第13話 陽光の泉 参上!
俺の中で渦巻く心の葛藤のように、目の前で二つの大きな影が絡み合っていた。影の一方は明らかにもう一方より小さいのだが、動きや力強さは圧倒していた。小さい影にはほとんど傷もなく、大きい影には焼け焦げた痕や切り裂かれた痕が体中にあった。俺は信じたい……。
◇◇◇◇◇
必要な調査を終え、準備を整えた当日の朝、祠にて俺は《巨人の保有の鞄》から前回の装備を引っ張り出していた。竜の鱗を縫い留めた矢避けの盾である。一応、長鉈も持っていたが、どこまで通用するかはわからない。
そしてリーメ。いつもの格好に三角帽子。そんな装備で大丈夫なのだろうか。リーメに詳しい作戦を聞いたが、こいつのいうことだ。いざというときは抱えて逃げるくらい考えておかないといけないだろう。
「あたしを信じなさいよ」
赤髪の少女は言う。アリアの真似か? 笑ってやろうかと思ったがダメだ、ちょっと泣きそうだからやめてくれ。
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「じゃあよろしく。ユーキは自分の身と詠唱の隙だけ守って」
リーメは俺から少し距離を取って詠唱を開始する。詠唱と共に彼女の足元に魔法陣のようなものが現れる。リーメからはシジルが出るときは取り込まれるから踏むなと言われていた。これのことだろう。あと、ビビんないようにと。
《双頭の悪魔の召喚》リーメの透明化が解除されると、彼女の纏っていた服や帽子が、毛皮のように一瞬ぶるっと震えた気がした。すると今度は頭から帽子を貫くようにして犬の耳のようなものがぴょこんと生え、今度はお尻から尻尾が生えた。
「なにそれかわいい」
うっかり口に出してしまった……が、尻尾はうねうね動いてて蛇のようだ。というか蛇だこれ。
リーメは詠唱を開始する。目標は谷の奥の岩棚に居る竜だ。詠唱の途中、リーメの声がもう一つ聞こえ始める。何事かと覗き込むと、リーメの顔は正中を境に微妙に上下にズレており、顔の左右で別の呪文を唱えていた。
先の呪文が完成すると、上空から雷が竜に向かって落ちる。稲妻は岩を取り囲み竜の周辺を焼く。直後、もう一発同じ雷が竜に落ちる。さすがの竜もこちらに気が付いて、リーメのいる開けた稜線に向けて飛び立つが、さらなる呪文の完成と共に谷へと落ちて行った。
「「アッハッハッハ!」」
「すげえな」
性格まで変わってるわ――とまでは言わなかった。
「崖を登ってくるぞ」
俺はタグの接近を警告する。リーメは次の二つの詠唱を既に開始している。一つの呪文が完成すると、崖に沿って炎の壁が現れる。もう一つの呪文が完成すると、炎の壁のこちら側に輝く壁が生まれる。
登ってきた竜は炎の壁を突っ切ろうとするが光の壁に阻まれ、前に進むことができず身を焼かれる。横から回り込もうとするも、壁は左右に長く伸びており、幾度となく焼かれる。その間にもリーメは詠唱を続け、上空から新たに二つの雷を落とす。
「よろ」
リーメの合図で俺は回り込んできた竜の前に出る。竜はやはり以前の物よりずっと小さい。突進してくる竜は見えない俺に激突し、転倒する。盾を斜めに構えて力を逸らしたが、以前倒した竜の爪の一撃程度のものでしかなかった。
俺の透明化は解けたが、その間に《我らが屠りし竜の召喚》を完成させたリーメは、足元の岩なども取り込んで二回りは大きくなっていた。体には鱗が生え、爪が長く伸び、背中には翼、長く太い尾、頭には角まで生えていた。顔はリーメの面影を残すが鱗状の皮膚に置き換わっていた。
身を起こした竜は明らかにリーメよりも大きかったが、一瞬、怯えたような反応があった。その様子を感じ取ったリーメは獣のように吠えた。スクリーンを確認すると竜には『恐慌』の文字が。
蛇と猫の中間の生き物が絡み合うように戦っているが、やがて竜は両目が潰されると逃げ惑うようになり、リーメがのしかかって首に噛みつき、そのまま動かなくなるまで後ろ足の鋭い爪で蹴り裂き続けた。
完全に息絶えた竜を見下ろすと、リーメは相手の巨体をひっくり返し、腹を何度も引き裂いて血の溢れる心臓を取り出し食らった。
リーメは踵を返してこちらにやってくる。徐々に体に取り込んでいた岩なんかがボロボロと零れ落ち、服も元に戻っていく。
「かわいい?」
「うん……かわいい」
最初の犬耳くらいまでは――とは言わなかった。
「最後のは何?」
「次もよろしくって供物」
そうなんだすごいね! 以外の感想は無かった。
◇◇◇◇◇
「なんて書く?」
「そうだな……やっぱりこれだろ」
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翌早朝、町を囲う壁の正門から竜の死体が吊るされているのが見つかった。交代に来た兵士たちが、血の川が流れていることに何事かと見上げて悲鳴をあげたとか。見張り達は全員眠らされていた。
体中をズタズタに切り裂かれ、焼かれ、腹を切り裂かれて臓物を垂らした竜の死体は、その死の壮絶さを物語り、さらにはこの巨大なものをどうやって吊るしたのか、理解を超える目の前の物に兵士たちは恐怖した。
その体には『陽光の泉 ××』と魔法による染色で記されていた。後ろの二文字を読める住人は居なかったが、逆に呪言のようで一層不気味であった。
◇◇◇◇◇
《陽光の泉》は既に黒峡谷で竜を討伐したことでこの辺境周辺には名が知られていた。長く留まっていたこともあって、村の住人によりその内情も広められていた。リーダーの聖騎士アリアとその夫のユーキ。仲の良い夫婦で調査の合間に村を散歩する姿がよく見かけられていた。また、他のメンバーも仲が良く、特に聖女ルシャはユーキとアリアの仲をとても大事にしていたと、実際に下働きに雇われた者たちの話もある。
彼らは時間をかけて慎重に計画を立て、危なげなく黒峡谷の竜を討伐した。峡谷周辺の土地は開かれ、村を含めて周辺に大きな利益を与え、感謝されていた。
もともとこの竜は騎士団長の提言で勇者一行が討伐する予定だったようだ。領主に恩を売るためとも言われていたが、名誉を他に奪われたこともあり、代わりにと別の竜を討伐対象に選んだと言われている。こちらの竜は若い分、気性が激しくあったが、縄張りは狭いためこの領地にはさほど影響はなかったとも。
これが市井の話。その《陽光の泉》がこのようなことを行った。しかも、勇者一行には《陽光の泉》のユーキの妻の聖騎士,剣聖,そして聖女が同行しているのだ。何も無いと考える方が難しいかもしれない。
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