第26話 再びアリア
竜に返り討ちにされたあの日、部屋に籠ったルシャ。あの後の様子がずっとおかしく、あたしは心配していた。そして勇者様との関係。
しかし、それは杞憂に終わった。昔、孤児院に来る前に助けてくれたユーキに似た男女が勇者様達だったらしい。疑う私にルシャは怒っていた。ごめんね。
そして夜のことは……誰にも内緒にしておくことにした。
◇◇◇◇◇
翌日、あたしたちは騎士団長と勇者様に今後についての相談をした。現在、竜についても情報を調べさせているとは言ったけれど、どこまで役に立つかはわからない。自分で動くと言ったのに、あたしたちは外出を禁じられた。
いくらなんでも要求として無茶ではないかと思ったけれど、騎士団長は頑として譲らなかった。特に彼はルシャに異常に執着している。そして彼はさらなる要求を告げる。
《陽光の泉》を解散して勇者のパーティに入れと言うのだ。
あたしたち三人は抗議の声をあげた。けれど騎士団長が言うには、勇者様の《強化》の力はパーティ内にしか及ばないというのだ。勇者様はどこかユーキに似た、申し訳なさそうな顔で頭を下げた。
あたしはせめてユーキを説得する時間が欲しかったが、手紙を出させてもらえただけで、その日のうちにパーティを抜け、勇者様のパーティに入ることになった。手続きさえも代理人任せだった。悔しい。もう聖騎士なんて辞めてしまいたい。
結局、二度目の討伐は勇者様の力を以てしても為しえることができなかった。
ルシャが抗議している。このままでは新月までに王都に帰れないからだ。そして新月を迎えると彼女の祝福が失われてしまう。おそらく、全員の竜の火傷や毒を一瞬で癒すなんてことはできなくなるだろう。
◇◇◇◇◇
ある日、あの女騎士は騎士団長があたしに話があると言ってくる。あたしはキリカやルシャと一緒に話を聞くと言ったけれど、内密な話なのでと言って聞かない。あたしは無視した。
翌日、装備の調整の際にあの女騎士と騎士団長と鉢合わせた。偶然を装っているけれど、おそらくこちらの予定を把握しての行動だろう。
騎士団長は、夜に時々あたしがルシャと共にいることについて知っているようなことを仄めかしてきた。――女騎士が隣で微笑みを浮かべている――彼はそして、お互いの今後の関係について話し合おうと、あろうことかあたしを部屋に誘ってきたのだ。一瞬であたしは頭に血が上り、無意識に《砦》を発動させていた。
壁に打ち付けられる騎士団長と女騎士。床にへたり込んだ彼らに《砦》を解除して近づく。大きな音に人が集まってくる。
「見くびらないでいただこう。そのような話、たとえ国と事を構えることになろうと到底受け入れられない」
他に選択肢はないと思った。たとえ何を要求されようともこれだけは、ユーキを裏切ることだけはできない。
ルシャは自分のせいでと悲しみ、そして慰めあった。キリカはよくやってくれたと喜んでくれるが彼女にも不安の影はあった。いっそのこと祝福を捨てよう。そしてどこか知らない場所で静かに暮らすんだ。そんなことを考えるくらい、あたしは不安で追い詰められていた。
◇◇◇◇◇
そんな中、魔王領の前線への移動を告げられた。もはや一度王都に帰ると言う条件は無視されていたけれど、我々の本来の目的は魔王領となった拠点の奪還だ。そして二度の敗北を恥じたのか、一団は夜も明けぬうちから街を出るようだ。
町を移動する際、おかしなことに気が付いた。我々の馬車に幌が立てられたのだ。――そんなに恥じ入ることなのか――そう思って外の様子をうかがった。そして騎士たちがざわついているのに気が付いた。
――見ろ――あれはなんだ――
幌の隙間を開けて正面を見ると、松明の光に照らされて、ぬめりのある光を湛える黒い塊が見えた。巨大なそれは町の門の上から吊り下げられていた。
――竜――
おそらくあの竜だ。あたしはルシャとキリカの名を呼んでいた。――なんという――なんという姿だろう。布でいくらか隠されてはいるけれど、あの硬い鱗が至る所で切り刻まれ、両の目玉は繰りぬかれ、そして白く生々しい腸は乱暴に切り裂かれた腹から零れ出ている。こんな馬鹿げた力強さを見せつけるのは――。
――《陽光の泉》――
一瞬、布の間から竜に記された白い文字が見えた気がした。あたしは目から熱いものが零れ出るのを感じた。――ああ、彼が来てくれたんだ――あたしたちに頑張れと言ってくれている。何とかしてくれる。そんな希望があたしたちに舞い降りた。
感想たいへんありがたいです。
完結したので設定予想・展開予想は自由に書いてくださって構いません。




