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没落1

 父親の死は病からのものだったらしい。

 あまりに突然で、最期の別れさえ告げられなかった悲しみは、じわじわと時間をかけてガレベーラを侵食していった。

 そんな鈍化した精神が、変化への気づきを遅らせたのかもしれない。


 喪に服している間に季節は一つ過ぎていたし、明るい話をすることもできそうになかったので、社交の場はながらく遠慮していた。

 屋敷に弔問に訪れる客はあるようだったが、ガレベーラ個人へのおとないは誰からもないこと、手紙や見舞いの品が誰一人として届かないこともたいして気にならなかった。


 ただ、グウィディウスからの手紙だけは毎日心待ちにしていた。

 しかし、それもまた届かなかった。ガレベーラを慰めてくれる内容のものはおろかカトル侯の死を悼むものすらまだだった。


 その時点でおかしいと思うべきを、ガレベーラは気づけなかった。

 異国にいるグウィディウスの身に何かあったのかもしれないと案ずるのがまず先であっただろうし、なによりガレベーラを何より大切に想ってくれている彼からの便りが一切ないことは明らかに不審であるはずだった。

 ガレベーラはただ、悲しみに打ちひしがれるだけの毎日だった。

 挙句、どうして早く駆けつけてくれないのか、そばにいて欲しいのにと、グウィディウスの遠い不在に、呑気に不満など募らせていたのだ。


「お嬢様、お食事でございます」


 父がいなくなってから、誰かと――といっても屋敷内にいる母と妹だが――食事をとることは一度もなく、独りだ。


 運んできたのは見たことのないメイドだった。


 常に控えているはずの侍女のアンは、最近いないことがほとんどだ。

 シミラに仕えているのかもしれなかったが、その方が待遇がいいのなら、それで構わないと思った。

 今のガレベーラは、茶会や夜会の予定はもちろん、他に出かける機会もなく、頼む用事も多くはない。


 そのうちに、読み人に方角が悪いと言われたからと仮の部屋へと移らされた。

 質素で陽の当たらない部屋だったが、自らの沈みきった心持ちと同じ雰囲気だと、ガレベーラはむしろ進んでそこに移り住んだ。

 そこに運び込まれたドレスや装飾品はほとんどなかったが、仮住まいのつもりでもあったし、必要にも迫られることはなかったので、気にしなかった。


 その頃には、ガレベーラは自分が継母に冷遇されていることに気づいていたが、それもグウィディウスが帰国するまでの我慢だと、継母をはじめ執事にも不満は漏らさなかった。


 しかし、あまりに質素な食事が自分に出された日、ガレベーラはとうとう執事を呼んだ。


「ねえ、カンダール、教えて。家政に憂慮があるの?」


「申し訳ございません。代わりのお食事をお持ちいたします」


「違うの、食事が足りないわけじゃないのよ。うちにお金がないんじゃないか心配してるの」


「財産はたっぷりとございます。……お嬢様の、ご心配には、及びません……。お嬢様がご心配なさることでは……。このようなお食事になり大変申し訳ございません……」


 長年カトル家に仕えてくれている冷静沈着な執事の、その歯切れの悪さが気になった。


「本当に? でも、困ったときにはちゃんと言ってね。私にできることはするから」


「お嬢様……」


 執事が、珍しく苦痛に顔をゆがませたように見えた。

 これまでガレベーラは財産管理の勉強をしたことがなかったので、早速、ひそかに関連の本を取り寄せるようにメイドに頼んだが、それも結局届ことはなかった。



 それもまた、突然のことだった。

 父の死よりも、ガレベーラの人生を変える日であった。


「ガレベーラ!」


 突然、先触もなく継母が怒鳴り込んできた。

 何かよくないことが起こったのだとガレベーラは人ごとのような気持ちで継母を迎え入れた。


「今すぐお行きなさい!」


「どこへです? 今すぐ? どこへ行くと言うのです?」


「いいこと? 貴女は、《《すでに》》、《《三日前に辺境へ嫁ぐために出立した》》、のよ! もうこの家にガレベーラはいない。いいわね? 迎えが来る前に一刻も早く王都から出て行って!」


 血相を変えた継母がいう意味の、ほとんどの理解できない。


「……辺境に嫁ぐ? わたくしが? 迎えとはどういうことです? グウィディウス殿下がお戻りになったということですか。グウィディウス殿下が辺境に領地でも貰われたのですか」


 未だグウィディウスからの便りはなく、帰国の知らせも受けていないが。


「辺境伯の支度金が整うのを待っておりましたが、もうこうなったら後からの支払いでも構わない! 即刻、出立をおし! さすがに馬車くらいは用意してあげましょう」


「待って、お義母様! 辺境伯とはどなたなの? 意味がわからないわ。わたくしは、正式には婚約しておりませんが、グウィディウス様がお帰りになられたら一緒になりたいとお伝えしておったはずです! それはお父様がいなくなったからといって、変えられるものでは……」

 

「ならば、さっさとグウィディウス様に嫁いでいればよかったのよ! 恨むならグウィディウス様を恨みなさい!」


 ガレベーラの抗議もむなしく、継母が踵を返す。

 追いかけようとするも、メイドに進路を阻まれた。


「なぜ!? どういことですの!?」


「嫁に出してやろうと言うのです。どこぞへ売り飛ばされないだけでもありがたいと思いなさい」


「カトル家は生活に困っているのですか……!?」


 現状が理解できず、何がどういうことなのかわからないまま、「待って! 待ってください! どういうこと? カンダール!? ミラ!?」


 必死に執事や侍女の名を呼ぶ。

 いつもはすぐに姿を現すはずなのに、部屋にも廊下にも見知らぬメイドしかいない。


「失礼致します」


「ちょっと、何をするの!? 待ちなさい、何なの!? どこへ連れて行くの!?」


 そして、ガレベーラは両側からそのメイドたちに引きずられるようにして、たちまちのうちに屋敷の、しかも裏口から待ち構えていた馬車に押し込められた。

 馬車といっても、カトル家の家紋のついたガレベーラがいつも乗るものではない。

 座面はおろか扉もない。幌をかぶっただけのこれは荷馬車だ。がらんどうの荷台の、むき出しになった板張りの床にガレベーラの身体は荷物のように転がされている。

 

「ねえ、離して! お願い、離してちょうだい! カンダール! ミラ! ねえ、ミラどこにいるの!?」


 ガレベーラは髪を乱し、恐怖に震えながら叫ぶ。


 継母の姿ももう見えない。

 ガレベーラから顔をそむけるメイドが右と左に、悲痛なガレベーラに目もくれないみすぼらしい御者がいるだけだ。


「お義母さま、なぜですか! グウィディウス様はなんとおっしゃっておられるのですか? ……せめて、グウィディウス様のお返事を待ちとうございます……!」


 ガレベーラはついに泣き崩れる。


「いいかい、出すぜ?」


 抵抗するガレベーラにお仕着せを乱されたメイドたちは、もはや見送ることもせず服装を直しながら、屋敷のなかに入っていく。


 早速、馬車は走り出した。

 御者台の背中にかかる布を押しのけて、御者に向かって叫んだ。


「待って! 出さないで! どこへ向かうの? なぜ!?」


「わしらのみたいなもんが理由を知るわけねえだろうが。ただ、あんた様を北の辺境伯様の屋敷まで送り届けるよう言われただけだ」


 労働階級でさえなさそうな、汚らしい男はあっけらかんとそう言った。


「北ですって!?」


「まあ、屋敷の下男から聞こえてきた話だけども、なんでも王太子殿下様が、あんたを妃に迎えるとか言い出したらしいぜぇ」


「アルディウスが……?」


「姫さん、継子なんだって? 奥様は妹姫を側妃に上げたいそうだから、未婚のあんた様が邪魔なんだとさ」


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