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3.?なんか言ってる?

 


 死とは、身体から魂が抜けることだ。

 私には人の魂が見える。


 それは小さな綿毛みたいで色んな色があって、何だか糸が1本、尻尾みたいに垂れ落ちている。死んでしまったばかりの人の身体からふわふわと舞い上がって、しばらく自身の身体の周りを漂う。それから地面に落ちて溶けて消えていく。長い間身体の周りにいたり、すぐに落ちてしまったり、動きには個人差があるけど。

 いつから見えるのかは、よく分からない。でもそれが私にだけ見えることを、私は早めに察して周りには言わなかった。浮いちゃうから。


 でもそれに触れると気づいたのは、わりと最近だった。

 そしてそれを、祈りながら触って身体に押し戻したら、生き返る人がいるということに気づいたのも、最近のことだった。


 そう。そのきっかけが、サイン・テッセ・ソルベントーーサイン=マキナだった。







 蒸気と石炭の匂いが渦巻く、石畳の城下町。ランタンの灯りが夜道に横に線を引くほど、私はとんでもない速さで街中を移動していた。


「……! ……! ……!」

「エリオット、しっかりしろ!」


 ザルグ=コールは私を前に乗せて、馬を駆けさせている。高いところが苦手な私は卒倒しかけて、馬上から落ちそうになって何度もコール様に引き上げられていた。


 サインを追ったコール様は、至るところに死体を配置していた。

 王城下部の外壁から飛び出した私達を受け止めたのも、何人も折り重なった死体だったし、街の屋根で点々と目印の火を照らすのも、死体。


「サイン=マキナを見つけたら火を灯すようにしてある。という訳で、奴らはあの先にいる」


 コール様は城下町にある時計塔を指差した。それから真っ青になって震える私を見て顔をしかめた。


「しっかりしろ、エリオット! 死体に抱かれるよりマシだろう?」

「……」

「……マシなのか? マジで?」


 私が目を丸くすると、コール様は咳払いして馬を叩いた。走り去る私たちを、家路に着く人たちが驚いて振り返る。

 しばらくしてから、馬蹄の音に紛れて、コール様がポツリポツリと話し出した。


「悪かった。悪趣味だった。……死体を怖がらない君が、珍しくて」


 私を安定させるように馬上に乗せ直してくれた。コール様は細身だったけど、こうして触れると間違いなく、騎士然とした身体つきだった。


「俺自体はわりと人気がある方だが、死体の方はそうもいかん。だいたいの奴らは後ろの棺桶を見ると気味悪そうな顔をする」

「……見慣れてますから」

「そうだったな。まあ、安心してくれ。彼らは決して君に危害は加えないし、俺の意に沿わないことはしない」


 コール様は馬の首を高く掲げた。気づけば待ち合わせによく使われる広場だった。


「こんな目立つ場所に逃げてどうするつもりだ? サイン=マキナ」


 サインとあの兵士は、広場に面した時計塔に逃げ込んだようだった。時間が来ると天頂の大きな鐘が鳴る仕組みになっている、時計塔。製鉄場が建ち始めた城下町には、夜間でもなお煙を吐き出す煙突がいくつかあって、この時計塔はその中でも目立って背の高い建物だった。


 さあ、と一声呟いてザルグ=コールが襟を正した。

 その途端、城下町を冷たい空気が覆い尽くしたような気がして、私は身震いする。


「キャーー!?」


 鎧を着た死体達ーーザルグ=コールの『生ける死体』が、街の至るところから姿を現した。剣や弓を構えた死体達を見て、街の人々は悲鳴を上げて逃げ出した。

 コール様は肩をすくめて「悪いとは思ってる」と弁明した。


「普段は深夜の警らの為にあちこちに潜ませてる。……街の人間にはあまり見せないようにはしてるんだが、そうも言ってられん」

「こ、コール様、何を」

「サイン=マキナごとソルベント商会を吊り上げてやる」


 死体達が統一の取れた動きで時計塔によじ登り始めた。そのうちに私達の周りにも、何人もの死体達が。


「いや、引き摺り下ろしてやる、だな。この場合」


 コール様は底冷えするような目で笑って、時計塔を見上げていた。


「出てこい。サイン=マキナ!」


『棺桶引きの一族』は、死体を操ることができる。死体は『生ける死体』になった瞬間から腐敗をやめ、生きていた頃のように動き出す。

 それはザルグの一族にのみ伝わる魔術だとか呪いだとか言われていて、一昔前までは彼らは騎士位はあっても皆に忌み嫌われていたらしい。仕方ない気もする。ザルグに操られた死体は皆、一様に首をぐらぐらさせながら無言で彼らに付き従うんだもの。

 城中から忌避され、ザルグの一族は死体を連れ歩くのをやめて、代わりに死体を入れた黒い棺桶を引きずって歩くようになったんだって。それが『棺桶引きの一族』の名前の由来。

 でも、私は知っている。ザルグの一族の本当の怖さは、死体を操れる力にあるわけじゃないってことを。


「出てこんな」

「……」


 コール様は見慣れたしかめっ面をして、興醒めしたように時計塔を見上げた。

 死体が群がるように張り付いた時計塔は、およそこの世のものとは思えない様相を呈していた。死体に恐怖心はない。たとえ足を滑らせて落ちようが、隣の死体が地面に叩きつけられようが、関係ない。


「コール様」


 私は唇を震わせながら囁いた。

 振り向いた私の顔を見たコール様は、何を思ったか、急に顎を掴んできた。目が、夜空より暗く見えた。


「ちょっと失礼」

「!」


 キスされる、と唐突に思って身構えた。

 代わりにコール様は間近で横目に笑った。


「!」


 爆音に続いて金属がぶつかる音。それから、ドシャ、という不吉な音がした。

 コール様の手が私の目元を押さえる瞬間に、飛び散った死体と、その向こうの遥か高くから、サイン=マキナが見えた。鐘の手前で、見たことのない巨大な銃を構えていた気が、した。


「イカれてるな」


 覆われた視界の向こうで、コール様がぽつりと言った。

 私はゾッとして彼の手を掴んだけど、もう遅い。マントの中に庇われた。


「ーーや、」


 銃声。きっとこれが銃声って言うんだ。

 けたたましいその連続に重なる、水飛沫がマントに跳ねるような音。

 水じゃない、分かってる。死体の、血だ。

 私と、コール様を殺すために。サイン=マキナは私達を庇う『生ける死体』を、撃ち殺してるんだ。


「やめて、やめて、やめて! いやああああああ!」


 私は馬上で暴れ、コール様の手を引っ掻いた。馬が暴れ出した。


「エリオット!」


 私はコール様ごと馬上から落ちた。衝撃に息が止まりそうになった、けど。

 はずみで露わになった視界に目を見張った。

 地面に大量に横たわる死体を見下ろして、サイン=マキナが銃を構えている。

 そしてその足を掴む、時計塔をよじ登ってきた『生ける死体』がいた。

 その瞬間、何故かサインと目が合った。


「……!」


 あっけなくサインは体勢を崩して、時計塔から身体を投げ出した。私は声も出せずに、ただそれを見ているだけだった。


 その時、どこからともなく、羽根を広げたような形の巨大な鉄組に掴まったあの兵士が、滑空しながらサインの身体を掬い上げた。鉄組に張った布は真っ黒で、闇夜を飛ぶ巨大な蝙蝠のように見える。

 振り落とされた『生ける死体』に、私は顔を覆って凄惨な音を聞いた。


「くそ、逃げられる……!」


 後ろで這いつくばったコール様が拳を握りしめた。

 兵士はこちらを無表情で一瞥して、身体を傾けて羽根の向きを変えた。

 そして、煙突と屋根の隙間に消えた。


「……」

「いって……」

「……」


 黒い羽根が消えた方をぼうっと見ていた私は、コール様の声にはっと後ろを振り向いた。足を捻ったみたいで、胡座をかきながら渋面を作っていた。頬に撃たれた死体の血が飛び散っている。

 唐突に申し訳なくなった。


「あの、すみません……」

「本当だな」

「すみません……」


 さっきから私、何をやってるんだろう。他人に迷惑をかけて。

 自己嫌悪に陥った私を見て、コール様は膝に頬杖を突きながら笑った。


「身体で払うか?」

「は? ……え、いえ、はい?」


 斜めになった私に、さらさらの黒髪を揺らして彼が笑う。

 深夜の空より黒い目が、楽しそうに細まった。


「結婚するか、俺と。エリオット」

「は?」







 明け方の王城はとんでもない騒ぎになっていた。爆破されて穴が空いた地下牢には、死体の山の中で泣く私の絵が描いてあり、サイン=マキナの異常性をこれでもかと皆に知らしめた。女王陛下に仕えて国の為に働く騎士という立場でありながら、脱獄した彼の騎士位は剥奪され、改めて罪人として国から身を追われる立場となった。


 そして、サイン=マキナに殺されそうになったにも関わらず、彼に会いに行った私について、修道長は厳しい口調で詰問した。どうにもならなくなった私はついに修道長に打ち明けた。一部を伏せて。


「過去に、『別れ祈り』のお務めの最中に息を吹き返した男がいた。それがサイン=マキナだったのですね」


 修道長の執務室で椅子についた私を、先輩たちが色んな顔をしながら遠巻きに眺めている。爆風やら砂埃でぼろぼろになった私は、修道長の言葉に力無く頷いた。

 うん、へこむ。やっちゃった。


「その件を受けて貴女はサイン=マキナに思い入れがあり、また、サイン=マキナ本人もおそらくそれがきっかけで、貴女に強い思慕を寄せるようになったのでしょう」

「……」

「つまりこれはある種、痴情のもつれとも取れるのですよ、エリオ。今までは貴女はただサイン=マキナという異常な人間に執着された哀れな被害者という立場でしたが、この件を受けてそうもいかなくなってしまった」


 私は縮こまった。


「貴女を哀れむ大多数の人間はいなくなりました。おそらく好奇の目で見られることになるでしょう。お務めに支障を出すわけにはいきません。熱りが冷めるまで謹慎とします」

「えっ!?」


 私がぎょっとすると、先輩の1人が眉尻を下げながら前に進み出た。


「エリオ。私たちは貴女がどういう人か知っているから、そんなことなんてしないって分かってるけど……。城の中には貴女がサイン=マキナの脱獄の扶助をしたんだって言う人もいるのよ」

「そんな……」


 私が愕然とした時に、扉を叩く音がした。あと、棺桶を引きずるズリズリという音も。


「お話中、失礼」


 ザルグ=コールがさっぱりした軽装で現れた。先輩たちはかなり驚いたようで、目をぱちぱちしながらお互いを見合わせた。

 コール様は颯爽と歩いてきて、机の上に書類を広げた。足を捻った痛みなんて、何も感じていないみたいに。


「正式に証言が取れましたよ、修道長。サイン=マキナの逃亡を補助した男が、見張りの兵士を気絶させ鎧を奪って逃げた時間は、エリオットが給仕の侍女に話しかけた時間より前です」

「……そうですか」

「これでエリオット・コンスタンスがサイン=マキナの逃亡を補助したという噂話は事実無根と断じられますね。というわけで皆も」


 コール様は華がある、と私は思う。ぴんと通った背筋と凛と張った声に、先輩たちの目が覚めたように見えた。


「『祈り・聞き屋』の矜持が試されているな。仲間を理不尽に悪く言われるのは避けたいだろう。真っ向から否定してやってくれ」

「……」


 コール様は私の腰掛けた椅子の背もたれをぽんぽん叩いて、先輩たちはそれを見てほっとしたように空気を緩めた。私の味方をしていいのだと、王城で力のある騎士様が言ってくれたことに安心したのだ。皆、とても良い人たちだから。

 それからコール様は修道長と私に話があると告げ、先輩達は私の肩を叩いて部屋から出て行った。


「エリオットと結婚しようと思うんですが」

「むおっ」


 最後の1人が扉を閉めてからすぐに、コール様はズバッと切り出した。あまりの切り口に修道長が変な声を出して、私は目を丸くした。



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