薔薇の世界1
庭は花の甘い香りで包まれていた。
気高く、または可憐で、優美な様々な色かたちの薔薇が今は盛りとばかりに咲き誇っている。
王国五大貴族のうちの一つであるカトル家の薔薇園はそれは見事で、その権威を象徴するかのようだった。
その庭に今はたくさんの傘が立ち、薔薇に劣らぬ華美なドレス姿の婦人たちがテーブルを囲んででいる。
「皆様、お力添えをありがとうございます」
ガレベーラは立ち上がって言った。
絹糸のような艶やかで細い金色の髪にアイスブルーの瞳を瞬かせ、その輝きは宝石のごとき。
ガレベーラの姿かたちは、あまたの絵物語に描かれる美しい姫君が、そのまま抜け出してきたようだと賞されるが、事実、現王室に女子は生まれていないため、元王女を母に持つガレベーラは血統だけで言えば最も姫に近い身分ともいえる。
「ガレベーラ様が慰問や孤児の福祉事業にご熱心でいらっしゃるのは社交界でも有名ですわ」
「何か理由がおありなの?」
ガレベーラは少し寂し気に微笑み、
「わたくしは五つの時に母を亡くしました。母のいない寂しさはよくわかります。少しでも親のない幼子の慰めになればと思っておりますの」
「ご立派でいらっしゃるわ」
「お優しいこと」
婦人たちが優雅な仕草で右に左に頷き合う。
湿っぽくなった雰囲気を晴らすように、ガレベーラは声色を明るくして言った。
「刺繍をしたハンカチは女の子が喜びますの。もちろん、男の子はお菓子ね。それはもう取り合いなんですのよ」
「刺繍などお安い御用ですわ」
「恵まれぬ人々に施しをするのは、わたくしたちの上流階級の役目ですものね。喜んで」
ガレベーラは屋敷に客人を招いて、茶会を開くことを頻繁にしていた。
孤児院に寄付するものを集めるためだ。
ガレベーラの糸を刺す手がいくら速いと言っても、一人でできる仕事量には限界がある。そこで、暇を持て余している婦人や令嬢の手を貸してもらうことにしたのだ。
声をかけると彼女らは我先にと集ってくれ、会はいつも賑やかなものになる。
「ところで、今日もトーロ夫人はまたお見えになっていないわね」
ここにいない人物の話題が出て、ガレベーラは困った顔で首を傾げた。
「お誘いはしているのですが……」
「あの方はそれどころではないのでしょう。未亡人になられてから、ほら、色々と大変だと聞きますし」
「最近お召しになっているドレスもあまり流行のものではないしね」
「お屋敷を辞めさせられるメイドも多いとか。給金が払えないとかで」
「食事も切り詰めておられるそうよ」
婦人たちは次から次へと話を大きくしていく。
困ったことだが仕方がない。
彼女たちは、花と茶と菓子と、そしてなにより噂話が大好きなのだ。
しかし、時間を財力を持て余し、気を配ることがそれの他にない婦人たちには仕方のないことだ。
良くも悪くも社交界を中心に回るのが貴族社会であり、そこで生きていくための人間関係の維持に情報網は必要でもある。
話題を打ち止めるべく、ガレベーラは刺繍の手を休める。
「トーロ夫人もお一人で家政を取り仕切っていらっしゃるのですからお忙しいのかもしれませんわ。それに、慈善のお考えはみなそれぞれでしょうから、今日ここに志をお持ちになってお集まり下さった皆さまで、今できることをやればよいのではございませんか。それより、珍しいお茶を用意しておりますの。いかがかしら」
にわかに婦人たちが顔を輝かせた。
場の雰囲気が変わったことに主宰者として胸をなでおろして、ガレベーラはメイドを呼んだ。