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2.!殺しにきてる!

 


 大昔、人間はもっと色々なことが出来たらしい。

 花や鳥を慈しみ、大地や海を敬い、そして同じ人を愛して献身することが出来る人間を、周囲も同じく愛した。

 でも、ある時1人の人間が、自分の力をある鳥に分けてあげたところ、鳥はその力に酔いしれ、自分の立場を忘れ、何もかもを自分の好きなようにしてしまおうとしたらしい。人間はそれを悲しんで、徐々に自分の力を弱めて、そうやってその鳥と敵対することを避け、生き残ってきたのだと。

 これが、この国に大昔から伝わるメンジュ教の、大元となる昔話。今はもうメンジュ教は形骸化してしまって、ほとんど信徒も残っていない。でも『人間という生き物を尊び、愛しましょう』という教えが私たち『祈り・聞き屋』の発足の根底になっている。


 というわけで、私のお務めは王城の教会にやってくる人たちの話を聞いてあげること。どうしようもなく誰かに聞いてほしい時とか、同意してほしい時とか、怒鳴りたいときとか、泣きたい時とか。そんな人を尊んで、寄り添ってあげる相談屋さんみたいなのが、私のお仕事だ。


 だからまあ、色んな人と接する訳で、こういうときの対応は他の人より積んでいる。だから上手く、この人にも寄り添って見せる。

 彼の、サイン=マキナの真意を聞いて、この状況を正しく判断するんだ。頑張れ、私!


「サイン様、あの」

「……はあい」


 でも怖い。首を傾けて笑うサイン様は、鉄格子を挟んでいても異様な迫力がある。

 挫けそうになった私は気を取り直して、背の高い彼を見上げて指を組んだ。


「私を、う、撃った理由を、もう一度、教えてくれませんか」

「はあい……」


 逆上されると思いきや、サイン様は俯いてボソボソと呟いた。この人、怒鳴るか囁くかしか出来ないらしい。困る。

 私はジリジリとサイン様の方に近寄った。怖いけど、聞こえないんだもの。


「『千回夢見の祭り』、メンジュ教の……大事なお祭り……人は昔、……未来を夢見ることが出来たって……」

「ええ。この日は枕元にカミツレの花を置いて眠るのが良しとされますね。よく眠れ、夢を見やすくなるからと」

「……俺には、そういうのはなかった……急に、警らの途中に、見たんだ」

「夢を?」


 私が先を促すと、彼がのっそりと身体を動かした。見えていなかった向こう側の壁が見えて、私は言葉を失った。


 そこには石灰で一面に絵が描かれていた。中央に丈の長いドレスを着た背の高い女性がいて、空を仰いで泣いている。足元には倒れ伏す数多の人間たちがいる。

 大量の涙の落ちる様子や、倒れた人たちの指先まで。まるで見てきたみたいに細部まで描き込まれた絵に、私は冷や汗をかいてサイン様を見上げた。


「まさか、これは、貴方が……」


 サイン様は頷いて、鉄格子にするすると指を這わせて凄絶な笑顔を浮かべた。


「そう……俺が、描いた、エリィ……」


 私は汗を浮かべたまま、彼にペースを持ってかれまいと笑顔を見せることにした。サイン=マキナに話を聞きたいのは私だ。彼に好きなように喋らせて、鵜呑みにしちゃいけない。

 エリオット、ここが頑張りどころだ!


「絵が、上手ですね」

「……あ、え? あ、ありがとう……」

「これが、サイン様の見た夢ですか?」

「……う、うん。警らの途中に、急に、これが……」


 なるほど。私は何となく理解した。サイン=マキナは『千回夢見の祭り』に見たこの夢を、未来に起こるに違いないと考えているのだ。

 私が、未来、たくさんの人を殺すと。


「だから、俺は、その前にエリィを殺そうと……」

「サイン様、あの。私、そんなことはしませんし、出来ません」

「……」

「本当です。お務めに不満はありませんし、皆さんとても良い方です。何か、勘違いかと……」


 私は後退りしながら言った。サイン様が逆上する気がしたからだ。


「勘違いじゃない……」

「……!」

「勘違いなら、どれだけ良いか」


 でも、予想に反してサイン様はしょんぼりと肩を落として、ひどく落ち込んでいる。拍子抜けした私は、再び彼の声を聞くために鉄格子に近寄った。


「千回見たんだ」


 サイン=マキナは辿々しく言った。


「……その間、俺は、何も出来なかったんだ、エリィ」

「サイン様」

「急に撃ったりして、ごめんね……痛かったし怖かっただろう……でも、俺は……」


 私は眉尻を下げた。なんだか得体の知れないこの生き物が、不意に可哀想に見えた。思ったよりも話の通じる人だ。


「おーい、交代の時間だぞー。あれ?」

「!」


 そこで階段から別の兵士が降りてきて、前の番の兵士がいないことに首を傾げた。私は慌てて鉄格子から離れて、落とした盆を拾おうと身を屈めた。


「あれ? 『祈り・聞き屋』さんじゃないか。ご苦労様。もしかして前の奴に押し付けられた?」

「あ、いえ! そういうわけでは」

「しょうがない奴ですよ」


 兵士は懐から鍵を取り出して、溜め息をついた。


「ザルグ=コールが怖いからって皆して尻尾振っちゃってさ。肩身が狭くて嫌になるね。ね?」

「え、いえ……」

「ほらほら出ろ出ろ。全く世話が焼ける」


 え?

 私は屈んだまま、目を瞬いた。

 兵士があまりにも自然に、サイン=マキナの牢屋の鍵を開けた。キューと鉄が軋む音が地下に響き渡った。


 兵士は続けて、懐から重そうな眼鏡と銃を取り出した。


 その頃にはもう私は、カンテラを揺らして階段を駆け上がろうとするところだった。


「あー! 待ってって!」

「ひ!」


 ガッと肩を掴まれ、私は階段を転びかけた。傾いた身体を掴んでいるのは、牢屋を開けた裏切り者の兵士だ。いや、兵士かどうかも分からない。

 そこで、サイン=マキナの大音声が響き渡った。


「エリィに触るな!!!」

「あー、はいはい。分かったよ」


 ぐいと身体を引っ張られ、私は今度は後ろに倒れ込んだ。支えたのは大きな腕。


「いやあ!」

「エリィ、逃げないで……」


 くらくらする。目の前に、ぼんやりとした白髪とエメラルドの瞳があった。


「サイン様、わ、私、人を殺したりしない! そんなこと出来ない!」

「……ううん。殺すよ」

「!」

「俺はエリィをずっと見てたから……」


 サイン=マキナは閉じ込めるようにして私を抱きしめた。耳元で低い声で囁かれて、背筋が粟立った。


「……好きだよ、エリィ……」

「……!」

「ずっとエリィを見てたよ。……人の話を聞くのも、人の為に祈るのも、……エリィは心から好きだよね。一生懸命で、お人好しで、……あ、でも、飼ってる鳥も好き。『ペトロ』だっけ」


 私は青くなった。


「サイン様、貴方は、」

「ずっと見てたよ、エリィ。……ずっと話しかけたかった。笑って欲しかった。……だからあの夢は、俺にとっては本当は良い夢なのかもしれない。エリィと一緒になる機会をくれたんだ」


 この人、やっぱり、イカれてる。私は泣き出した。

 こんなことってあるのか。

 いやだ、まだ死にたくない。こんなの。


「サイン様、私、死にたくない」

「……うん、ごめんね……」

「まだ、やりたいことがたくさんあるの! まだ、何も出来てない……!」

「ごめんね、ごめんね」


 ああ、だめだ。

 ガチャ、という銃の音がした。

 サイン=マキナの肩の向こうに、腕を組んで呆れたようにこっちを見ている兵士がいた。私はぎゅっと目を瞑った。


 ーー誰もいない。ここに私を助けられるのは、私しかいない。

 まだ死にたくない。私が助けたこの人の自己満足に付き合って死ぬのなんか、絶対にごめんだ。


「サイン、サイン」

「……」

「わたし、結婚式をしてみたいの」


 私はサイン=マキナの首に縋りついた。彼の身体が動きを止めた。そのまま耳元で囁いた。


「本当は、ずっとお嫁さんになりたかったの。白いドレスを着て、皆にお祝いされながら、白いお花畑を、大好きな人と歩くのが夢だった」

「……エリィ」

「おねがい、それさえしてくれれば、あとはもう好きにしていいから……」


 形の残った方の耳にキスをした。サイン=マキナの身体がびくっと揺れる。銃の落ちる音がした。


「本当? エリィ……」

「ほんとう。ね、おねがい、サイン……」

「わ、分かったよ。結婚式だね」


 身体を離した私はサインを見上げた。

 彼は顔を真っ赤にして、慌てたように早口で捲し立てた。


「俺やってみるよ。白いドレスがあればいいの? あと友達? 白いお花畑? 用意すれば良いんだよね?」

「おいおい……」


 そこで後ろの兵士が声をかけてきたけど、サインは全く無視して私にぐっと顔を近づけてきた。

 私は微笑んで、彼の大きな手を握る。


「ええ。ブランアスターのお花畑がいいの。真っ白くて大きな花弁の」

「ブランアスター? うん。分かった。用意してみる」

「ありがとう、サイン」

「……えへへ、へへへ」


 サインは勢い余って私の額にキスをした。

 よし。なんとかなった、かも。

 私は表情を変えないまま、ゆっくりと彼から離れようとした。その時だった。


「どこに行く気なの?」

「え?」

「……エリィ」


 私は自分の浅慮を呪った。いつの間にか、手をしっかりと掴まれている。

 鼻から唇の横へとたどるサイン=マキナの薄い唇が、邪悪に歪んでいた。


「打算的で大好き。たまんない」

「!」

「愛してる、エリィ」


 ーーこの人!

 ゾッとした時、階段の方からどさどさと音が降ってきた。

 兵士が慌ててこちらに駆け寄ってきたのを見た瞬間、サインが私を押し倒した。


「っつ……!」

「!?」


 見えた天井の手前、サインの背中に弓矢が突き立っているのが見えた。


「ーーソルベント商会の手の者か?」

「や、いやいや、違いますよ〜」


 この声はーーザルグ=コール。

 兵士が慌てて懐を探りながら、階段と反対側の地下牢の壁に詰め寄った。途中で呻くサインを引っ張って。


「さすがにこの狭い中で『棺桶引きの一族』とやり合うのは無理ですよ。ほらほら行くぞ。痛がるフリとかやめろって」

「ああ、エリィ!!!」


 引き剥がされて暴れるサインを視界から隠すように、黒いマントが私の目の前に立ちはだかった。


「サイン=マキナ。騎士位を持つ貴様が脱獄とは。何を考えてる」


 ザルグ=コールの背中から怒りが滲み出ていた。その左右には、サインと兵士に向かって弓をつがえる『生ける死体』がいた。


「エリィ!!!」

「ほらほら、逃げるぞ。エリィさんにはまた会いに来れば良いだろ?」

「やだ!!!」

「やだじゃないよ〜、も〜」


 兵士がぶつぶつ言いながら、地下牢の隅に何かを放り投げた瞬間。

 爆発が起きた。


「!」


 凄まじい振動と爆音に、私は起き上がれないまま顔を覆った。


「君、無事か? 全く……」

「ひっ!」


 気づけばコール様に抱き抱えられている。思わぬ視界の高さに、ぎょっと目を見張った。

 コール様は私を見下ろしてあからさまに舌打ちをして、穴の空いた地下牢の壁に近寄った。いつの間にか、サインもあの兵士も消えている。


「君は馬鹿か?」

「……」

「何故わざわざあのイカれた男に会いに行った? まさか本当に恋仲だったのか?」


 コール様は怒っていた。

 私は震えながら首を振った。


「心中したいなら、もっと静かな場所へサイン=マキナと共に消えろ。違うならもっと頭を使え!」

「……ご、ごめんなさい……」

「……」


 返す言葉もない。サインの危険性を甘く見た私が馬鹿だったのだ。

 コール様はしかめっ面のまま、夜の蒸気漂う街を見下ろした。


「逃げたな。追うか。悪いが付き合ってもらう」

「え!?」

「サイン=マキナは君に執着しているようだからな。上手くいけば誘き寄せられるかもしれん。多少の仕置きと思って我慢しろ」


 地下牢から見える、眼下の街の灯りが目に入った。

 なんと、コール様はそのまま。

 私を抱いたまま、その中に飛び込んだ。


「ひいいいいいい!」




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