第14話 事情
「慣れてきたね」
風のように舞っていた赤髪の少女、アリアが言う。そう、慣れてきたと言えば慣れてきた。羽をむしった丸裸の鶏――走り回る――を切り裂いているようなもんだ。あ、考えてたら気持ち悪くなってきた。無心無心――。
感じ取られたのか心配そうな表情をするので笑い返しておく。アリアは感情の機微を読み取るのが上手いうえに遠慮なく世話を焼いてくる。長い付き合いかのような錯覚を覚えるので時々反応に困る。
「あたしも長めの得物にしようかしら。長い方が合ってる気がするわ」
長身の彼女――このまま成長すると俺を追い越すだろうなあ――はキリカデール。彼女のタレント『迷宮を奪う者』は一般的に盗賊と呼ばれる祝福で、遺跡探索には欠かせないらしいのだが、大きな街の中ではやはり印象はよくない。名前のせいか孤児院では売れ残っちゃった――などと本人は冗談めかしていた。
男が苦手と言っていたが、最初に馴染んでからはあまりそういう気配は感じられない。そして普段は彼女も物腰が柔らかくて距離も近いが、こと警戒を始めると近寄りがたい雰囲気になるし、アリアよりも鋭い印象を受けることもある。
「……」
無言で矢を回収する彼女はルシャ。こちらは本当に男が苦手らしく、俺が話しかけると俯いてしまうような子だが、その矢は必中。外すことはない。そして実は食いしん坊。いや、もともと食が細かったのが、俺の料理に対して食いしん坊になってきているらしい。
もちろん俺も外での食事は彼女をはじめみんなが滋養をつけられるようがんばってるが、ときどきこの子にはお菓子で餌付けもしている。そのおかげか、三人の中でも際立ってやせっぽちだった腕や足もすこしやわらかなラインになってきているし、表情を出すことも増えた。
「……ふんす」
こっちの三角帽子の無言はリメメルン。こいつは本当に読めない。普段は自分の世界に入っているが、派手な魔法を使うとドヤってくる。感心してやると照れるくらいすればかわいげがあるのに調子に乗る。パーティではいちばん暇そうにしているように見えるが、独りでこっそり魔法を使っている時もあって油断ならない。
二つ目のゴブリンの巣穴の掃討――三日かかった――を無事終えることができた俺たちは、他にも梟熊の退治や希少な素材の採取依頼をこなしていた。また本来の目的である薬草採取についても、範囲を広げることで彼女たちの作る採取マップや薬草のメモは充実していった。
俺の懐具合もよくなってきた。梟熊の魔石はゴブリンよりずっと大きな魔石だった。退治の報酬よりも大きいことがあるのでパーティでなら怪物退治もわるくない。
手持ちの貨幣も増えてきたのでギルドへの預け入れも勧められた。料金を取られるが、大金を一度に無くすことがなくなるし、ギルド内や大店での支払いに使える。いやこれ考えたのやっぱり召喚者でしょ。そしてパーティではまだ臨時メンバーなので、死んだ場合の相続は本人には内緒でアリアにしてある。他に適当な知り合いはいないし、上手く使ってくれるだろう。
◇◇◇◇◇
ある朝、珍しく予定のない俺は遅い朝食をとっていた。アリアは孤児院に泊って、朝から三人と予定があると言っていた。
「ハァイ」
人の少ない食堂で隣に掛けてくるショートヘア、そしてあどけなさの残るタレ目顔の女。もちろん顔なじみではないのだが、名前だけは知っている。
「ちょっと小耳にはさんだんだけどさ、お兄さん魔女なんだってぇ?」
こちらを向かないまま顔を寄せ小声で話しかけてくるが、語尾が上がって感情を抑えきれてない。ちょっと、そんな大事な情報どこでその小さな小耳に挟んできたんですかね――無言のままの俺に彼女は続ける。
「ちょっと小遣い稼ぎしない? お隣のよしみで」
このまま白目になって気絶したかった。
◇◇◇◇◇
俺は彼女に何か木の実を持っていないか聞くが、そう都合よく持ってはいない。仕方がないので彼女のスープに入っていたナツメ……の種を手に持ってもらって呪いをかける。
「夜明けまでですから」
「知ってる。娼館まで遠いからあんまり使わないのよねー」
鈍く光り始めた種を口に放り込んだ彼女は、こんなもんでいい? ――と銅貨2枚をテーブルに置く。正直、相場なんて知らないのでいいと返すと、じゃあお礼と言って、なんと半銀貨1枚を追加してくれる。
「もうちょっと長く続けば助かるのに。祝福くらい」
あーそっすねー。祝福にすれば次の新月くらいまで持ちますねー。嫌だけど。
デイラと名乗った彼女としばらく話していると――いや、どちらかといえば彼女が勝手に喋っていると、見るからに機嫌の悪そうな男が傍までやってきた。わぁこいつも名前知ってるや。
「お兄さんに魔女のお呪いもらったのー」
「マジか! 魔女って本当だったのか」
「この間は悪かったな! オレはマシュだ。せっかくのお楽しみだったみてぇで」
ニッコニコで態度を変える男。細マッチョで顔もいい。デイラの反対側の隣に座ってくる。いや、おまえ彼女の隣に座れよ暑苦しいよ……。めっちゃ距離感の近い男は肩を掴んで寄ってくる。ギルドでもそうだが、宿でも俺に話しかけてくるやつは居ないしそもそもこんな距離の近い男は初めてで怯む。
「……ただな、あの赤髪の嬢ちゃん、お貴族様の女って話、知ってるか?」
顔を寄せたと思ったらとんでもない内緒話を始める男。うそだろ!? 驚いて男の顔をみる。
「オレ達もこの街に来て日は浅いから詳しくはねぇんだけどよ、その冒険者やってるとかいうお貴族様が自分の女だと吹いてまわってるらしいぜ」
「なぁんかヤな感じなのよね。お兄さんも目をつけられてそうだし気を付けなね」
「ちょ、ちょっと、その辺の話、詳しく聞きたい」
デイラとマシュは彼らなりにギルドで感じ取ったことを快く話してくれた。まず、冒険者たちは赤髪の少女を避けている。俺が感じた通り。理由はその貴族から目を付けられるから。以前、アリアと交流のあった冒険者たちが居たが、いつの間にか街から去ったらしい。アリアは目立つので声をかけられることも珍しくないはずだが、新入りは早い時期に忠告を受けるようだ。
アリアは孤立させられてる――そういう印象だし、二人も同じ意見のようだ。
ああでも俺は? いや、俺はギルドに入る前から知っていたし、入った翌日には彼女の方から接触されていたな。忠告が間に合わなかったのか? そして孤児院の三人も巻き添えを食っている。俺をパーティに入れたことも――アリアも自分の置かれた状況はわかっているのかもしれない。
お貴族様の女なんだぜーでしばらく引っ張ってユーキをイジメる手もあったよ!(豊穣の女神並感)
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