蝉騒
私は、公園のベンチに座って空を眺めていました。
さっきまでの青々としたお空は、もうとっくに粉々になって、存在証明もままなりません。赤々と斜陽を甘受する、あのでたらめな雲は、いつものように嬌笑を示しています。
「さっぱりだねえ」と、顔の皺を深くしてお爺さんは云います。私も全くの同感でした。真夏の夕空はいつだって赤裸々にその体躯を這わせるのです。その上、無味無臭とは程遠い在り方をして、かといって程よく人畜無害を決め込んでいますから、意味がわかりません。
立つことを諦めて私の横に座ったお爺さんは、何本目かのタバコに火をつけました。未成年の私は、タバコの味も、ましてや銘柄も知りません。しかしこの湿度に燻るそれは、きっと上等の味わいなのだろうと思わせるくらい、私たちの憂苦を空に運んでいきます。
私はしゃり、とアイスを食みます。こういうのは、お爺さんのタバコみたいに、ゆっくりゆっくり味わいたいものですが、もちろん夏はそれを許してくれません。アイスの棒を持つ手に、溶け出したアイスがつたうのに気付いて、私はまたアイスを食らうのです。しゃり。
やんや騒いでいた蝉は暫く前から声を潜めてしまって、どういう訳か、私の咀嚼音は鮮明でした。公園前に座る狛犬(と言っている犬の石像)も、遊具も、私たちさえも、こんな黄昏に黙りこくってしまう始末です。公園は、至って異質な寡黙でした。
暮れなずむ空は、遍く情景に無関心です。
アイスの棒に刻まれた「ハズレ」の文字を見て、私は腰を上げました。
「じゃあ、そろそろ行きますね」
どこの誰かも知らないお爺さんにそう告げます。お爺さんは「おう、気をつけてな」と言って、音もなく笑いました。すると、また蝉が姦しく鳴き出したものですから、私は少し驚いて、そして公園を後にしました。