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第2話 村への出立前。子供に留守番をさせる親の気持ち。

 なんでこうなったのかなぁって思うも、自分の不用意な発言だよなぁと自問自答。

 ただ、絶対に行きたくないかというとそんなこともなく。

 紙の上ではなく、実際に自分の目でするべきというのは正しい気がするから。


 なので、俺はいい。

 いずれやらなきゃならなかったことが前倒しになっただけだから。

 けどなぁ。

 不安を抱えつつ、厨房で皿洗いをしていたメリアに村に行く件を伝える。

「ちょっと、ね?

 近くの村の様子を見てくるんだけど――」

「一緒に行きます」

 布で皿を拭いている体勢のまま、俺が最後まで言い終わるのを待たないで言ってきた。

 ……まぁ、こうなる気はしてたんだよねぇ。


 形の良い胸の前で両手で皿を掴んだ手に力がこもっている。メリアの感情を表すように、長い金髪が揺れていた。見上げてくる蒼い瞳は、絶対に付いていくと意思を固めているように強い眼差しだった。

 とても言い難い。

 ただ、歓迎されないとわかっている場所に、メリアを連れていきたくはなかった。できれば今は、悪意とか敵意とか、そういった心に負担の掛かる感情に触れてほしくない。


「待っててくれない、かな?」

 窺うように、慎重に声を出したのだけれど、反応は劇的で。

 泣くようにくしゃっとなったメリアが顔を歪める。シワ一つなかった真っさらな紙を手で握りつぶしてしまったかのような変化に、肋骨の内側が傷んだ。


「お願いします……っ。

 ヴィル様の邪魔はしません。

 付いていくだけでいいんです。

 どうか、一緒にいさせてください」

 手が掴まれる。

 力や、震え。指先一つひとつの動きが一緒にいてと訴えていて、メリアの感情が直に伝わってくるようだ。ぎゅっと、力強くも華奢な両手で右手を包まれていると、良心の呵責が苛まれる。お腹の辺りがきゅーっと締め付けられて、喉が細くなっていくような感覚。


 いいよ、って。

 一言口にすれば楽になる。けど、そういうわけにもいかなくって、否定の言葉を絞り出す。

「うん、ね?

 そうしたいのは山々なんだけど、ヴィル……俺って、あんまり領民に好かれてなくて。

 どんな反応されるかわからないし。

 石でも投げられたら大変だから、メリアには待っててもらいたいのよ」

「大丈夫です」

 言い切られる。なら、いいかと納得してしまいそうな強い断言だった。

 でも、全然大丈夫じゃないんだけどね。


 なにかあったら。

 想像すると、どうしても躊躇いがある。でも、メリアは引いてくれない。掴んだ手を、離してはくれない。

 困った。

 打つ手なし。膠着状態に汗が吹き出す。

 空いている左手を開いたり閉じたりと落ち着かず、考えなんてないのに無駄に思考して頭の中が絡まっていく。


 俺一人ではどうしようもなく、このままではメリアを連れていくしかなくなる。けど、それは感情的に許せるものではない。助けてよぉ、と最後の希望に目で泣きつく。

 後ろに控えて、顛末を見届けていた銀髪メイドはしょうがないとばかりにため息を零した。ごめんなさいとは思うけど、男の子は女の子に泣きつかれたら即白旗。手も足も出なくなるのは当然の帰結だった。古事記にだってそう書いてある。


「メリア様」

 銀髪メイドに呼ばれると、肩が震えた。

 我が儘を母親に叱られたように顔を俯かせて、下唇を噛んで銀髪メイドを見る。ただ、銀髪メイドは叱るのではなく、子を優しく諭すような優しい表情と声音で、「メリア様」ともう一度彼女を呼んだ。

「ご主人様を困らせるのは……構いませんが」

 よくないよ。

「屋敷を完全に留守にするわけにもまいりません。

 近くの村です。直ぐに戻りますので、お茶の準備をして待っていてください。休憩としましょう」

「ですが……」

 前回はこれで身を引いたメリアだったが、今回は屋敷を離れるとあってかなかなか食い下がる。


 これは駄目かもなぁ。

 連れて行くか。いや、これを言い訳に屋敷の残るのもありかも?

 なんて打算を働かせ始めていたけど、「では」と銀髪メイドがメリアとの距離を詰める。怒られるのかと思ったのか、身を竦めたメリア。けど、銀髪メイドは前屈みになってそっと耳を打つ。

「もし、お待ちいただけるのであれば――」

 口元を隠すように白い手を添える。小さな声。なにかを話しているのはわかるけど、まるで聞こえない。なんだろうと思っていると、一瞬、銀髪メイドが銀の視線を向けてくる。

 こうして隠すということは、やっぱり俺関係なのか。眼の前で行われる隠し事。なんかやだなぁと思っていたが、不安と焦燥に駆られていたメリアの目が僅かに見開いた。


「いい……のですか?」

「お待ちいただけるのであれば」

 ね? と、頷く銀髪メイドに、メリアは悩む素振りを見せるも応じるように頷き返した。上目で、俺に向ける表情にはまだ不安が残されていたけれど、先ほどまでの焦りは消えかけの焚き火のように小さくなっていた。


「では、参りましょうか」

 メリアに向けていた微笑みを引っ込める。その優しさを俺の向けてほしいなぁと思いつつ、小声で「なにを言ったの?」と訊いてみる。訊いてみたが、返答なんてわかっていた。

「大したことではありません」

 つれない返事。

 だよねぇ。そう思いつつ、歩こうとすると銀髪メイドが続けた。

「今夜にでもわかりますよ」

 からかい混じりの声に目を丸くする。どういう意味? と問いかけても「さて」と誤魔化すばかり。答える気はないなと判断し、言葉の意味を考える。


 今夜……ねぇ。

 就寝時。毎夜、部屋を抜け出してベッドに潜り込んでくるメリアを思い出し、これ以上なにかあるのか? と、不安が胸の内で揺らめいた。 


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