薔薇の世界2
茶会を終え、客人を見送る。
部屋へ戻ろうと踵を返したところで、柱の陰に少女が立っているのに気づいた。
異母妹のシミラだ。
「ごきげんよう。どうしたの?」
年齢の割に幼い趣味のドレスを着ているのはいつものことだが、今日の色は特に彼女に似合っていない。そして、もう少し品のいい意匠のものをといつも思うが、それも異母妹いや継母とガレベーラの好みが違うのだろうと思うことにしている。
「そんなところで見ているなら、あなたもお茶会に顔を出せばよかったのに。ご婦人方とのお話は学ぶことも多いし、お顔見知りになっておいて損はないわ。次は是非いらっしゃいなさいね?」
うんともすんとも言わず、無表情でいるシミラに、ガレベーラは近づいて、首を傾げた。
微笑みかける。
「そうだわ。明日は孤児院に行こうと思っているのだけれど一緒にいかが? 帰りにお買い物に寄ってもいいし」
「わたくしは結構です」
ではなぜそこに立って見ていたのか。異母妹の真意はいつもわからない。
ガレベーラはため息をつく。
シミラは七つ年下で、同じ父を持ち、血も繋がっているというのにガレベーラとの仲はあまりよくなかった。
同じ屋敷にいても、食事のときくらいしか顔を合わすことはない。その機会も父が家にいるときだけだ。
幼いころは一緒に遊んだりもしていたのに、シミラが成長するにつれ、次第によそよそしくなっていった。
姉妹なのだから、もっと話をしたり一緒に出かけたりしたいと思い、誘いはするのだが、歓迎されたことはない。
それというのも継母の影響かもしれなかった。
ガレベーラは継母に愛されてはいない。
母亡き後、父は再婚し、すぐにシミラが生まれた。
継子と実子。それが理由なのか定かではないが、いや、シミラが生まれるまでの二年間の間にも、継母からの愛情らしきものを感じた記憶はない。
眠れない夜に共に寝てもらったり、絵本を読んでもらったり、寂しいときに抱きしめてもらったり、そういうことをガレベーラの知る『母親』はやっていたものだが、そんな記憶はないし、父のいないところでは笑いかけられることはおろか、話しかけられることさえないのは今も変わらない。
我が家の母子関係が冷ややかなものだとやがて気づいても、幼いながらにもそれは口に出してはいけないことなのだと肌で感じていた。
父は今も昔も変わらず愛してくれているし、ある程度の自由も与えられ、何不足ない暮らしは続いている。
夜会や社交界へも遠慮することなく行けるし、たとえば結婚や恋愛に口出されることもない。
巷の小説のように冷遇されているわけではなく、あからさまに虐げられることもなかったので、余計な心配をかけないためにも父に訴えるようなことはしなかった。
誰にも詳しく言ったことはない。
打ち明けていれば何か違ったのだろうか。
ガレベーラは後に考えたが、その答えはわからない。
ただ、傍目に見れば何の問題もない、豊かで幸せな家族だった。
少なくとも、社交界においては良き父と良き母、争いのない二人の姉妹と評価されていた。
どのみちガレベーラは遠くない将来、嫁いで家を出ていくつもりだ。
長子が継ぐという決まりははいから、カトル家の莫大な家督はシミラが継げばいい。そうすることが、この親子関係の解決策だとガレベーラは思っていたのだ。