、病衣びょういだろうか。

 血に染まったメイド服ではない、清潔な白い服で身を包み、静かに胸を上下させるメリアの寝姿があった。

 顔色が良いとはとても言えない、青白い肌にぐっと唇を噛み締める。

 昨夜、歯で抉った傷が痛むが、気にはならなかった。


 ベッドの脇。

 木でできた椅子に腰掛ける。

「死なないで」

 口にした言葉はなんて白々しく、都合が良いんだろう。

 自分は死のうとしたくせに、死んでほしくないなんて。

 それでも、俺は死んで欲しくなくって、ベッドの上のメリアの手を握りしめる。冷たい肌。本当はもう死んでいるんじゃないかと思わせる体温を感じて、ぐっと目元に力が籠もった。


 祈るように彼女の手を両手で握る。額に当てる。

 どうか、どうかと。

 無事を想う。願い続ける。


 ただ夢中でそうしていると、窓から朝日が差し込んできた。

 夜明け。

 けど、瞼閉じたままの俺の視界はまだ赤いままで。

 このままずっと世界は赤く、夜明けなんてこないんじゃないかと、そう思っていたけれど、

「貴方様」

 ――――

 呼ばれて、無意識に俯いていた顔を上げる。


 知らぬ間に、メリアは上半身を起こしていて。

 眩い陽光の中、花のような微笑みを浮かべていた。

「……メリア」

「はい」

 返事がある。


 生きている。そう実感して、握っていたメリアの手をより強く握るけれど。

 起き上がった拍子か、はだけた胸元が顕になる。

「……っ」

 喉が引き攣る。視界が急にぼやけた。


 胸の下。

 新雪のように白い肌の中心には、深い刺し傷が残ってしまっていた。

 縫い痕が痛々しく、まだ塞がって傷跡は未だ生々しい。

「ごめん……ごめん、ごめんっ」

 きっとこの傷は残る。

 そう思った時、俺は懺悔するように両手を掲げて、謝ることしかできなかった。

 消えない傷。

 作る必要なんてなかったその傷を見て。

 俺は泣いて、縋って、許しを請うしか……なかった。


「……我が儘を」

 メリアが言う。もう一度「我が儘を」と。

 俺の意識を向けるような誘いの声に、ゆっくりと顔を上げる。


 遠くを見つめるように、前を向いて。

 白い漆喰の壁を見続ける彼女のその横顔が、ふっと困ったように口元を緩めた。

 言いづらそうに。

 けれど、願うように。


「我が儘を口にしてもいいのなら、これからも一緒にいてほしいです。

 ――死ぬまで、一緒に」


 胸から喉にかけて、こみ上げてくるモノがなんだったのか。

 俺にはわからなかった。

 けれど、俺に彼女の言葉を否定するだけの勇気も、権利も、なにも残っていなくって。

 ただただ、「うんっ、うん……っ」と何度も何度も、頷くことしかできなかった。


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