25.今までで一番幸福な目覚め
とてもいい夢を見ていた気がする。
内容は覚えていないのに、妙に気分がいい。
眠りの始まりは最悪だったくせに、今まで生きてきて一番気持ちよく僕は眼を覚ました。
例えるなら、大声で言いたいことを全て吐き出したかのような爽快感。
奇妙な幸福感と眼を開けた先の冷たい天井との温度差に、僕はしばらく瞬きを繰り返した。
体がだんだん現実に馴染んでいく。ゆっくりと体を起こすと、見計らったようにカーテンが開いた。
「……起きたか。どうだ、気分は」
品川先生が仏頂面で僕を見下ろしている。その眼には、普段以上の鋭さが宿っていた。
「あ……そうか、僕……」
ようやくここが保健室であり、自分が倒れたことを思い出す。
「もう放課後だ。よく寝てたな」
「えっ、もう!?すみません……」
言われてみると、先生越しの背景はほんのりとオレンジがかっていた。昼休みから今まで寝ていたのなら、すっきりもするだろう。
「気分は……随分よさそうだな。顔色がいい」
「はい。何だか、いい夢が見れたみたいですっきりしてるんです」
「それは、何よりだ」
何より、といいながら、先生の表情はどこか硬い。
「?あの、何か?」
「倒れたことは、覚えているか?」
「!あ……はい」
深く思い出さないよう、浅く頷く。もうあんな光景はごめんだ。
「心当たりは」
「さぁ……疲れてたんですかねぇ。最近寝つきが悪くて」
原因なんて分かり切っている。でも、絶対に言えない。
「お前は……」
先生は消化不良でも起こしたように眉をひそめた。何かおかしいところでもあっただろうか。
「失礼します。品川先生、いらっしゃいますか?」
僕の疑問をかき消すように、保健室のドアが開いた。
「!吹雪?」
先生がカーテンを開けると、吹雪だけではなく忠までこちらをうかがっていた。
「叶!もう起きて大丈夫なの?」
「うん、大丈夫。ごめんね、心配かけて」
特に、吹雪には倒れたところを見られている。不安にさせてしまっただろう。
「まったく、何やってるんだよお前」
「あはは、ごめんごめん」
「倒れたって言うから心配したのに、むしろいつもより顔色いいんじゃないか?」
「よく寝たからね。頭もすっきりしてるんだ」
僕が心から笑ってみせると、2人は拍子抜けしたように肩を下ろした。
「にしても今起きたなんて、江藤の奴タイミングが悪いな」
「え……何で、急になっちゃんがでてくるの」
その名前だけで、彼女を思い出すだけで、背中が粟立つ。今は、ダメだ。
「……お前は寝てたから知らんだろうが、さっきまで江藤がいたんだ。私がお前の家に連絡しに行ってる間ついててくれたんだぞ」
「そう、だったんですか……あとでお礼言っておかないと」
言えるだろうか。正面から、彼女の顔を見て、話せるだろうか。笑えるだろうか。
どうにも、自身が無かった。
今まで、あそこまで鮮明に、しかも顔が瓜二つなんて記憶は見たことがない。
ましてや、殺されるなんて。僕は手の震えを殺すため、布団をこっそりと握った。
「そうそう、お前のご両親に電話をかけてもつながらないんだが、仕事か?」
「あぁ、この時間はまだ」
2人とも今日は遅くなると言っていたし、まだ着信を確認する間もないだろう。
「それなら、私が来るまで送ろう。立てるか?」
「!いや、大丈夫ですよ。歩いて帰れます」
小さい頃にも何度かこうして倒れたことがある。大抵1度眼を覚ませばどうということはない。これ以上(病気)でもないのに品川先生の手を煩わせるのは気がひけた。
「でも、倒れた奴を一人で返すわけにもいかんだろう」
「俺が送りますよ。家も近いし」
できれば、1人で静かに帰りたい。そんな僕の思惑を見透かしたように忠が口を挟んだ。眼ではしっっかりと僕を捉えてしたり顔だ。
「そうだな……どうだ、若松。私に送られるか三木に送られるか。2つに1つだ」
「……わかりました。忠に送ってもらいます」
僕は観念して頭を垂れた。先生と2人より、忠の方が何倍も気楽だ。
「あ、そういえば僕の荷物……」
「ここだ。どっちにしろ起きたら早退させるつもりだったから持ってきてある」
「あ、ありがとうございます」
ゆっくりと床を踏みしめ、鞄を受け取る。やはり、何となく体が軽い。
「何かあったらすぐに病院にいくこと。何もなくても、明日中に1度は私のところに来て様子を報告すること。分かったな」
「はーい。ありがとうございました」
面倒だなんて考えを必死に隠しつつ、僕はようやく保健室を出ることができたのだった。




