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春香と春馬はお隣同士

作者: むらいまなみ

春、高校2年になった春香と春馬はお隣同士の同級生。そのことを秘密にしている二人だが・・・

「おはよー 春馬ぁ」

お隣りの春香だ。春香は毎朝早い。僕は食べかけのトーストを口に押し込んで

「いってきまーす。」

と家を出て、春香に「オッス!」と手をあげる。

「何モゴモゴ言ってんのよ。」

と言いながら僕の寝癖をなおそうと髪を触る。学校まではバスで5駅。最寄り駅まで徒歩5分。春香と無駄話をしているうちにつく。恵まれている。それが僕が音楽部もないこの学校を選んだ理由の一つだ。

「県立松籟高等学校」

僕は余裕で受かり、春香はギリギリセーフで受かった。春香の脳みそは体育会系でできているからボールの行先は読めても文章の読解力がない。彼女はここ何年かバスケ一筋だ。特に松籟高校のバスケ部は強いらしい。そんな中で「スタメンに選ばれたよ」と大はしゃぎの春香だった。誰でも何か一つは取り柄があるものだ。僕は運動は得意だが勝負となると気の弱さが出る。だから勝負に強い春香を尊敬している。「やったな!」と褒めて肩を叩いた。

「どんなにすごいことかわからないくせに、いい加減なんだから。」

「わかるさ。どんなスポーツでもスタメンは重要だからな。特に強い松籟でのスタメンには意味がある。」

「とりあえずわかってくれたみたいね。報告で着てよかったよ。」

校門の前まで来た。

「じゃ、またね。」と言ってふたり別々に校門をくぐる。ふたりがお隣さんで仲良くしてるという事を校内にアピールしたくなかったからだ。入学してからずっとこのスタイルで通している。春馬が登校していくとあちらこちらから「おはようございます」と声がかかる。春馬は徹底して無視を続けている。放課後になると、春香は体育館へ向かい、春馬は音楽室へ向かう。ピアノの練習をするためだ。ここで下校時間まで弾いて校門へ向かう。しばらくして春香が走ってやってきて二人一緒にバスに乗る。スタメンとして思うようにいかないことを監督のせいにして「あのボケナスが!」と憤慨している。「そんなに焦らなくてもいいんじない?」そう言って春香をなだめた。

 僕は5才からピアノを始め今はコンクールを目指して頑張っている。ピアノ女子が廊下で僕が引く曲をうっとりしながら聞いていてくれる。彼女たちは絶対に僕の練習の邪魔はしない。暗黙のルールだ。

 お隣の春香は小学校の5年生からバスケを始めた。最初は僕と一緒にピアノ教室に通っていたがすぐにやめた。以来彼女はバスケ女子だ。繊細なものが苦手なのだろう。

 年度初めの体力測定の日が来た。僕に走らせたら敵なしだ。ピアノ女子はそんな僕に黄色い声をあげて応援してくれる。春香もダントツ一位だ。さすが体育会系女子。走る方も見る方も気持ちがいい。

帰り道、ふたりでハイタッチをした。お互いの活躍を喜んでいるのだ。

「春馬、何か部活を始めればいいのに。」

春香が言った。

「僕は走るよりピアノの方が好きなの。それに突き指なんかしたらピアノを弾けなくなって最悪だろ。」

「そんなにピアノっていいものなのかなぁ。リタイアした私にはムズ過ぎてついていけないよ。それより春馬の体育会系の素質がもったいないと思う。ぶっちぎりの1位、かっこよかったよ。ピアノ女子もメロメロだったじゃん。」

「僕にそんな余分な時間はない。今はピアノのコンクールで絶対に賞を取って見せる事が目標だ。それが僕の青春さ。」

「気持ちはわかるけど、だけどもったいない。」

「だって部活は学生時代だけの物だろ。ピアノは違う。一生ものなんだ。」

「確かにわかるけど、今しかできないことってあるじゃない?そういうのをやってみたいとは思わないわけ?」

「今の僕は思わない。青春時代っていうのは高校時代だけじゃないよ。大学にはいってからでもやりたいことはできる。僕は、その時その時にやりたいことをやっていたい。」

「それ わかるわ〜〜。私にとってバスケがそれなんだもんね。今やりたいこと。春馬、いいこと言うじゃん。」

「じゃ。また明日。」

僕たちは家に着いて別れた。

僕はベッドに倒れこんで春香との話を思い出していた。「今しかできないこと」確かに、ピアノの練習ばかりしていれば、息抜きがしたくなる。その息抜きのために何かを始める意味はあるかもしれない。たとえばサッカー部の幽霊部員とか?サッカーなら突き指しないしな。サッカー部の佐藤大地に相談してみようかな。

僕の静かだった時計の針が大きな音を立てて回り始めた。

 翌日大地に相談してみた。

「週に2〜3日だけ部活に入れてもらえないかなぁ。」

「春馬なら大歓迎だよ。グランドに入って大暴れしてくれよ。練習着、どうする?気合入れるためには必要だぞ。。」

「そうだな、1枚でいいよ。サイズはLでね」

「よしわかった。早速今日から混じらないか?」

「体操服でもいいなら試させてほしいかな。」

「じゃあ6時限目が終わったら、一緒に部室へ行こうぜ。」

大地に歓迎されて、サッカーをかじることになった。何だかドキドキする。不安のドキドキじゃなくてワクワクのドキドキだった。

放課後大地に部室まで連れて行かれ、みんなに紹介された。

「毎日は来れないけど、よろしくお願いします。」

「えっ、あのピアノ男子がサッカー?」

「体力測定ではすごかったもんな。よろしく。」

と言ってみんなと握手をした。

早速僕はオフェンスに入り、積極的にボールを追いかけて行った。足が速いから追従を許さない。ゴールの手前で味方にパスをしてゴールが決まった。何度か繰り返し、練習が終わった。

「春馬、さすがだよ。どうしても毎日来られないのか?」

「悪い、ピアノのコンクールがあるからその練習もしなきゃならないんだ。」

「じゃあ、試合には出てくれよ。楽しみにしてるから。」

学校帰り、校門の外には春香が待っていた。

「春馬、今日はすごかったじゃない。いきなりサッカーに登場だもん。皆拍手喝采だったよ。私はそんな春馬と親友で誇らしかったよ。でもピアノはいいの?」

「サッカーは週の半分だけ練習に参加させてもらうことにしてあるんだ。だからピアノの練習もできる。しかし今日は気持ちよかったよ。春香が勧めてくれたおかげだな。サンキュッ。」

「やっぱり今しかできないことってあるでしょ。」

「そうだな。体力が落ちたらあんなに走り回れないもんな。」

「明日もサッカー?」

「明日はピアノの予定。」

「ピアノ女子がますます白熱するわね。もしそのなかに可愛い子がいても振り向いちゃだめよ。」

「それはわかんないよ(笑)」

「春馬のイジワル。」

「じゃ、また明日。」

部屋に帰ってベッドに倒れこんだ。慣れない運動をしたから結構身体が辛い。こんな日を毎日過ごしてたらピアノも弾けないよ。やっぱり明日はピアノの日だな。

 翌日の放課後は音楽室へ行った。課題曲を練習していると、ひとりの女子が近ずいてきて

「きらきら星の連弾をしてもらえませんか?」

と言った。ロングヘアーのおとなしそうな印象の子だが、積極的だ。椅子に二人で座ってきらきら星の連弾を弾いた。なめらかに弾く感じが初心者ではないなと思った。弾き終わって

「今でも習ってるの?」

と聞くと

「はい。へたっぴですけど。」

「コンクールには出ないの?」

「今、テスト中なんです。出られるか出られないか、運命の分かれ道。」

「一回弾いてごらんよ。」

と言って僕は椅子から降りた。彼女は柔らかい音色が得意そうだった。

「上手いじゃない。あとは強く弾くところを完成させればバッチリだと思うな。」

「そうですか? そう言ってもらえて嬉しいです。」

彼女はそれだけ言って走って出て行った。ピアノ女子ににらまれるからだろう。僕は彼女の柔らかいタッチを練習して課題曲に取り入れた。曲調の印象が変わって良くなったように思う。下校時間まで練習をして校門へ向かってタラタラ歩いていると春香が追いかけてきた。

「今日はピアノの日だったんだね。サッカー部の外野が少なかったよ。」

「今日はすごいことがあったんだ。僕が練習していたら一人の女子が近づいてきて『連弾してください』って言うんだ。そんなこと生まれて初めてで緊張しちゃったよ。」

「えっ?可愛い子? どんな子? 誰?」

春香が冷静さを無くして聞いてくる。

「名前は知らないけどあのバッチは一年生だな。美形だったな〜〜ロングヘアーがピアノにマッチしてるんだよ。」

「ちょっと、それ違反行為です。ピピーーっ。」

「仕方ないじゃないか。断るわけにはいかないだろ。ピアノ男子としてはみな平等に、頼まれたことは拒まず優しく対応するのが僕の信念だからね。」

「ズルイ! ズルイったらズルイ!!」

春香が僕の背中にパンチを繰り返した。

「もうピアノは止めてサッカー部に専念しなさい!」

「そんなことはできない。僕の一番はピアノだからね、知ってるだろ。」

「だって、悔しいんだもん。明日はサッカー?ピアノ?」

「明日はサッカーに顔を出すつもりだけど、天気があやしいだろ。雨が降ったらピアノだな。」

「もう連弾なんてしないでよ。」

「うん、しない。じゃあ、また明日。」

僕は家のピアノで今日のおさらいをした。柔らかい曲調の練習だ。一曲を通しで練習してみると、どこで柔らかく弾くのかがよくわかる。そこを繰り返し練習した。完成度が上がってきた。

翌日は雨だったのでピアノの日になった。練習をしていると、先日の女子がやってきて「もう一度聞いてください」と言った。僕は彼女に席を譲り、彼女が椅子に座った。静かな出だしから段々クレッシェンドで大きく激しくなる。彼女は先日の僕が指摘したことを確実にマスターしていた。弾き終わった彼女は

「どうですか?」と頼りなさげに聞くので、僕は大袈裟に拍手をして「ブラボー」と言った。

「完璧だよ。君はすごいなぁ。一日に何時間練習してるの?」

「2〜3時間です。」

「頑張り屋さんなんだな。1年生みたいだけど何て名前?」

「1年5組 野口祥恵です。いつも先輩の演奏を楽しみに聞いています。」

「いやぁてれるなぁ。ダメダメな所ばっかりだろ。」

「どうして学校で練習するんですか?」

「家じゃ狭いから音が窮屈そうでね。ここだと気持ちよく弾けるんだ。野口さんも練習に来る?僕一人のピアノじゃないから遠慮はいらないんだよ。」

「えっいいんですか? 先輩の練習時間が減っちゃいますよ。」

「お互いにいいところを吸収しあえるから効果ありなんじゃないの?僕は週の半分はサッカーー部の仮部員だからその日に思いっきり練習するといいよ。ちなみに明日はサッカー仮部員だから、独り占めできるよ。頑張って。」

調子のいいことを言ったが、正直戸惑っている。ピアノだけではダメだからサッカーを始めた。それは放課後のピアノを独占できることが前提だった。それなのに、練習する人が一人増えると練習量が4分の1に減ってしまう。よくよく考えて野口さんにお願いをした。

「僕がサッカー仮部員の日は野口さんが練習して、僕がサッカー休みの日は僕に弾かせてほしい。勝手な都合だけど、僕にも練習が必要だから、そうしてもらえると助かるんだけど。」

野口さんは

「先輩に見てほしくてお邪魔しているので、先輩の練習日に1〜2回聞いてもらうというのではどうですか?お邪魔ですか?」

「1〜2回くらいなら大丈夫だよ。ただ僕には指導するほどの腕はない。だから僕がいう事を100%正しいと思わないでほしい。一番は野口さんを指導してみえる先生だからね。そこを間違えちゃいけないよ。」

野口さんとお喋りしてる間に、かなり時間のロスをしてしまった。存分な練習をする前に下校のチャイムが鳴った。僕は浮かない顔して下駄箱で靴に履き替え、傘を取り出し外へ出た。結構な雨が降っている。雨は僕を余計に憂鬱にした。校門を少し出たところで春香に会った。

「なに?なんかあった?」

春香は僕の顔を見てそう言った。今の気分が顔に現れているのだろう。

「なんか、気分悪い。」

ぶっきらぼうに答えた。

「ピアノがうまく弾けないとか? 春馬にそんなことはないか。じゃあ何?」

「あの1年生だよ。今日も現れて『聞いてください』って。僕は先生じゃないっつうの。」

「積極的だね〜。で、なんていったの?」

「聞いてやって褒めてやった。実際上手くなってたからね。その後がいけない。君も弾きに来たら?と誘っちゃった。これはあかんと思って、僕がサッカーの日に弾きにおいで。と訂正しておいた。それでも『1〜2回聞いてもらえませんか』って食い下がるんだ。仕方なく1〜2回ならいいよ。とOKしてしまった。僕は先生じゃないからと言ってみたが気にしてない様子で、だんだん腹が立ってきた。おれの時間を取るな〜〜と言いたい。」

「1年生 やるねぇ。そこまで春馬を追い込めるのは私一人だと思ってたのに、ライバル出現じゃん。私もうかうかしてられないな。でも春馬的にはその子のことが好きじゃないんだもんね。その1年生何て名前?」

「野口祥恵」

「春馬と祥ちゃんのピアノ奪い合いバトル勃発だ。これは面白い。」

「笑うなよ。僕は一人のんびり優雅に弾くのが好きなんだ。だからほかのピアノ女子は僕の邪魔をしないように廊下で聞いていてくれる。それでこそ僕のピアノ女子だ。」

「モテ男は辛いねぇ。」

「辛い、辛い。」

「じゃあまた明日ね。」

僕はへやへ入りベッドに寝そべった。「ウザイ」「ウザイウザイウザーイ」頼むから僕を一人にしてくれ。僕の時間に入り込まないでくれ。

今日はサッカー仮部員として、走り回った。昨日の憂さを晴らすための様に。大地が

「えらく飛ばしてるじゃないか。部員が刺激されて皆猛ダッシュしてるぞ。お前ホントにサッカーやらないのか?」

「やらん。仮部員で十分だ。悪いな。雰囲気乱してないか?」

「そんなことはない。皆仮部員だって思ってるから、あまり張り合おうと言う奴がいない。俺はそれを望んでるのにな。うまくいかんよ。」

「世の中、うまくいかないことだらけだな。」

「なんだ、お前でもうまくいかないことがあるのか。意外だな。」

「俺だって普通の人間だよ。壁にぶち当たり続けているよ。最近は、そんなもんかと諦めかけてる。」

「悟りが早すぎないか?」

「悟りは早いい方が身のためだと思わないか?嫌なことも割り切れる。」

散々走り回って、苦しくなった。ただの一〇〇m走じゃないから、永遠に走り続けなければならない。身体がなまっている僕には練習半ばでリタイアした。

「さすがの春馬もリタイアか?? 身体がなまってるなぁ。」

大地に指摘された。あれもこれも中途半端だ。大口叩いていた自分が恥ずかしい。サッカーは僕にとっての息抜きのつもりだったが息も付けない。惨敗だ。しかし、ここで辞めるわけにはいかない。少しずつ体力つけて部員に追いつけるよう頑張ろうと思った。

練習が終わり歩いていると、後ろから春香が追いついた。

「春香は試合中コートから出てられるのか?休憩にベンチには行ったりしないのか?」

と僕は聞いてみた。

「主力メンバーはずっと出っ放しだよ。タイムの時にドリンク飲んだり汗拭いたりはするけどね。私は、時々チェンジさせられる。まだまだってことですわ。どうして?」

「今日の練習じゃあ息が上がっちゃって、途中退場を要求した。情けなかった。」

「そりゃ仕方がないでしょ。小学校の頃から試合に出てる子なんて1試合出っ放しで全然平気だよ。それを、たかが運動神経がいいだけで張り合おうったってムリムリ。春馬のピアノとおんなじだよ。たった1年の子にエリーゼを弾けって言っても無理だからね。地道な積み重ねがあってこそだよ。無理すんな。」

春香は春馬の肩を叩いて別れた。

春馬はベッドにダイブして、ウトウトしていた。母さんの「ごはんよ〜」という呼び声で目覚めた。ヤバい、身体が重くてピアノに向き合えない。これでは本末転倒だ。練習を1日休んだら取り戻すのに3日かかる。サッカーは考え物だと思った。せっかく気持ちよく走らせてもらったが、しばらく休むと大地に言おうと決めた。翌朝

「はるま〜〜 おはよー。」

春香の呼び声に急いで出て行った。

「おはよー」

「何だか朝から調子悪そうだけど?」

「サッカーで調子に乗って走り回りすぎた。目は覚めても体が覚めない。」

「なさけないな〜」

「春香はよく平気だな。」

「まあ、バスケはサッカーより狭いからね。どちらにしても走り回り続ける人なんていないし。サッカーでもそうでしょ。じっとチャンスをうかがって飛び出していくわけでしょ。きっと春馬はそのバランスがわかってないのよ。無駄な動きが多いんじゃないの?」

「無駄な動きか。たしかに言われるとおりだな。僕はサッカーを知らなさ過ぎたってわけだ。」

「勉強してみれば?部活を見るだけでも勉強になるよ。みんなサッカー歴が長い子ばっかだと思うからさ。」

「そうだなぁ。なんせずぶの素人だからな(笑)勢いつけすぎたんだな。春香はスタメンになってどうなの?」

「それこそ、ゼーゼー言いながら走ってるよ。でも体力的には1試合分持つからね、春馬よりできてるよ。言い返せないだろう。私も、バスケ歴7年目だからね。バカにしちゃいけませんよ(笑)」

「わかった、わかった。春香がすごいのは十分わかったよ。」

「じゃあここで」

手を振って別れた。何はともあれ今日はピアノの日だ。しっかり練習しよう。野口さんが乱入しないように願って。

放課後音楽室へ行き課題曲の練習をした。どうしても仕上げたいところがあったので特に集中していた。すると廊下の方で何やら言い合いをしている気配が伝わってきた。無視するつもりだったが、なかなかおさまらないので廊下へ見に行った・

「何やってるの?」

とやんわり聞いた。するとピアノ女子たちは静かにうつむき語らない。野口祥恵の姿があった。野口祥恵は半泣きしていた。おそらくピアノ女子に音楽室への入室を止められたのだろう。僕は素知らぬ顔して

「みんななかよくしてね。」

と言ってピアノの練習を始めた。野口祥恵は入ってこなかった。ピアノ女子に感謝。僕はゆったりピアノの音に酔いしれることができた。きっと廊下のピアノ女子にも僕の気持ちが伝わっているだろうと思う。気持ちよく弾き終わった頃下校のチャイムが鳴った。

春香と待ち合わせて、今日の話をした。

「おそらくだけど、野口さんが音楽室に入ろうとしたらピアノ女子が止めてくれたみたいなんだ。野口さんは止められて帰っていったから僕は気持ちよく練習することができたよ。」

「うわあぁ こわーい。いつかお隣さんだってバレたら私もやられそう。こわーー 女子の恋心は無敵だからね。」

「春香は僕に恋心、持ってないの?」

「私と春馬? あり得ないでしょ。」

「簡単に否定したな。」

僕は春香の肩を持って、首振り人形の刑に処した。

「じゃあ春馬は私に恋心、もってるの?」

「ない。」

「あっさり否定したな。」

春香は僕に膝カックン攻撃を仕掛けてきた。

ふたりでキャッキャ言いながら学校についた。

「ねぇ、一度下駄箱まで一緒に行ってみない?」

春香が無謀な提案をした。

「春香さへよければ僕は構わないよ。その後は知らないからな。」

という事で、入学して初めて二人並んで登校していった。遠巻きに「えっうそ!!」「あの子誰?」「付き合ってんのかなぁ」そんなヒソヒソ話が聞こえてくる。僕たちは無言になって下駄箱まで行き、「じゃあ」と言って別れた。

 春香が教室に入って席につくと数名の女子に取り囲まれて

「ねぇ春香、春馬君とはどういう関係なわけ?」

早速聞かれた。春香は「来た来た来た〜〜」と心の中で叫んだ。

「春馬はただの幼馴染だよ。」

「いきなり一緒に登校してきたなんてどういう意味?」

「私っていつもは早いじゃん。それなのにたまたまバスが一緒になったから、一緒に来ただけのことだよ。」

「付き合ってるなんてことはないの?」

「NO! 神に誓ってありません。」

始業のチャイムが鳴って、みんな自分の席に戻って行った。一日中疑惑の視線を背中に浴び続け、ヘトヘトだった。

帰り道、春香は春馬に泣きついた

「最悪の一日だったよ〜。疑惑の視線光線に背中中やけどしたよ(泣)部活でもパスが痛いったらないの。春馬の力を思い知ったわ。」

「だから僕は知らないよって言っただろ。」

翌朝、春香はまた取り囲まれた。

「朝だけじゃなく、帰りも一緒だったそうじゃない。おかしいわよ絶対。あなた達、一体どうなってるの?本当のことを言わないといつまでも質問攻めが続くわよ。」

「だからきのう、幼馴染って言ったでしょ。、一つ付け足すとお隣同士なの。ただのお隣さんの幼馴染に間違いはないから。」

「じゃあ、なぜ今まで隠してたの?隠さなきゃならない事情があるんじゃないの?」

「何の事情もありません。ただ、こうやって騒がれることがわかっていたから隠していただけでやましいことは何もありません。信じて、お願い。」

春香は必死だった。しかし女の恋心に勝てるものは無く、春香は益々首を垂れて小さくなっていった。

春馬の方は案外さっぱりいしていた。

「お前春香と幼馴染なんだって? いいなぁ可愛い幼馴染がいて。」

そうやってちょっかいを出す男子はいたが女子からの攻撃はなかった。

帰り道、この日も春香は泣きべそをかいていた。

「昨日の帰り、後をつけられていたみたいで、帰りも一緒だったって言うじゃないって言われた。朝も帰りも一緒だなんておかしい。付き合ってるの?って聞かれたから『ただのお隣さん』って言っといたけど疑惑はまだ晴れていないみたい。明日が怖いよ、春馬〜〜。」

「それは大変だな。いっそ『付き合っています』って言ったらどうなる?」

「袋叩きに決まってるじゃないの。」

「そんなの一時の事だよ。人のうわさは75日っていうだろ。2か月の辛抱だよ。」

「でもそれって、わたしと春馬が付き合ってる前提じゃん」

「悪いか?」

「悪いかって言われても・・・」

「じゃあ誰か好きな奴がいるとか?」

「特にはいないけど。」

「じゃあ決定だな。僕と春香は今日からお付き合いを始めます。」

「なんかピンとこないけど、それしか方法がないよね。」

「さあ手を出して僕の手の上に乗せて、僕三浦春馬と和泉春香は今日から付き合う事を宣言します。」

「何これ(笑)」

「まあいいじゃん、これもみんな春香を守るためだからな。そこんとこ忘れないように。」

学校中に「付き合っている宣言」をした日から一週間で夏休みに入り、ざわついた学校は静かになった。

夏休みが終わり運動会が行われた。相変わらず春馬はブッチギリで一位をGETして行った。春香も負けず一位を取った。体育会系コンビだ。

運動会が終わると文化祭の準備が始まった。春馬のクラスは「占いの館」をやることになり、春馬は占い師に化けた。春馬人気はおさまらず、占いの館はもちろん超満員だった。文化祭最終日のキャンプファイヤーのとき、春馬と春香は手をつなぎ炎を見ていた。

これらの学校行事が終わった頃、春馬のピアノコンクールが行われた。春香は春馬の母と並んで客席から舞台を見つめていた。順番が近づくとふたりとも心臓がドキドキしだして気が気ではなかった。春馬の順番がまわってきた。春香は目を閉じて春馬の音に集中した。何度も音楽室で聞いた曲だがこの日の春馬は見違えるような演奏をした。春香は精一杯の拍手を春馬に送った。

 結果は、高校生の部 第三位だった。まだ来年がある。来年は優勝かもしれない。そう思うとこの三位は春馬のためのステップのようで、とても嬉しかった。

 コンテストのお祝い会を春馬の家で行い春香は招待された。手土産にケーキを作って持って行った。食事が終わり、春馬のお父さんのリクエストで三位の曲を春馬が弾いた。春香はめをつむり、舞台で弾く春馬を想像した。涙が一筋流れた。演奏が終わりみんなで「おめでとー」と言いながら拍手をした。私が持って行ったケーキは評判がよくてホッとした。春馬が

「春香はバスケバカかと思ってたけどケーキが作れるなんて意外だわ〜」

と言って笑った。

「ごめん、ケーキ作ったのはママ。」

「なーんだ そんな事だと思った。」

 コンクールの余韻が冷めやらないうちに十二月に入り街はクリスマス一色に変った。春馬がケーキのお礼に何か買ってやるよと言ってくれて、ふたりでショッピングに出かけた。

「どんなのがいい?ぬいぐるみとか、コーヒーカップとか。抱き枕とか(笑)男の僕にはわからないからさ、何でも言って。母さんから軍資金もらってきたから、お金の心配はいらないよ。そこそこまでね。」

春香は何にしようか迷った。ショッピングモールの端から端まで回って、春馬をアクセサリーやさんへ連れて行った。

「ネックレスがほしいな。」

「どれがいいの?」

散々迷ってクロスがついたネックレスに決めた。

「クロスがついてるなんて、『僕から離れません』って誓ってるみたいじゃん。」

春馬が照れくさそうに言った。その場でつけてもらった。

「春馬は何か欲しいものないの?私からプレゼントするから。」

「男の僕には無いよ。」

「じゃあ、お揃いのマグカップなんてどう?」

「別にお揃いじゃなくてもいいんだけど。」

「お揃いだから意味があるの!」

雑貨屋さんへ行って渋いマグカップを二個買った。

「はい春馬の分。可愛すぎないから使えるでしょ?」

「夜食のお伴に使わせていただきます。」

二人同じ紙袋を持って、バスで帰った。

「じゃあまたね」

と別れてそれぞれの家へ帰った。

春香はネックレスを触りながら考えていた。ふたりが「付き合ってます宣言」をしてから、私のなかにマジな恋心が生まれたような気がする。そうじゃなかったらペンダントなんてねだらなかったと思う。私はどんどん春馬のことが好きになっている。春馬はどうなんだろう。本当は今日、どこかの公園で春馬とそんな話がしたかった。でも直行直帰だったからそんな時間はなかった。だからって、何ていっていいのかわからない。「好きです」は今更ストレートすぎるし「私の事どう思ってる?」と聞いてもはぐらかされるだけだろうし、結局「お隣さん」という関係から抜け出すことはできないのだろうか・・・ラインで呼び出してみようかと思いラインを開いたが春馬とは繋がっていなかった。」今までの私たちにラインは必要なかったからだ。直接何でも言えて聞けるそう言う関係だったからだ。春香はこうやって変わっていく二人の関係に戸惑いを感じていた。せっかく今までいい感じで付き合ってこれたのに、それを壊してしまうような気がしたからだ。あえてラインを繋ぐ必要はないのかもしれない。

 そんな時、男バスの駒田先輩から電話があった。電話番号は女バスの安藤先輩から聞いたと言っていた。

「今度の週末、水族館へ行かない?」

と誘われた。私は即答できなかった。

「春馬がいるからダメかな?」

「春馬は関係ありません。少し考えさせてもらってもいいですか?」

と返事をしておいた。。電話を切った途端に心がざわついている。信じていいのだろうか、春馬と「付き合ってます宣言」したことを。やっぱりやめますって言った方がいいのかな。春馬に聞いてみたくなって春馬の家へ行った。おばさんに「ちょっとお邪魔します」と断って、春馬の部屋へ行った。

「おっす。あのね、男バスの先輩にね、水族館へ行かないか?って電話があったの。どうしようか。」

「どうしようかって言われても、それは春香が決めることじゃないの?」

「私たち「付き合ってます宣言」したよね。ねぇしたよね?それでも行って来いっていうの?」

「何を期待してるかなんとなくわかるけど、僕は水族館くらい平気で許せるよ。」

「私は春馬と行きたい。」

「じゃあ行こ。その先輩とも行っていいよ。はるかがいきたかったらね」

「それ、ズルイ! なんで私が二回も行かなきゃならないの?先輩とはやめたら?って言ってくれないの?」

「今の言葉に春香の気持ちが出てるじゃん。だったら僕に相談しなくても自分で辞めますって言えるはずだろ。」

「春馬、冷たいよ。私は誰とも水族館には行かないことにする。バカッ。」

春馬の部屋のドアを思いきり占めて飛び出して自分の部屋へ戻った。さっきの先輩に「やっぱり行けません。ごめんなさい。」と電話をした。とっても申し訳なかった。私と春馬の間に深い溝ができたような気がした。

私にとって重いクリスマスが終わった。

新年は父の実家へ挨拶に行き一泊してきた。初詣は実家近くの神社へお参りに行った。

冬休みが終わり、一月の授業が始まった。私はいつもより一本早いバスで登校した。ひとりでいる私を見る目が痛い「どうして一人?」「春馬君は?」「別れたんじゃない?」いろいろなうわさが飛び交った。私は全てを無視した。人に何と思われようが、もうどうだっていいのだ。私は私。荒れた気持ちで部活に行き荒れ狂うように走り回った。みんなが「春香、どうかしたの?」「やっぱり失恋しちゃったとか?」みんな好き勝手に言う。私はできるだけ無視を続けた。そのうち皆も忘れるだろう。

 朝春馬は、春香が遅いので、春香の家へ呼びに行くと、「一本早いバスで行くって言ってたわよ」とおばさんが教えてくれた。春馬は春香が呼びに来てくれなかったから、朝から絶不調だ。難問を先生に会当てられて答えられなかったり、音楽室へ行っても、ミスタッチばかりする。ア〜〜ッと大声になった。すっきりしない。春香は何でバスを変えたのだろうか。きっと何か用事があったのだろうと思うことにした。しかし翌日も、そのまた翌日も、春香は一人で行ってしまった。こうなったら待ち伏せするしかない。春馬はその翌日、一本早いバスに合わせて家を出た。案の定春香が速足でバス停に向かってきた。僕は春香の前へ出た。「アッ」春香がビックリした顔で僕を見つめて、目をそらした。

「春香、何考えてるんだ。ちゃんと言ってくれなきゃ僕にはわからないよ。何で僕を避けるんだ。教えてくれよ。」

春香は黙っている。僕は春香の肩をゆすって「なぁおしえてくれよ」と言った。

ようやく春香が話し始めた。

「どうせ私たちって、ただのお隣さんだもの。一緒に行き来する必要ないでしょ?」

「どういうこと?」

「私たちって、ただのおとなりさんなんでしょ?」

「何言ってるんだ。僕たち付き合います宣言したじゃないか。」

「だったらそれらしいこと言ってくれればいいのに、春馬はズルイのよ。」

「何のこと言ってるんだ?」

「わからないの?私が先輩に水族館へ誘われた話をしに行ったとき、自分で決めればって言ったわよね。先輩と、僕と二回行けばいいじゃないって言ったよね。そんなこと言われて私がどれだけショックだったかわかる?わからないでしょ。あの時私は春馬の事をただのお隣さんだとおもうことにしたの。だから一緒のバスに乗る必要もなくなった。私は新しい私の生き方を求めることにしたの。」

「ごめん。水族館の話、僕は春香は断ってくれると思ってた。それなのに、行ってもいいかどうか相談に来られて、僕はショックだった。僕たちの約束を忘れてしまったのかって。だからふてくされてあんな言い方をしてしまった。謝るよ、ごめん。春香は何の迷いもなく僕に相談に来たのか?もしそうなら春香だって悪いと思う。どう?」

「ごめんなさい。私も謝る。春馬を試すようなことしたから。」

「それで、僕の疑惑は解けたの?」

「うん、」

「じゃあ、いつものバスに乗る?」

「うん」

「じゃあ解決だな?今度こんなややこしいことしたら、ネックレスで首絞めてやるから覚えとけ(笑)」

 春休み、ふたりで水族館へ行った。二度目のデートだ。少しオシャレをした春香を見た春馬は「ワオッ」と歓声を上げた。水槽のペンギンを見たり、イルカショーを見たり、楽しい一日だった。

 新年度になった。クラス発表が張り出された。なんと春馬と春香が同じクラスになった。役員きめでは、春馬が学級委員長で、春香が副委員長になった。クラスみんなの陰謀だった。みんなが笑いながら拍手をした。学級委員長と言っても特に忙しいわけではなく名前だけのようなものだった。春馬と春香は相変わらず同じバスで通学をしている。他の生徒からも特に注目されることもなくなり、楽しく過ごしていた。春馬は今年のコンクールに向けて、春香は引退試合に向けて熱が入っている。そんな時、春香はジャンプシュートの着地で足首を捻挫してしまう。医者へ手当てに行くと全治一か月と診断された。「一か月も休んでいたら、スタメンを外されてしまう。春香は焦った。松葉杖を一本ついて足を庇いながら登下校をする。春馬は鞄を持ってやり春香を助けた。

 一か月経ったが春香の足の痛みはまだ完全には治らず、焦りのためについ練習に出てしまった。思うように動けるわけもなく、春香は絶望してしまう。そして学校を休むようになってしまった。春馬が春香を見舞いに部屋を訪ねるが、布団にもぐって出てこない。

「足はまだ痛むのか?もう一か月半も経ったんだから治ってるんじゃないのか? 部活は無理でも授業には出ないと受験にひびくぞ。」

と声をかけるが、春香の返事もない。おばさんも困っている様子で春馬に「よろしくね」と頼まれた。春馬は毎日顔を見に行った。

「足は治ってるんじゃないのか?見せてみろよ。治ったんなら練習に出ないとだめだろ。どうなんだ?」

「今日のノートおいとくから勉強は寝ててもするんだぞ。」

毎日背中を向けられ顔を見ることもできない。何がネックになっているんだろう。思いつくことは全部言ってみた。しかし何の反応もない。笑っているのか泣いているのかさへわからない。僕はどうすればいいんだ。

 ある日いつものように春香の部屋を訪れると、ジャージに着替えてストレッチをしていた。驚いて言葉を失った。

「何だ春香、そんなことできるようになってたのか!」

僕は嬉しくて春香に言うと、

「一日でも早く治したかったから、絶対安静にしてたの。いつも心配してくれてたのに無視してごめんね。私、元気ならあれしなさいこれしなさいって言われたくなかったの。だから無言に徹してた。さすがにもう治っただろうと思ってベッドの中で足首を動かしてみたら全然平気だったから、「よーしやるぞ」って起き上がったとこなの。ホントにごめん。明日から学校へ行くからヨロシク」「なんだそれ。人を欺きすぎだろ。せめて僕ぐらいには打ち明けてくれても良かったんじゃないの?」

「敵を欺くにはまず見方からっていうでしょ・・ちょっと意味がちがうか(笑)」

「まあとにかく元気になってよかったよ。」

 翌日から春香は元気に登校した。部活も積極的に走り健在をアピールした。監督も

「これならスタメン起用もできるな」

と安心していた。

いよいよ僕たちの追い込みが始まった。

春香の引退試合は市大会二位で県大会へ進んだ。しかし残念ながら県大会では二回戦敗退となり、春香は引退した。

 僕の課題曲は今年はいつになく難易度が高い。うっかりすると落とされる。そう思うと日々の練習に力が入る。ピアノ女子どころではない。ただひたすらに我が道を行く。夏休み前に暗譜まで持って行きその後は曲調を意識しながら曲を完成させる。

 夏休みが終わり、運動会・文化祭が始まる。学級委員長だから結構負担になった。文化祭が無事に終わり、キャンプファイアーの時、今年も春馬は春香と手を繋いで炎を見つめた。春馬は春香にそっとキスをした。春香は驚いて一瞬固まってしまったが、春香からも春馬にキスを返した。

 いよいよ春馬のコンクールが近づいた。春馬の練習量は今までになく半端ない。今回のコンクールに賭ける気持ちが伝わってくる。帰り道では顔つきも順番に険しくなってきている。思うような曲調に仕上がらないのだと春香は感じていた「大丈夫かなぁ」春香は春馬の気持ちをほぐそうと冗談を言って笑わせようとしてみたが、それすら受け付けないようなオーラを出してたので、いつも無言で帰った。「じゃあね」と言っても「おう」と手をあげるだけの春馬だった。その翌朝、春香が晴馬を迎えに行くと

「おっす」

と言って春馬が現れた。昨日までの険しい顔が消えていた。

「なになに、機嫌いいじゃん。」

「トンネルから抜け出たんだ。はア〜長かった〜〜」

「そうなんだ。よかった。私までトンネルの中にすいこまれていくようだったんだからね。」

「悪い悪い。もう大丈夫だから」

晴馬はそう言って私の肩をもんでくれた。

「私はばあちゃんじゃない!」

と言って、肩もみをやめてもらった。

 春馬のコンクールの日がやってきた。春馬の両親と聞きに行った。春馬の順番は最後だった。待ち遠しくて不安な時間だった。やがて春馬の番が来た。春香はびっくりした。今までに聞いた春馬のピアノと全く違っていたからだ。聞いているほうの心が躍る。こんなのってあり?私は大きな拍手を送り「ブラボー!!」と叫んだ。30分ほどして発表があった。なかなか春馬の名前が呼ばれなくて焦った。「残念賞なのか??」不安がよぎった。

「最優秀賞を発表します。エントリーナンバー25 三浦春馬さん」

「えっ????春馬の事?最優秀賞? やったーー!!」

春馬は大きなトロフィーをもらってガッツポーズをしている。

「さすが私の春馬*」

おばさんと一緒に泣きながら手を握った。その日は帰りに食事をご馳走になって帰った。

諸々の行事が終わり、そろそろ受験シーズンに入る。春馬は早々と東京の音大に推薦で決まった。春香は地元の大学で教職を目指す予定。春香と春馬の遠距離(中距離)恋愛が始まる。音大なんて女子ばかりなんだろうなと余計な想像をして気持ちが落ち込む。

ゴールデンウィークに春馬が帰ってきて、私を呼びにきてくれた。

「春馬ひさしぶり〜〜 やさしいお姉さんにいたぶられてないでしょうね。」

「ばーか。そうだったら帰ってこないよ。」

「ゴールデンウィーク後半はバイトをいれてたから丁度良かった。どっか行こうよう。」

「この田舎じゃあな どこもないだろ。」

「プールがある! 温水プール行こ。」

「いいねいいねぇ 決まりだ。」

「ちょっと待った。私水着持ってないわ。」

「じゃあ、今日は水着を買いに行って、プールは明日だな。決定。」

「えっ?一緒に買いに行くの?」

「うん。だめ?」

「ダメって言うか・・・ネタばらししちゃうみたいじゃん。水着はプールでのお楽しみにとっとかないと。でも、まだ水着販売には早いよね、売ってないかも。」

「とりあえず見に行こうぜ。」

「もしどこにも売ってなかったら、えーっ私、スクール水着着るの??やだやだ!!」

「とにかく行くぞ。」

バスの中でもずっと呪文のように独り言喋ってた「スクール水着は絶対いやだ!そんなくらいなら遊びに行く先を変えた方がましだ。いやだいやだ・・」

広いモールの中で水着を売っているのはスポーツ屋さんの競泳水着ともう1軒ダサい水着しか並んでないお店。究極の選択だ。スポーツやさんへは行ってみたら、レディース4点セットというのがあった。ブラとジャンバーとスパッツとショートパンツのセット。色気はないが露出度が少ないからこれに決めた。春馬は競泳用しかなくて、短パンにするかハーフパンツにするか、こちらも究極の選択に困っている。着てる本人が許せても、見る方には拷問だ。私が決めた4点セットをよーく見たら、メンズもあったので、春馬もそれを買うことになった。「結局お揃いじゃん(笑)」でもムキムキの春馬を見なくて済んでよかった。その夜、私は念入りに脱毛処理をして眠った。

翌日10時に家を出て、コンビニでおにぎりとお茶を買ってプールへ行った。さすがゴールデンウィーク、家族連れが多い。そんな中で体育会系の私たちは、ひたすら泳いで、お昼にダウンした。

「わたしたち、遊び方を間違えてるよね(笑)」

「競泳しに来たわけじゃないもんな。もっとゆったり抱き合ったりして泳ぐべきだよな。」

「いや、ここで抱き合ったら変態でしょ。」

「そうか? 春香の完全防備の水着じゃお触りもさせてもらえないしな(笑)」

「そう言う意味じゃなくて、ビーチボールを投げ合ったりしてさ。」

「そーゆうのは団体行動だろ。ふたりには二人の遊び方があるわけじゃん。」

「こじつけてるだけでしょ?」

「常識だろ?」

「それ、東京の常識。ここは東京じゃないからね。」

「ガードが堅い女はもてないぞ。」

「もてなくて結構。」

「春馬 いやらしずぎ」

「健全な男子の証拠。ぼくなんて可愛いもんだよ。」

「東京はどんだけ乱れてるの?信じられない。」

後半はのんびり椅子にもたれてくつろいで家へ帰った。

「荷物おいたら、うち来ない?」

「なんで?」

「まだ早いから。」

「うんわかった。」

春香は水着を洗濯機入れて春馬の家へ行った。春馬はピアノを弾いていた。懐かしい曲だった。高校時代を思い出す。ソファにもたれてほんわか聞いていると、突然春馬が春香ににキスをした。今までにされたことがないほど激しいキスだった。私は驚いて顔をそむけてしまった。春香は春馬に腕を引っ張られ春馬の部屋へ行った。ドアを閉めた途端壁に押しやられさっきのキスの続きだった。そのうちベッドへ寝かされた。春香の心臓は破れるほどの音がしている。春馬はキスをしながら私の服を脱がせ始めた。春香は春馬のTシャツを脱がせた。春馬の手が春香の胸をまさぐり順にしたのほうへおりていく。春香は恥ずかしくなって春馬の手を止めた。

「いや?」

春馬が聞いた。

「いやじゃない、恥ずかしいだけ。」

春馬の手が春香の下半身へいき愛撫する。春香には気持ちいいのかいやなのかわからないまま春馬がどんどん進んでくる。春香は思わず声をあげてのけぞった。やがて春馬が静かに横になった。春香はホッとした。

「僕は初めてだったから、春香を満足させてやれなかっただろ。ごめん。」

「ううん私も初めてだから、何が正解かはわからないよ。ただ春馬が一生懸命だったことはわかるよ。」

「初めて同士か(笑)結局僕の初めては春香の物になってしまったんだな。もっとカッコよく襲いたかったのに(笑)」

「わたしは初めてが春馬でよかったよ。うれしい。」

「泣かせること言うじゃないか。」

と言って春馬は春香の身体をくすぐって遊んだ。

階下でおばさんがパートから帰ってきた音がして、春香は気まずく挨拶をして家へ帰った。

 大学進学の時にラインを繋げていた。

「明日は何か予定あり?」

前なら直接聞きに行けたのに、今日は恥ずかしくて行けないからラインにした。

「明日は高校の音楽の柳橋先生に会いに行くことになってるけど、一緒に行かない?」

「うん、じゃあ私は部活を少し見てくるよ。一緒に行こ。」

翌日はふたりでバスに乗って高校へ行った。

「バス、懐かしね。いつも家に着くまで喋りっぱなしだったよ。」

「春香がお喋りだからな。」

「私だけじゃないよ、春馬もお喋りだったもん。」

「朝のバスを1本ずらされたときは焦ったよ。何で?僕なにかしたっけて。」

「捻挫した時か。毎日春馬が様子を見に来てくれて、ノートとってくれてすごーーーーく申し訳なかったと思ってる。」

「いきなりジャージ着てた時には驚いたって。どうゆうこと???って頭がクエスチョンマークだらけ。おまえは時々おかしな事するよな。」

「それよりも1年の音楽女子の連弾には驚いたよ。みんな静かに春馬のピアノを聞いているのに、すごい勇気だよね。」

「あれには僕もお手上げだった。ピアノ女子のお陰で助かったけど、一時はどうなるのか不安だった。可哀そうなことしたかな・・・」

「キャンピファイヤーで手、繋いだよね。」

「照れるからそれは言うな(笑)」

「私、嬉しかったんだよ。登下校も手をつなげばよかった。」

「それはギャラリーにとって刺激が強すぎるだろ。」

「あっ,、校門まで来た。別れて行ってみる?」

「うん、別れて行ってみよ。じゃまたあとで。」

春馬は職員室へ、私は体育館へ行った。

棚橋監督がすぐに私をみつけてくれた

「オー田代 元気でやってるか?」

「こんにちは。監督も元気そうで、良かったです。」

「今年のチームはスゴイ一年生が二人も入ったからいいところまで行けるぞ。」

「それは楽しみですね。私もやりたくなったなぁ。まだサークルに入ってないんです。いろいろこぜわしくって。」

「身体がなまる前ににはいっとかないと、ベンチだぞ。」

「そーなんですよね。一度練習をみにいってみないとダメですね。」

思ったより話が弾まなかったから早々に退散した。当てもなく歩いて音楽室に来た。「誰も弾いてないんだ。」と思いながらピアノにさわり、ふたを開けて一音弾いてみた。春馬が来ないかなぁと思っていると、ホントに春馬が来た。

「春香、部活行ったんじゃなかったのか?」

「行ったよ。でも見るのってつまらなくって、帰ってきてブラブラしながらここに来たの。一曲ひいてよ。コンクールの曲がいいかな。」

春馬が椅子を直して両手を鍵盤に乗せ、曲が始まった。「そうこれこれ」おばさんと私が泣いたんだった。

「次はジブリメドレーひいてよ。」

春馬はユーチューブで耳コピして、弾いてくれた。

適当に弾いて、またバスで帰った。

「僕んち来る?」

春馬に誘われてドキリとした。昨日のことを思い出したのだ。それでもいいと思って

「行く!」

と答えた。

「この辺りって遊び場が何にもないよな。つまらない。遊園地までは車でないといけないしさ。僕たち、よくこんなところで青春を送ったと思う。学校一筋だったからな。それはそれで楽しかったけどね。」

「そんなに言わないでよ。私は今でもここの住人なんだからさ。春馬は都会へ出て楽しいことが当たり前かもしれないけど、こんな地味な所が当たり前の人間だっているんだから。」

「ごめん。けなしたわけじゃないよ。今度僕のアパートへおいでよ。もう少しだけ開けてるから。学校も案内するよ。なっ。」

春馬の言葉は慰めにはならなかった。自分がみじめになってきた。

「やっぱり今日はまっすぐ家帰るよ。じゃまたね。」

春馬と別れて家へ帰った。何とてやる事があるわけじゃなかった。ただあれ以上あの話をしたくなかっただけだった。

ラインが鳴った。春馬からだった。

「嫌なこと言ってごめん。お昼食べに行かないか?角のラーメン屋でいいからさ。」

春馬は春香をなだめるのがうまい。いつもそうだ。春香が拗ねると春馬にはすぐに伝わって何かしら誘ってくる、乗ってやるかと思って返事を送った。

「ラジャー。」

ふたりでとことこ歩いて行って、ラーメン屋さんについた。醤油ラーメンと餃子二人前。お決まりの注文だ。ふたりとも何も変わっていないことを実感する。

「お前、餃子食べたらキスしてやらないぞ。」

と春馬が言った。

「春馬が餃子食べたら、キスさせないからね。」

ふたりで笑いながら餃子を食べた。

「これでお相子だ。あとでキスさせろよ。」

「どうしようかなぁ。」

春香がもったいぶって知らん顔をする。

「ばか野郎」

春馬が春香の頭を後ろから小突く

「いたい!!」

春香が晴馬のおでこにデコピンした。

「こんなことしてたらラーメンが伸びる。早く食べろ。」

春馬に言われて春香はラーメンを平らげた。

「ねぇもう1杯食べたくない?」

「お前、太るからとか恥ずかしいわとか思わないのか?」

「春馬には思わない。」

「僕だけ特別扱いか。半分こする?」

「そうしようよ。」

もう1敗頼んでは半分ずつ食べた。

「満腹満腹。代は満足じゃ。」

春香がおどけて行った。割り勘で支払って春馬の家へ行った。改めて春馬のピアノ教本を見ると目が回りそうなくらいオタマジャクシがうようよ動き回っている。

「よくこんな謎の本を解読できるわね。」

「慣れだよ。」

春馬はあっさり答えた。

「何か弾いてよ。さっきっみたいにメドレーがいいな。」

するといきなり春馬が引き始めたのはウェディングメドレーだった。親戚の人の披露宴で弾いたそうだ。

「すてき! 私の時も弾いてよね。」

「お前、誰と結婚するんだよ。」

「・・・・・・・・」

「もし僕と結婚したいなら弾けないぞ。」

「いいじゃん 新郎から新婦へのプレゼントってことで。」

「そもそも披露宴会場にピアノはないだろ。」

「オプションにあるんじゃないの?」

「どうだか知らないけど、僕と結婚したかったら演奏無しだと覚えとけ。」

「冷たいなぁ、弾いてやりたいとは思わないの?冷たーい。じゃあもう1回聞かせて。」

「そんな安売りはしない。」

「もう1回だけ ね、お・ね・が・い。」

春馬はしかたなくウェディングメドレーを弾いた。

春香は夢見心地だった。弾き終わっても夢見心地でほんわかしていると春馬がキスをしてきた。

「隙あり、1本。」

「何言ってるの?ばかじゃない?」

「だって。キスしてほしそうな顔をしてたから、夢をかなえてやったんだ。」

「そんな顔してません。ピアノに聞きほれてただけです。」

「それはつまり。僕が弾く演奏に聞きほれてたってことだろ。春香は僕に夢中なんだよ。いい加減認めろよ。」

「そう簡単には認められないよ、ばーか。」

「じゃあ、僕の部屋へ行こうよ。白黒決着つけてやるから。」

春馬は春香を抱き上げると2階の部屋まで連れて行き、春香の服を脱がせ始めた。春香はされるがままになっていた。恥ずかしくなって布団にくるまった。春馬は布団の中に入り、春香にキスをしながら胸から順に下へと愛撫していった。春馬も春香も昨日より余裕があって、楽しみながら愛の行為を楽しんだ。そして春香と春馬の声と共に、最後まで行った。二人並んで寝転びながら、春香は春馬の身体をツンツンして遊んだ。「やめろよ」と言われながら続けた。最後にキスをして服を着て春馬は聞いた。

「僕と結婚する気になれたか?」

「他の人と比べてみないとわからない。」

「バカもん。そんな裏切り行為は許さん。」

「そんなこといったら、私は一生春馬しか知らない女になっちゃうじゃない。他の人も知りたいな。」

「勝手にしろ」

と春馬は背を向けた。春香はその背中にしがみついて「ウソだよ」とつぶやいて、春香は部屋を出て行った。

翌日からはコンビニのバイトが入っていて、春香は春馬と遊べなかった。それで、ラインで「じゃあ」と来ただけで春馬は帰って行った。

 ゴールデンウィークがおわり、春香はバスケの見学に行ってみた。みんな楽しそうにやっていた。入ってみようかなと思い声をかけてみた。現在の部員が7人しかいないから「絶対に入ってほしい。」と言われ、流れ的に入会してしまった。練習は週三日月水金だという事だった。翌日はバイトが入っているので明後日から参加することになった。勝敗に執着せず楽しんでやるバスケには今までにない楽しさがあった。バイトのシフトを見直してもらわなければならなくなった。

 春香は大学生活にあまり期待できない感を持っていたが、バスケサークルに入り、毎日が楽しくなる予感がしてきた。1年生では私と川崎奈津美ちゃんのふたりだった。奈津美ちゃんは他県からきているのでアパート暮らしをしている。だからお互い暇があると奈津美ちゃんの部屋へ行き遊ぶようになった。

「なっちゃん、今夜遊びに行っていい?」

「OK、待ってるよ。夕飯何にしようか?」

「ピザでよくない 買ってくよ。」

「じゃあ待ってるから。」

ふたりで散々喋って結局春香は泊ってしまう。奈津美がいなかったら春香の大学生活は勉強だけのつまらないものだった。

ある日、練習試合があった。練習はのんびりやっているが全員実力があるから簡単に勝てた。みんな舞い上がり、夜には祝杯を挙げにカラオケへ行った。まだ18才だけどまぎれてお酒をのんだ。初めてだった。おいしいものではなかった。先輩たちがおいしそうに飲むのが不思議だった。奈津美も不思議そうな顔をしていた。

「さぁシンデレラは帰るわよ〜」

先輩の言葉で十一時半解散になった。ステキな合言葉だと思った。

 翌日からまたつまらない日常が始まった。久しぶりに春馬にラインを送ってみた。

「たいくつでしにそうだよ〜〜」

すぐに既読はつかなかった。春馬は忙しくしているのだろうか。

ようやく返事が来たのは夜の12時を過ぎていた。

「僕は飲食店でバイトしてるから、基本夜は出られない。僕は毎日忙しくしてるよ。このままだとピアノの実習がヤバい。練習しなきゃだよ。」

このラインを私は翌朝に呼んだ。まるで時差がある生活をしているようだ。バイトのシフトを変えてもらったけど、やっぱり増やしてもらおうかな。その前に、暇なうちに春馬のところへ遊びに行ってみようかな。ラインで都合を聞いてみた。水曜定休だから水曜日なら会えそうだと言った。思い切って来週の水曜日に訪ねることにした。

 水曜日は講義を休みサークルも休み、朝から東京へ行った。少しより道をして、春馬の大学についたのは3時くらいだった。待ち合わせの場所がわからなくて、生徒に教えてもらった。10分ほどまったら、春馬が現れた。

「おっす」と春馬は手をあげた。

「迷惑じゃなかった?」

「今日は唯一の休みだからな、寝るつもりだった(笑)」

「それじゃあピアノもヤバくなるわね。」

「とりあえず、部屋、行くか?」

「うん 見てみたい。」

春馬に連れられて部屋へ行った。ピアノの部屋があって驚いた。さすが!

「僕、眠いんだ。寝かせてくれるか?」

「寝てる間に夕飯を作っとくよ。食べたら帰るね。」

「えっ帰っちゃうの?もう1日休んじゃダメなの?」

「じゃあ明日休んでくれるの?」

「バイトまでなら時間作るよ。」

「じゃあ泊ってこうかな? いいの?」

「僕はソファに寝るからベッドで寝ていいよ。」

春馬は本当に寝てしまった。春香は約束通りあり合わせで夕食を作った。春馬はその頃起きてきて

「いい匂いだ。何作ったの?」

「冷蔵庫をあさって適当に作っただけだよ。」

「いただきまーす」

ふたりで高校時代の様に沢山喋った。春馬の部屋にはビールがあって、春香はコップ1杯呑んだ。

「疲れて帰ってくると無性に飲みたくなって、飲むと一気に睡魔に襲われて朝まで爆睡だ。」

「あんまり健康的とは言えないわね。ピアノを弾く時間はあるの?」

「バイトのシフトを入れすぎた。この部屋代、高いんだよ。防音室がついてるからね。だからその分バイトしなきゃと思ったわけ。本末転倒だ。わかってる。実際弾きたいと思ってる。指が鳴るよ。」

「それはダメね。わかってるんなら何とかしなっきゃだね。へたしたら落第だよ。最優秀賞が泣くよ。」

「僕がピアノを続けるのは分不相応なんだろうか。」

「おじさんもおばさんも承知でこの部屋にしたんでしょ。だったら、そんなに神経質に考えなくても、学業重視の方が喜んでもらえると思うよ。」

「そうだな。いずれ恩返しをするつもりで今は甘えとくか。」

「幸い私たちってひとりっ子だから、親への負担も少ないと思ってるよ。」

「そうだよな。ちょっと考えてみようかな。春香に聞いてもらってラクになったよ。」

春馬はそう言うと私を押し倒してキスをしてきた。そして流れるままに身体を重ね最後は静かに眠った。

翌日春香と春馬は水族館へ行き楽しんでから別れた。

「次にい合えるのは夏休みだね。」

夏休みまで会えないなんて淋しすぎるよ。きっとこれからはピアノに専念するだろうから邪魔しちゃだめだなと春香は自分に言い聞かせた。

 やがて夏休みがやってきた。私はコンビニのバイトをたくさん入れて頑張ることにした。1週間ほどして、春馬が帰省してきた。

「知らせてくれればよかったのに。わたし、バイトをいっぱい入れちゃたよ。」

「いいよ、僕は家でピアノ弾いてるから。家の方が洗濯や食事の準備しなくて済むから想いっきり弾けるんだよ。」

「そっか、一人暮らしは自由な代わりにやることがいっぱいだもんね。頑張って練習してね。暇ができたらラインちょうだい。」

そう言って春香はバイトに出て行った。春馬はピアノを弾き始めた。1週間に1回遊ぶ日を作れるようにしようと話し合った。ふたりともその日を楽しむために日々やらなければならないことを頑張った。そしてその日はいつも春馬の部屋で身体の関係を持つようになった。まるでそのために会うようで春香は納得できないものを感じていた。春馬はそれでいいという。男と女の違いだろうか。春香も嫌ではなかった。でもそれだけと言うのがひかかっているのだ。

毎週会っているうちに夏休みが終わった。

「今度はいつ会える?」

「クリスマス?」

「そんなに長いの?我慢できないよ。」

「いつかみたいに泊りにこればいいじゃないか。」

「簡単には行けないよ。でも考えてみるね。」

バス停まで送ってそこで別れた。

「あ〜〜〜夏休みも終わっちゃったなぁ。」

春香は一人で叫んだ。

10月に入り学校は後期に入った。前期に取りこぼしたぶんを挽回しないと留年だ。春馬に比べたら、母さんがいるから洗濯も食事もやってもらえて、恵まれていることを実感していた。

「おかあさん ありがとう」

母にお礼を言うと

「どうしたの 急に。君が悪いわよ。でも言ってもらえてうれしい。」

「私頑張って先生になるからね。」

「期待してるから。」

春香は相変わらずバイトとサークル掛け持ちで忙しくしている。それができるのは母のお陰なのだ。ちゃんと先生にならなくちゃ。春香は心に決めた。

 アパートへ帰った春馬はバイトを辞めることにした。ピアノに専念するためだ。ピアノを弾いて弾いて弾きまくって、ようやく鍵盤の感触を取り戻すことができた。春馬は熱心に講義に出て、実習にも力を入れた。先生が

「どうした、夏休みになにかいいことでもあったのか?」

と聞いた。

「友人にピアノをガンバレって言われました。最優秀賞が泣くぞって。」

「いい友達を持ったな。その通りだ。前期の君は堕落していた。ここを選んだ意味を忘れているようだった。だがようやく気づいてくれて嬉しいよ。さっガンバルゾ。」

1時間みっちり稽古をつけてもらった。

放課後は家へ直帰してそのおさらいをする。いいリズムになりはじめていた。

 ある日の放課後自転車に乗り帰りかけると、二人の女子が声をかけてきた。自転車を止めて話を聞くと、ふたりのうちの一人が「僕とお付き合いしたい」というのだ。面食らって自転車を倒してしまった。

「付き合っている人がいないみたいだから思い切って告ってごらんよと私が行ったんです。」

付き添いの女子が言った。「付き合ってる人がいないみたいだから」とは何たる失礼な言い草だ。

「僕は今、幼馴染と付き合ってるから。」

と断ったつもりだが『遠距離?』と聞かれ、そうだというと、「じゃあ少しの間付き合ってみてよ。」と強引に引っ張られた。

「僕はピアノの練習があるから、遊んでる暇がないんだ。」

とも行ってみたが、

「日曜日くらいなら時間取ってもらえそうな気がするんだけど。」

としつこい。僕は仕方なしに、次の日曜に二人で会う約束をすることになった。自転車に乗って帰った。肝心な女の子は一言も喋らなかった。

 日曜に学校近くの駅のカフェで10時待ち合わせだった。遅刻しないようにギリギリ10時についた。彼女の印象が薄かったので、正直どの子かわからなかったが、ひとりですわている子をみつけて声をかけた。当りだった。斜め向かいに座った。

「待たせてごめん。待った?」

「いえ、そんなに。」

「きょうはどうしたい?」

「決めてください。」

会話が弾まない。

「じゃあ、ずっとここでお喋りしてるのってどう?」

「それでもいいです。」

「学年は1年?」

「教育学部の1年です。沢田桃子と言います。」

「モモちゃん、ぬいぐるみみたいで可愛い名前だね。」

「みんなにそう言われます。だからこの名前嫌いなんです。」

「いいじゃない、かわいいから。じゃあモモちゃんって呼ばれるのは嫌い?」

「みんなに『桃子』って呼んでもらってるんです。」

「わかった、じゃあ桃子ね。僕は三浦春馬。春馬でいいよ。1年音楽科ピアノ専攻。よろしく。あぁ知ってた?」

「だいたいが知っています。ピアノの実力者だという事も。」

「実力者なんてもんじゃないよ。前期完璧に落としたからね。」

「教育学部の何?」

「社会科です。」

「僕の幼馴染と同じだ。」

「付き合っている人ですか?」

「うん。彼女は地元の大学に進んだからなかなか会えないんだ。で、夏休みに帰省した時にこっぴどく叱られて、真面目に講義に出るようになったんだ。」

「その彼女さんとは長いんですか?」

「だから幼馴染だから、19年の付き合いだよ。サークルは何か入ってないの?」

「演劇サークルに入ったんですけど、個性的な人が多くて、辞めました。」

「高校では演劇をやってたんだ。」

「はいそうです。」

「君だったら主役かな?きれいな顔をしてる。」

彼女が急に恥ずかしそうな顔をした。唯一彼女の地が出た瞬間だった。

「何か聞きたいこと、ない? 今日は何でも答えるよ。」

「彼女さんがいるのに私が入る余地ないですよね。」

「それはどうかな?君次第じゃない?」

「じゃあ可能性あるんですか?」

「どうだろうね」

僕は返事を濁した。正直、春香とは真逆な性格だ。それなのに演劇部の主役だなんて、大声がだせるのか?と思った。

「どうしたい?」

僕は最後の質問をした。

「お付き合いしたいです。」

驚いた。はっきり言えるんだ。僕はめんどくさくなって

「じゃあ来週の日曜日にここで10時、大丈夫?」

「はい、わかりました。」

来週の約束をして僕は部屋へ帰った。何だか気分が悪くて、背負っていたショルダーバッグをベッドに投げた。時間の無駄だった。午後は洗濯をして食料の買出しに行った。日曜日だって一人暮らしにとっては貴重な時間なんだ。やることがいっぱいあるんだから。モモちゃんと遊んでる暇はないんだから。来週会ったら断ろうと決めた。決めたらサッパリして作業がはかどった。

 翌日曜日、約束の時間より早く行った。しばらくすると彼女が先日の友達と一緒に現れた。「どういうことだ?」

「おはようございます。今日は私も混ぜてもらおうかなと思ってお邪魔しに来ました。勝手にごめんなさい。」

「いや」と断り、モモちゃんの方を向いて

「何でなの?」

と聞いた。彼女は答えられないで黙っていた。

「黙ってちゃわからないだろ?」

「私も三浦さんに興味があったのでお喋りに混ぜてもらいたかったんです。」

友達の方がよくしゃべる。僕は相変わらずモモちゃんの方を向いて

「これからずっと3人でつきあっていくことになるの?」

と聞いた。

「そういうわけではありません。」

蚊の鳴くような声で返事が返ってきた。

「正直母親同伴みたいな付き合い方を僕は望んでない。だから失礼するよ。」

僕は3人分の会計を済ませて自転車にまたがり部屋へ帰った。きょうも気分が悪い。何だあの女。意味がわからん。断る理由ができて丁度良かった。

 久しぶりに春香にラインを送った。

「元気にしてるか?僕は妙な女子に付きまとわれて迷惑していたのを、きょう断ってきた。あの子と会うと気分が悪くなるんだ。なんでだろう。春香と真逆な性格だからだな。春香はいい奴だとつくづく思ったよ。また暇な時にラインを送ってくれよ、待ってるから。」即返事が返ってきた。

「なあにそれ。付き合おうと思ってたの?信じられない。許さないからね。文化祭いつ?行きたい。いつか教えてね。」

そうか文化祭の季節だった。いつなのか僕は知らないでいた。明日聞いてみよう。春香に沿う返事を送っておいた。

 翌日校舎を歩いていると、昨日の女子につかまった。

「私が一緒で気分を悪くさせたみたいでごめんなさい。私の事はウザイかもしれないけど桃子はいい子なの。断らないで挙げて。」

と言った。

「きみはわかっていない。そう言う事が母親みたいで桃子が親離れしてない子供のようになってしまうんだ。いい加減解放してあげたらどうなんだ?その方が彼女のためだと思うよ。だから僕は彼女とは付き合えない。ごめん。」

言いたいことが言えてすっきりした。これ以上は攻めてこないだろうと思う。

 学園祭は十一月の六日から三日間だった。僕たちのクラスはミニコンサートを企画した。みんなの耳なじみのいい曲を選んで交代で演奏することにした。この曲選びが楽しかった。初日が一年生で、二日目が二年生、三日目が三年生+四年生になった。四年生はいよいよ卒業試験だから出演者が少ないのだ。

早速春香にラインしておいた。

 あっという間に文化祭がやってきた。春香からは初日に来るとラインがあった。友達を一人連れてくると書いてあった。出演者は皆モーニングを着て演奏をする。一〇人で回すから、適当なゆとりがあって案内することができるかもしれないがわからないから楽屋へ来るようにラインをしてあった。

順番に演奏をして行く。春香が来れるのは午後だろうから僕は午前中中心に演奏をした。順番待ちをしているところへ春香が友達とやってきた。

「バスケ友達のなっちゃん。いつも二人一緒なの。こいつが三浦春馬。」

「始めまして。春香とはいつも仲良くしてもらっています。」

「三浦です。今日はゆっくり楽しんでいって。僕は、午前中にあと一回回ってくるから聞いて行ってよ。」

普通に挨拶ができる子だった。僕は「春香の彼氏」という立場が嬉しかった。

僕が演奏に出て行くと、春香となっちゃんが一番前に座っていた。僕はジブリメドレーを弾いた。子供も大人も知っている曲だから評判がよかった。春香も「ブラボーー」と声をあげていて笑ってしまった。その後一緒に校内を回った。「もしよかったら二人、泊って行かない?」

と聞いてみた。

春香は泊りたそうだったがナッチャンが遠慮していた。春香はそこを無理やり説き伏せて、僕のアパートに泊まることになった。明日は僕の出番がないから好きなように動ける。春香とナッチャンがベッドで、僕はソファで寝た。ちょっと定員オーバーだけど、楽しければ何でもアリだ。

翌日はバスで学校へ行った。いろいろ見て回っていると、モモちゃんがいた。僕たちの方をじっと見ていた。これでわかってくれただろうと思った。春香たちはお昼ご飯を食べて帰って行った。僕はピアノ演奏を聞きに行った。やっぱり二年生には二年生の貫禄があって素晴らしいと思った。三年生はもっとすごいんだろうなと思うと明日が楽しみになった。

 学園祭が終わり、いよいよ期末に向けての講義が始まる。実習の方も一曲完成させなきゃならない。忙しくなる。高校生の頃の様に一生懸命練習をした。期末試験の出来栄えもまあまあだったと思う。

お正月で帰省した。やっぱり家はいい。疲れた体を休めるにはここが一番だ。母さんにそう言ったら「嬉しいこと言ってくれるわね」と言って笑ってた。初詣はいつも通り父の実家近くの神社へお詣りにいった。三日には春香と初詣に行った。おみくじを引いたら、ぼくが中吉で春香が小吉だった。「どんぐりの背比べだな」と言って笑った。

「ちょっと寄り道しない?」

「どこへ?」

「・・・・・・」

「なによ、どこなの?」

「怒るよな、きっと。」

「なによ、はっきりしないわね。」

「言いずらいんだ。察してくれよ。」

「???? わかった! ’ホ’がつくところだ!。」

「おい 大きな声で言うなよ。家へ帰ってもできないだろ。だから無い頭で考えた。隣りの鷺山町にあるだろ。あそこ。寄り道しない?」

「うん いいよ。春馬持ちでね。」

僕たちは隣町の’ホ’へ行った。どれだけぶりだろう。

「春香、淋しかったよ。」と言いながらキスをした。お互いに服を脱ぎながら何度も何度もキスをした。お互いに愛撫しながら喜び合い愛しあい語り合い最後まで行った。

「気持ちいい」

春馬が思わず口にした。

ベッドの中で手をつないでお互いを感じ合っていた。春馬が春香にキスをして胸を触った。

「何やってんの?」春香が聞くと

「もう一回、いい?」と言って春馬は布団の中へもぐって行った。

春香は「くすぐったい」「くすぐったい」と言いながら春馬の気持ちについて行った。

 お正月休みが終わり、学年末テストも終わり、春馬も春香も無事に進級できた。春休みに帰省した春馬は、1日中ピアノに向かっていた。春香はバイトとサークルで大忙し。隣りにいながら会うこともできなかったので、ある日春香は春馬に家へ遊びに行った。「ちょっと休憩にするかな」と言ってお茶を出してくれた。

「練習、頑張てるじゃない。」

「おぉ そろそろ本腰を入れないとな。」

「私は、バイトとサークルで大忙し。春馬の邪魔にならなくてよかったのかな。」

「春香はちゃんと距離感もってくれてるから全然気にならないよ。こーやって覗いてくれると息抜きにもなるしさ。」

「それならいいけど。」

「サークルは楽しいか?」

「超楽しい(笑)」

「そーーやって楽しい時間を持ってるやつが羨ましいよ。」

「春馬も、フットサル程度ならできるんじゃないの?」

「フットサル?」

「ほら、高校の時サッカーに入ってギブアップだったじゃない。サッカーに比べたらフットサルならお手頃かなと思って。」

「考えてみようかな。」

「週に2にちでもいいから、息抜きのつもりで。」

「一度覗いてみるよ。」

春馬の頭の中はピアノで一杯のようで、春香ときしもしない。春香にはそれが淋しかった。

 翌日のサークルの帰り、バス停で待っていると、男バスの先輩結城学がやってきた。

「お疲れ様です。」

「お疲れ!、春香ちゃんだっけ?いつもこの時間に帰るのか?」

「いつもはもう少し早いです。今日はバイトがあるので。」

「バイト、何やってるの?」

「コンビニです。」

「夜番?」

「サークルの日は夜番です。」

「がんばるなぁ。感心するよ。」

「そのおかげで1年はギリギリセーフで進級できました。(笑)」

「進級できればいいんだよ。女バスは強いから楽しいだろ。」

「はい、みんないい人たちばかりで、おまけに強くて、刺激になります。」

「男バスはそこまで強くないからな、試合は苦痛だよ(笑)」

「そんなぁ、結城先輩何てすごいじゃないですか。県優勝って聞きましたよ。」

「チーム次第だなと思ってるよ。」

「あっ、バス。乗りますか?」

「うん僕も乗る。」

バスに乗ってもお喋りは続いた。何でも話せる人だと思っってお喋りが止まらなかったのだ。先に春香が降りる駅に来て「御先に失礼します」と言ってバスを降りた。帰ったらバイト。さすがにダブルヘッダーは辛い。またシフトを見直しても羅王かなと思った。

 次のサークルの日の帰りも、結城先輩と一緒になった。

「ねぇ、僕と付き合ってみない?」

突然の告白に、春香は動揺した。

「なんで私なんですか?」

「話が合うだろ。喋ってて飽きない。バスケもうまい。いう事なしだよ。」

「でも・・・」

「でも何?」

「一応付き合ってるやつがいることはいて。遠距離なんですけど。春休みも帰ってきていて、でも会えないでいるんです。」

「何で会えないの?」

「邪魔しちゃいけないと思って。」

「「邪魔ってどういう事?」

「その人、ピアノ専攻で。連取しないとヤバいんです。だからこの春休みは会うのをやめようと思って。」

「じゃあ、付き合ってくれとは言わない。今度一緒に水族館へ行かないか?」

「シフトが詰まってて。ちょっと待ってください。3月の二十二・二十六なら大丈夫です。」

「じゃあ二十二日に予約したからね。十時台のこのバスで待ち合わせにしてもいいか?」

「はい。楽しみにしています。じゃあ。」

ラインの交換をしてバスを降りた。春香は正直複雑だった。高校の時にも水族館事件があった。結局あの時は断ったんだった。でも「ただの遊び」だし、春馬に言わなきゃわからない。春馬はあんなに忙しくしてるんだから、私が一日遊びに行っても問題は無いだろうと勝手に思い込んだ。

二十二日の朝っバスで待ち合わせて、水族館へ行った。水族館は何時ても楽しい。ハンバーガーを食べながらイルカショーを見た。お土産屋さんではふざけ合うだけで買わず出た。

「ぬいぐるみとかかわなくていいの?」

と先輩にダメ押しされて

「だから私はもう大人だからぬいぐるみはいらないんです。」

と言い返して大笑いをした。近くのカフェによって、そこでもお喋りが尽きなかった。正直マジ楽しかった。

帰りのバスで携帯の着信が鳴った。。春馬からだった。返事は家へ着いてからすることにした。

先輩とはバスで別れ家へ帰った。春馬がうちの門のところに立っていた。

「どうしたの?」

「春香こそどうしたんだ、そんなオシャレして。ライン見てないのか?」

「ごめん、ナッチャンと話がはずんじゃって。」

春馬からのラインは「きょう5時に迎えに行くから」だった。

「気づかなくてごめん。」

「5時からぢ戸へ行くの?」

「”ホ”だよ。」

「今から”ホ”??」

「冗談だよ。ラーメン食べに行かないか?」

「大賛成! 行く行く。」

ふたりでとことこらーえんやさんへ向かった。

「春香、本当はどこへ行ってたんだ?」

「ごめん、バスケのメンバーで水族館へ行ってきた。」

「なんで、そんなことウソつくんだよ。」

「ごめん。」

「わかった! 男バスの誰かと行ってきたんだろ! 図星だな。高校時代の水族館事件再燃だぞ。言えなかったのは、そいつの事が好きだからか?」

「特別に好きじゃないよ。ただ話があって良くおしゃべりをする。」

「春香にその気がなくても、確実に相手にはその気がある。そんな奴とのこのこ出かけるなんて春香の神経を疑うよ。」

「付き合ってる人がいるからってちゃんと言ってからだから許してくれない?」

「何で付き合ってる人がいるのについていくんだ。普通は『だからごめんなさい』じゃないのか?」

「春馬はずーーーーーっと忙しそうだったし、私もバイトとサークルで疲れてたから、ただの息抜きで行ってきた。春馬に攻める権利無し。」

「仕方ない。僕にキスをしろ。それで許してやる。」

春馬はそう言うと、直立不動で目をつむった。春香の身長では届かない

「ちょっとしゃがんでくれない?」

しゃがんでくれた春馬のおでこに春香はキスをした。

「ちょっと、それじゃダメだろ。ちゃんとマウスツーマウスでしょ。」

春馬はそう言ってまた目をつむった。春香は仕方なく春馬の口に唇を当てた。

「ちょっと、それじゃダメだって。ちゃんと濃厚に。」

春馬はそう言ってまた目をつっむった。春香が唇を近づけると、春馬の方から熱いキスをされた。そして、ラーメン屋さんに入り、いつもの注文をした。

「餃子食べる前で正解だったな(笑)」

春馬はイヤに機嫌がいい。

「ピアノ、いいとこまで行ったの?」

「やっと、やっとだよ、課題曲の目標まで到達した。ホッとしたよ。だから明日水族館でも行かないか?(笑)」

「このお鬼!」

と言って、春香は春馬の肩を想いきり叩いた。すると春馬が

「そんなに強くたたいたらピアノが弾けなくなるじゃないか。」

と泣きべそのまねをした。

「帰り、うち寄ってかないか?おもしろいもの見せてやる。」

「じゃあピアノも聞かせてよ。」

春馬の部屋へ着いて、春馬は楽しそうに見せてくれた。それはドアロックだった。

「”ホ”は高くつくから学生の身分じゃいけないだろ。だから鍵つけた。」

「そんなの見え見えじゃん,恥ずかしくないの?」

「ピアノの練習の邪魔をされたくないようにだからいいの。」

春馬は本当に楽しそうだ。機嫌よく1曲弾いてくれた。それを聞いてから春香は家へ帰った。帰ってから春馬にラインをした。

「二十六日にしょっぴんぐにいかない?」

と誘ってみた。OKがきてショッピングモールへ行くことになった。大学は高校と違って制服がないから面倒なのだ。だから新年度用に2〜3着買うつもりで出かけて行った。私はスカートにパンツにブラウスにTシャツ。私は4点かった。春馬はTシャツとジャケットの2点を買った。おやつにミスドへ寄った。

「女の買い物は長いからつまらん」

と言った。実際春馬は私が勧めなかったら1枚も買わずだった。喋って喋って家へ着いた。春馬が

「うち、寄ってけよ。」

と誘うので上がらせてもらった。「

「せっかくいたんだから1曲聞かせてよ。」

と頼むと

「あ・と・で」

と言って私にキスをしてきた。身体を触られわたしもだんだんと興奮してきてしまう。ふとんにもぐりお互いを愛撫しあって最後まで行った。呼吸が荒くあっている。

「久々だったなぁ。僕もうまくなっただろ?」

と聞かれ、ノーコメントにした。上手いか下手かなんて私にはわからないもん。

「せっかく服脱いだんだから、買ってきた服に着替えてみたら?」

といわれ、「なーるほど」と思った私は着替えてみた。何だかチグハグしてチンドン屋さんみたいだったから、元の服に着替えなおした。そのころ階下でおばさんが帰ってきたらしい気配がした。ギリギリセーフだ。ドキドキちゃう。

ピアノを弾いてもらって家へ帰った。

 バタバタしてる間に春休が終わり、春馬は帰って行った。

「今度会えるのは夏休みだな。」

「え〜〜そんなに会えないの??淋しいよ。」

「また電話するからな、じゃあ。」

と言って行ってしまった。

 春香は2年生になってバイトを少し減らしてもらった。春香も勉強をしなければならないからだ。サークルへ行くと、結城先輩が、「またどこかへ行こうな。」と小声で春香にささやいた。ドキッとした。春馬にばれたら、また「キスの刑」に処されてしまう。でも、ばれないか。実際お互いに何をやってるかなんてわからない。春香がおとなしくしてても、春馬が遊んでいるかもしれないし。お互い様という事にしよう。

さっそくゴールデンウィークに遊びに行こうよと結城先輩に誘われた。少し離れたところにある遊園地へ行って、絶叫マシンに乗り続けた。

「春香は悪魔か!」

と結城先輩に言われた(笑)」先輩は優しい。やさしくてスマートだ。ルックスもいい。非の打ち所がない。そんな人が何で私なんかとと疑問に思う。その日の帰り道、先輩が行った。

「実は俺にも遠距離の彼女がいるんだ。だからって誰とも何もないって、せっかくのいい時代を無駄にするような気がして、っ春香に付き合ってもらってるんだ。っ春香もだろ?」

図星だと思った。

「お互い2番目同士ってことですね。」

「うん、そんな感じかな。春香はそいつに似てるんだ。良くしゃべるとこやよく食べるとこ。妹みたいなところ。本当はいかせたくなかった。でもそいつの夢を奪うわけにはいかないからな。だからいいお兄さんぶって『行ってこい』って送り出したんだ。」

「やっぱ先輩は優しいよ。私に優しくしてくれたのにはそんな理由があったんですね。私も先輩と話してると、彼とダブる時がありますよ。ごめんなさい。」

「いやそれはそれで気にしないよ。彼の身代わりだと思ってくれればいいからさ。」

「今度は夏休みまで会えないなんて辛いですよね。」

「つらいな・・・また今度、どこかへ行こ。」

そう言って別れた。先輩の話は意外だった。春香を油断させるための言い訳とも思えない。先輩の話が真実なのだと思う。2番目同士か。なんかせつなくて涙出そう。

休み明けからまたバタバタ過ごし始めた。春香は切なさ対策で春馬に毎日電話をかける事にした。何もない日も「今日はのんびりできた」とか当たり前の日常を知ってほしいと思ったからだ。その作戦は成功した。高校生の頃の様に延々とお喋りが続いて12時をまわったりすることもあった。春香はその話を結城先輩にした。「遠距離だからとあきらめないで毎晩電話しているといつもの二人に戻れますよ。」これは余計なお節介かとも思ったけれど、同じ2番目としてどうしても知ってほしかった。


 春馬の方は毎日のレッスンで順調に実力をつけてきている。時々春馬の方をじっと見ている女子がいる。ピアノ教本を抱えているからピアノ専攻の学生だと思う。見ているを通り越して、ガンつけられている気がする。一体誰なんだ。

同期の伊佐治恭平に何者か聞いてみた。

「お前知らないのか? 高校3年の全国大会で2位だった浅井かれんだよ。お前にライバル心丸出しの子さ。」

「だからか。いつもすごく怖い目で僕の方を見てるんだ。2位か。ライバル候補1番だな。まけるもんか〜〜〜」

僕のやる気に火がついた。それからの春馬はひたすら練習に打ち込んだ。途中で春香から電話がかかっても後回しにした。

かなり集中力が高まったところで中間試験があった。春馬はこの上ない迫力で弾いた。宣誓は目を見張った。ここまで弾きこなすとはどれだけ練習をしたのだろうかと想像した。浅井かれんも素晴らしかった。男子に比べると迫力に少し負ける所はあるが、タッチの正確さや曲調の捉え方は素晴らしい。甲乙つけがたいと思った。実地と筆記試験の総合で順位が決まる。1位は浅井可憐だった。春馬は筆記の方でミスをしていたからだった。急に余裕綽綽となった浅井かれんは春馬に話しかけてきた。

「やっとあなたを抜けたわ。ありがとう。」

なんて気位の高い女なんだ。春馬はそんな学生に負けたことが悔しくてたまらなかった。期末では絶対に1位に返り咲いて見せる。春馬は誓った。そしてその日を最後に春香との電話もやめた。「そこまで闘志むき出しにしなくってもいいんじゃない?」電話を切ってからひとりでつぶやいた。

翌日のサークルで、結城先輩に電話ができなくなったことを話した。

「そこまでマジにならなくてもいいんじゃないですか?」

「いやそうでもないよ。男が女に負けるのって結構痛いんだ。だから今度こそは絶対にと言って自分を追い込む気持ちもわかるよ。彼女には気の毒だけどね。優秀な彼氏を持った宿命みたいな? 密かに応援してればきっと帰ってくるから。あと3カ月だろ、あっという間さ。ガンバレ応援団長さん。」

あと3か月か。確かにあっという間だな。逆にたったの3ケ月で負かそうというのだから切羽詰まったものがあっても当たり前だ。遠い地よりエールを送るとするか。春香は心の整理がついた。

 その3か月の間に学園祭がやって来る。今年は何をやるんだろ。高校時代の占いの館、おもしろかったな。今年もそれを提案空いてみようか。本当に占いの館に決まった。私は巫女の衣装を着て占い師になった。ナッチャンが見に来て大笑いで帰って行った。「おいおい占って行かんのかよ。」思い出が重なって恋しさと愛しさと、懐かしさに胸を締め付けられる。結城先輩が来てくれた。

「出た!巫女占い師。」

「100発100中でございます。何かお悩みがおありのようですが?」

「ふたりの女子に恋をして、どちらにしようか迷っています。」

「ふたりの女子ですか。それは悩ましい。遠い人に限って近いものです。遠い人を選びなされ。」

「ウソだウソだ。インチキだ(笑)」

先輩は私の化粧に大笑いをして帰って行った。「遠い人を選びなされ」これは春香自身に言った言葉だった。そうでも言わないと私の心はチリジリになってしまうような気がした。頑張っている事は手に取るようにわかる。集中しているのも十分伝わってくる。そんな時我慢するのはいつも女子なのだ。いっそ嫌いになれたらいいのに。もっと素敵な人が現れたらいいのに。夢を食べなきゃ生きていけないのだろうか。

 その夜、久々に春馬に電話をしてみた。

「今いい?」

「あと10分待って。こっちから開けるから。」

と言って切れた。30分後に春馬から電話がかかってきた。

「どうかしたのか?」

「どうかした時しかかけちゃいけないの?」

「そう言うわけじゃないけど。元気にしてるか?」

「私、こっちで彼氏作ろうと思って。」

「今の大学でか?この間の水族館の先輩か?」

「まだ決めてないけど、この淋しさを埋めてくれる人。」

「あと少しなんだ、あと少し我慢してくれないか?」

「あと少し、あと少し、って頑張ってきたの。でももう限界。」

「ごめん。ぼくのせいだね。僕はわかってたような気がする。なのに僕は気づかないふりして無理言って春香を泣かせてしまったんだ。春香が悪いんじゃないよ。全部全部僕のせいだから。引止めてごめん。春香が幸せでいられる生き方をしてほしい。僕に遠慮はいらないから。」

それだけ言うと春馬はじゃあねも言わず一方的に電話を切った。

私、春馬を追い込んじゃったんだ。悪いのは私の方。あと1か月待てなかった私の弱さ。春馬は平気だろうか。今頃泣いているんじゃないだろうか。最低な私。

 後期になって、春香は結城先輩と付き合い始めた。男バス女バス公認のカップルになった。毎日が楽しかった。サークルはますます楽しくなった。倍土ガン愛日には先輩の家へ行ったり、私の家へ来たりと行き来した。付き合い始めて1か月でキスをした。3ケ月で身体の関係を持った。お互いにお互いが今ここにいることを確認しあうかのように愛しあった。ちゃんといてくれるか身体の隅々まで確かめ合い安心できた。春香は先輩に春馬を重ね、先輩は遠恋の彼女を渡しに重ねていた。お互いそれを承知の上で求めあい愛しあった。それでよかったのだ。

 付き合い始めて半年たち、私は3年先輩は4年に進級した。春香は学習実習が入ってきた。先輩は国家試験に向けて勉強が忙しくなった。それでも二人は毎日会った。ふたりとも会えない辛さを知っているからだ。忙しい合間を縫って、図書館で一緒に勉強をした。

 春香は時々思う。春馬は今何してるんだろう、何に夢中なんだろうと。春香のことなんて忘れちゃってピアノに集中しているんだろうなと思う。傍らに春香がいなくて正解だと思った。きっと春香が春馬の邪魔をしちゃうだろうから。

 春香と先輩は学年末が近づいて、益々仲良くなっていった。3月になったら先輩は卒業していく。また一人取り残される。春香は時々

「卒業しても一緒だよね?」

と聞く。先輩は

「一緒だよ」

と髪を撫でながらやさしく答えてくれる。春香はその優しさに溺れて行った。もう出られないと思った。でも、先輩の彼女さんが帰ってきたら春香は出なければならない。できるだろうか。「行かないで」と叫んでしまいそうな気がして怖くなる。春香は先輩のもとを去ることにした。先輩からのラインの返事に「2番目同士は解散です」と送った。先輩からラインの返事が来た。

「もう僕たちは2番目同士なんかじゃないだろ。お互いに1番目になれたんじゃないのか?」

「だめだよ、彼女さんが帰ってきたら、迎えてやらなきゃ。」

「じゃあ春香は迎えるのか?」

返事に困った。春香の心が春馬から離れていたから。

「だって、怖いんだもん。」

「何が怖い?僕が彼女のもとへ帰るからか?それならそんな心配はいらない。僕と彼女はとっくに終わってる。遠恋3年続くわけがないんだ。」

「信じてもいいの?先輩の胸に飛び込んでもいいの?」

「ノープロブレムだ。何も怖がらなくていいから、僕の1番目でいてくれよ。」

「うん、私先輩の1番目になる。先輩も私雄1番目になってくれるの?」

「当たり前だろ。僕たちは1番目同士だから。」

春香は緊張が取れて泣き出した。春馬に捨てられて、今度は先輩に捨てられる。そんな風に思っていたから、先輩の言葉が嬉しかった。

「ところで、『先輩』っていうの、もうやめにしない?僕の名前は『結城学』」

「えっ、何て呼べばいいの?」

「『まなぶ』って呼んでよ。」

「急には呼べないよ。」

「頑張って読んでみて。僕はいままでどおり『はるか』って呼ぶから。」

「うん 頑張って呼ぶから笑わないでよ。」

「じゃあ明日、楽しみにしてるから。おやすみ」

「うん おやすみ」

4月になり、学さんは地元の中学の数学の先生になって行った。私は国家試験の勉強を始めた。

難しくて悪戦苦闘している。わからないところには付箋をつけておいて、土曜日に学さんに教えてもらうことにしている。

「こんな簡単な問題もわからないのか?脳みそまで体育会系だな(笑)」

いつもそう言って笑われる。悔しいが本当のことだから仕方がない。

「笑うな! ねえ学、これ終わったらピザ取らない?」

「いいねぇ、今日のお昼はピザにするか。ピザのためにもガンバレ!」

何とか午前中に終わらせてピザタイムがやってきた。

「宣誓ってどんな感じ? 緊張する?」

「最初の1か月はきんちょうしたな。クラスのメンバーを覚えた頃にきんちょうがとれてくる・・かな。」

「私もなれるかな? 心配。」

「ここに優秀な先生がついているから大丈夫。」

学さんが自分の胸を叩いた。こんなにやさしい人に出会えてよかった。

「でもそろそろ全部頭に入れないとヤバいからな。次に来るときはラストまで目を通しておいで。」

「はーい」

「はーいなんて、やる気あんのか?返事は『はい』」

「はい、頑張ってきます。」

学さんは教師になって自動車社通勤をしている。新しく購入したのだ。」

「ピザ、テイクアウトじゃなくて、食べに行かないか?車あるし。」

「連れて行ってもらえるなら嬉しい。」

「じゃ、サッサと仕上げるぞ。」

市街地まで出てイタリアンのお店で、ピザとスパを食べた。

「出てきて正解だったね、おいしいよ。」

「食べてからどうする? 特になかったら行きたいとこあるんだけど・・・」

「私は特にないよ。学はどこへ行きたいの?」

「・・・・・・」

「なに?忘れたの?」

「じゃなくて・・・あのさあ、ここのところご無沙汰じゃない?家には親がいるしさ。」

「わかった! 「ホ」だ!!」

「なんだその「ホ」っていうのは。」

「いやんあんとなく「ホ」がつくところかなと思って。

「ホントにわかってんのか?」

「うん、オシャレなとこに連れてってね(笑)」

「春香、勘がよすぎ。勉強もそれくらいできればいいのにな(笑)」

ふたりでドライブしながらオシャレそうな建物を探した。

「ここオシャレじゃないか?」

学さんはそう言うと車で入って行った。

「うそ、ホントに入るとは思ってなかった(汗)オシャレな下着付けてくるんだった。」

学さんに手を引かれ入って行った。お城のようだった。入っていきなり学さんは激しく木椅子をしてきた。その勢いでベッドに倒され、春香はされるがままになっていた。いつもの学じゃなかった。激しく激しく春香を求めた。春香はつい声に出して「まなぶ〜」と呼び続けた。しばらくして学は「は〜っ」と大きく息を吸って

春香の横に並んで寝た。

「どうしたの? 何かあった?」

「そうじゃないよ。春香がほしかっただけ。」

春香は恥ずかしかった。学の胸にもたれた。学は春香の髪を撫でた。学が春香を見つめ「好きだよ」と言った。春香が「私も大好き」と言って学の首に手を回し学の頬にキスをした。ふたりはおタガが求めあっていることを実感していた。「ホ」を出て、春香の家まで送ってもらった。

「何だか大人の恋人たちみたいね。」

春香が言った。

「何言ってんだ、僕たちはもうとっくに大人じゃないか(笑)じゃあまた来週ね。」

学さんは帰って行った。

家に入ると母が「学さんって人と一緒だったの?」と聞いた。

「うん。国家試験の勉強を見てもらってるの。」

母たぶん、春香が晴馬以外の男性と付き合うことに合点がいかないのだろうと思った。

「私たちはもう大人になったんだから、あまり干渉しないでね」

と春香は言っておいた。それでも気まずさは増すばかりだった。

「今度家に呼んで紹介するよ。いい人だよ。数学の先生。」

簡単に紹介して、仕方なくそう約束した。

 翌週、学がうちに来た。婚約もしてないのに紹介をするのも変な話だがなりゆき上仕方なかった。それでも学は嫌な顔しずにうちへ来てくれた。そして

「春香さんとお付き合いさせてもらってる結城学です。緑川中学で数が鵜を教えています。」

ちゃんと挨拶してくれた。嬉しかった。そしてなぜかこの話がお隣の春馬の家まで伝わった。何てこった。お喋りなおばさん軍団にやられてしまう。きっとすぐに春馬の耳にも届くに違いない。複雑だ。でも私からの連絡がなくなった時点で春馬は気が付いているに違いない。なりゆきに任せよう。

春香は国家試験に受かり、見事社会科教諭になった。卒業までの半年間、いっぱい遊ぶことに決めた。ナッチャンも合格したのでふたりで沖縄へ旅行に行った。卒業旅行だ。ナッチャンは故郷の先生になった。沖縄は異国情緒があって不思議な街だった。海の遊びを一杯した。

 旅行から帰ると母が待っていたかのように話し始めた。

「隣りの春馬君、留学するんだって。プラハ?」

「あぁ音楽の町ね。さすが!! やっぱりできる奴はやってくれるんだね。」

「明日の土曜日に帰って準備するって言ってたわよ。」

「そうか、久しぶりに会ってみようかな。」

正直複雑だった。どんな顔して会えばいいのか・・・やっぱなりゆきだな。明日は学がうちへ来ることになってる。ダブルブッキング?ちょっと避けたいな。学には午後に来てもらおう。

翌日、隣のおばさんに春馬が何時ごろに帰るか聞きに行った。「午前中には帰ってくるはずよ」ということだから丁度良かった。十二時に覗きに行った。まだ帰ってなかった。お昼ご飯が終わって片づけてるときに春馬がやってきた。

「よー久しぶり。何の音さたもなかったけど元気だったか?」

「うん元気してた。私本条中の社会の先生になったんだよ。すごいでしょ。」

「初志貫徹か。エライ! 僕は明後日からプラハに行くんだ。」

「うんおばさんに聞いた。やるじゃん。まさかサッカーやりに行くんじゃないよね?」

「バカかお前。ピアノに決まってるだろ。推薦だぞ、すごいだろ。」

「女っけ無しで頑張ったんだもんね。プラハの女性と熱い恋でもしてきなよ(笑)」

「それ いただき。」

その時玄関のドアが開いた。学だった。さすがに二人とも驚いている。紹介する私まで緊張した。

「こっちがお隣の三浦春馬君。幼稚園からの腐れ縁の奴。こっちは同じ大学卒の一年先輩の結城学さん。数学の先生。2人並べると壮観だなぁ」

「何言ってんだ、じゃ準備があるからここで。」

春馬が手を振って出て行った。学は瞬間に私の遠恋のお相手と見抜いたと言っていた。そんな物か。私は学と出かけた。どこというあてもなく。

「どこ行こうか???春香?」

「あぁごめん。春馬に会うのが三年ぶりだったからちょっと余韻?」

「いい男だな。」

「大丈夫。学もいい男だから。私面食いなので(笑)」

「ほんとは喋りたいことがたくさんあるんじゃないのか?俺なんかとドライブしててもいいのか?」

「平気だよ。どうせすぐに行っちゃうんだし。留学するんだって。女は無用。」

「でも、彼の方に喋りたいことがいっぱいあるかもしれないだろ?」

「それはあっちの勝手よ。また留学から帰った時に話せばいいんだし。なんせお隣さんだからね。逃げやしないよ。」

春香はすぐにでも学に抱かれたかった。そんなこと言葉では言えない。学のハンドルを握る腕に触れた。ここにちゃんと現実がいるじゃないか。ふたりの間で揺れて泣きそうになるのを必死でこらえた。学は察してくれた。「ホ」がつくところへ連れて行ってくれた。部屋に入るや否や春香は学に抱き着いた。春香の方からキスをして、春香の方から学をベッドまで連れて行った。学はそんな春香の気持ちに応えようと熱い熱い抱擁を交わしふたり裸になって結ばれた。春香は激しかった自分が恥ずかしくて学に背を向けて寝ていた。学が春香を後ろから抱いた。涙がにじんできてしまった。春香は混乱していた。

「ギュッと抱いて。」

すがるように言った。学は力いっぱい春香を抱いた。

「好きだよ」

学は春香の首筋にキスをして言った。春香は抱きしめてくれる学の腕を強く握りしめた。

「離さないでね。」

「離すもんか。」

「絶対だよ・

「絶対だ。結婚しないか?」

「えっ?」

「こんなに混乱している春香に申し込むのは卑怯な気もするが、ずっと思ってた。結婚したい。結婚しよ。」

「ほんと、ルール違反だよ。でもきょうでなくても返事は一つ。『お願いします』だよ」

「ホントにいいのか? さっきの彼は?」

「春馬は候補外。生き方が違うもの。気にしないで。」

「じゃあいつ頃にする?」

「一〜二年は先生がやりたい。続けさせてくれるならいつでもOKよ。」

「じゃあ春香の二十二歳の誕生日に婚約して、二十三歳の誕生日に結婚しよう。それで、しばらくは子供作らなくて三年後位に子供を作ろう。それでいい?」

「婚約機関が長すぎ!!来年の夏休みくらいにどう?」

「急ぐなぁ。夫婦共働きは大変なんだぞ。結婚は来年のクリスマスに決まりだな。あっという間だぞ。。」

「ホント、あっという間ね。楽しみ。いろいろ調べようね。で、ドレスの試着も何枚かしたいな。結婚式は教会ね。濃厚なキスはダメだよ。何のブーケにしようかな。花冠もステキ。三mくらい引きずるドレスがいいな。」

「そんなのにしたら、裾踏んずけて転んじゃうぞ(笑)」

「そっか。シンプルな方がいいかな? うわ〜ドキドキしてきちゃった。ドキドキしない?」

「ドキドキしてるよ。春香が転ばないようにって。」

「私だって決めるとこは決めますからね。」

「御両親にあいさつにいったほうがいいか?」

「まっだいいよ。婚約してからにしようよ。。私の誕生部だから七月七日だよ。忘れないで。」

「うん。今頭に刻んだ。指輪を見に行かなきゃ。それが一番先だ。」

「婚約指輪なんて小さなのでいいからね。」

「うん。見に行って決めよう。」

「あ〜〜まだまだ先だ。半年あるもんね。時計の針がじれったいよ。」

「無理やり回してみれば?」

「遅刻する(笑)」

それから家へ送ってもらって学と別れた。

夕方、春馬をたずねた。スーツケース出して荷物を詰めている最中だった。

「昼間はごめん。喋りたかったけど約束してたから。」

「付き合ってるのか?誠実そうなイケメンじゃないか。僕には負けるけどね。」

「ばーか(笑)何年留学するの?」

「予定は二年。だけどその後は決めていない。そのまま残るかもしれないし帰ってくるかもしれないし。成り行き任せ。」

「一年に一度くらいは帰ってこれるの?」

「それも成り行き任せだな。」

「春馬はどんどん大きくなっちゃうんだね。手が届かなくなる。」

「そんなことないよ。僕は僕。変わらない。」

「うん。変わらないで。」

春香は泣きそうになり、「じゃあまた明日」といって春馬の部屋を出た。

今日は忙しい日だ。涙を拭きながら思った。

部屋へ戻って、今日の自分を整理してみた。名北方事、うれしかったこと、幸せだったこと、淋しいこと。いろいろありすぎたよ。

 新年度が始まった。始業式で春香は新任の挨拶をした。二年生を受け持つことになっている。教室へ行き自己紹介をして出席を取った。夢のような一日だった。

ゴールデンウィークに指輪を決めに行った。小さくても輝きがキレイな石を選んだ。そして七月七日婚約をした。その次の週に両家へ報告に行った。春香の両親は「はやすぎないか?」と心配していたが、気にしない。学の両親も春香の仕事のことを気遣ってくれた。

 そしてクリスマス。結婚の日が来た。ドレスの裾を踏むことなく無事バージンロードを歩いた。誓いのキスはさらりと流した。披露宴はごく親しい人だけに絞り質素に行った。成人式に買ってもらった振袖を着て母を驚かせた。泣いて喜んでくれた。私ができる親孝行なんてこの程度のことしかできない。新婚旅行は封休みにグアムへ行った。新居は三LDKのアパート。私たちの人生はここから始まるのだ。

 三年経った。私のお腹は臨月で大きく弾く欄でいる。お正月に帰った時に、春馬に出会った。帰ってきていることを知らなかった。私のお腹を見てすごく驚いていた。

「お前に子育てができるのか?」

と失礼なことを言われてしまって悔しかった。

「この子にはピアノを習わせるから、一流のピアニストに育ててよ。」

「僕のレッスン料を知らないのか?3万円だぞ、覚悟しとけ。」

と言って行ってしまった。やっぱりこの子は「バスケ」かな(笑)授業料無料。将来が楽しみだ。

春香が春馬を見送るシーンを切なく書きたかった。婚約した1歳上の先輩学と春馬と春香のスリーショットがうまく表現できているかどうか心配な所である。春香は学と愛しあい結婚するのだが春馬との友情は永遠の物だと思っている。

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