第18話 ルシャ!
その日、俺は神を呪った。なぜこんな運命を招き寄せた。どうしてこんな決断を迫った。
……こんな力を与えた理由はなんだ。俺の希望を叶えたんじゃなかったのか。――腹を切り裂かれ、手の施しようがない少女。少しずつ、少しずつ、痩せっぽちな体が元気になるよう大切にしてきた子なのに……。
◇◇◇◇◇
俺たちは前日、三つ目のゴブリンの巣穴の掃討の依頼を受けた。規模は小規模で今までと同じ10から20程度と想定されていた。アリアはあまり大きな規模の依頼は受けない。仲間の安全が何より大事だからだ。まだまだ慣れない俺たちに合わせて小規模の討伐を選んでいた。
目的地の巣穴は小高い丘の上にあった。足場が悪く、階段状の岩場をいくつか上る必要があった。丘の上は足場は悪くないものの、開けていて遮蔽物となる森からは少し距離がある。崖っぷちには大きな縦に長い岩が露出している。あんな場所にも巣穴があるのかと漠然と思った。
巣穴の入り口にはゴブリンは居らず、大きな岩の上には2体のゴブリンが居た。岩の上に見張りが居るという情報はあったため、視線の通らない場所を回ってきた。アリアと俺はルシャを見た。ルシャは俺たちをそれぞれ見てから頷いて二本の矢を用意する。
矢継ぎ早に放たれた二本の矢はそれぞれの目標に命中し、それらを岩から落とした。さすがルシャだ。俺とアリアは駆け出し、巣穴の入口へ向かう。気づかれていないのかゴブリンが出てくる様子はない。俺は足跡を鑑定する――おかしい。表示された数は3。
「3体? 少なすぎる」
俺は後続の皆に待つように指示する。アリアは警戒しながら中に入っていくも、すぐに戻ってくる。
「1匹寝てたのでしとめたけどおかしい。浅すぎる」
俺も奥を確認するが、せいぜい小さな寝床でしかなかった。
「さっき何か変だと思ったんだが、こんな崖に突き出た岩の下に巣穴があるとは思えない。戻ろう」
「キリカ後ろ!」
いうが早いか駆け出すアリア。後続の三人が居る右奥。ちょうど登ってきた崖側から2体のゴブリンの姿が見えた。
キリカが二人を守って立ちはだかる横をアリアが風のように駆け抜け、たちまちのうちに2体のゴブリンを斬り捨てる。その後ろからはさらにゴブリンが姿を見せるも、アリアは駆け寄って突き倒す。
「これはなに……」
立ち尽くすアリアの傍まで走る。見下ろすと崖下に大量のゴブリンが走り回っている……あれは何だ? 人? 遠くて見えないがゴブリンたちの足元に倒れて動かなくなっている人が居るようだ。そしてアリアに気づいた崖下のゴブリンたちはワラワラとここを目指して登ってくる。何体いる? 30以上?
「さっきのは巣穴じゃない。どこか崖下にあるんだ。どうする」
「ここで迎え撃とう。ルシャ、矢はまだある? 向こうの弓持ちを狙って」
「げ、弓を持ってるやつもいるのか」
接敵までにアリアが指示を出す。キリカの弩は近くないと無理だ。リメメルンにはルシャの盾持ちに徹してもらう。俺はとにかく壁だ。後ろに抜かせない。
◇◇◇◇◇
まだ昼前。見下ろしということもあって戦闘は有利ではあった。ゴブリンは昼の間は太陽が眩しすぎて目がそれほど利かない。だから藪にらみの老人みたいに見える。しかも位置的に空を見上げての戦闘だ。矢もほとんど当たらない。ルシャは一方的に敵の弓兵を減らしている。
ただ包囲されていることには変わりはない。小さく醜悪な人型の生き物はとても身軽で予想外の登り方をしてくる。俺のヘタクソな剣の腕では鉈の切れ味も落ちてきた気がする。俺自身もさすがに疲れてきた。十数体、ルシャの倒した弓兵を加えれば三十体近いゴブリンを倒したはずだ。さすがに崖を登るゴブリンも減ってきた。
ルシャの弓は非常に強力だった。ただでさえ見降ろしで射づらそうなのに。そして真正面からでは避けられた矢を、なんと次は曲げて撃った。弧を描いて右から回り込んだ矢は生きているかのように敵の弓兵を斜めから射抜いたのだ。矢が10本を切った辺りでアリアの指示で温存に入る。
「そろそろ諦めてくれないかしら」
キリカが弩を構えたまま見下ろす。一体二体が昇る素振りを見せたりしているが、二十体ほどのゴブリンは崖下から動かない。ん?
「あれ群れのリーダーだな。ルシャ、あの飾りの派手な大きいやつ分かるか?」
こくこくと頷くルシャ。
「いけそう?」
「やってみる」
ルシャは矢を放つ。右から弧を描いて飛ぶ矢。しかし相手には気づかれてしまっており避けられる。が、ほぼ同時に真正面、地面を舐めるように飛んできた二本目の矢がリーダーを捉えた。じたばたと地面に倒れるゴブリンリーダー。
「とどめ……」
――しかし三本目の矢は放たれなかった。
「ルシャ!!!」
悲鳴のようなキリカの声が響く。大柄なゴブリンがルシャの腹を切り裂いていたのだ。
「こいつ! どこから!」
俺がそう言い終わるよりも早く、アリアはゴブリンの首を飛ばしていた。
「ルシャ! ルシャ!」
「来てるぞ。裏から来てる。崖を降りよう」
「ユーキ! ルシャを抱えて!」
俺はルシャを抱え上げると、アリアは小さな壺の封を開け、ルシャの腹に振りかけた。そしてすぐに先行して崖を降り始める。――手当をしている暇がない。血が溢れてくる。揺らさないようにしないと。意識はあるのか? 声をかけないと。ルシャ、ルシャ、ルシャ、ルシャ……。彼女はこっちをただうつろに見ている。涙があふれる。
◇◇◇◇◇
「ユーキ!!」
アリアの声に立ち止まる。必死で気づいていなかった。ゴブリンは振り払ったようだ。ルシャを降ろし、アリアたちに任せて離れる。
あんな大きな切創、なんとかなるのか? 街まではかなりある。ルシャが持つようには見えない。何かないのか? 何か? あんなの現実的じゃない。異世界だろ? 何かないのか? 回復薬とか。あれが回復薬か? 治癒魔法とか。治癒魔法……。
「どうしよう! ……もうもたないっ」
ルシャの手当てを終えてひとり離れてきたアリアがむせび泣くように俺に訴えかける。
「ひとつだけ……ひとつだけ手がある」
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