24.身内は全ての傍観者
黙々と、書類をホチキスで閉じる音だけが響く。その日の生徒会室は、呼吸さえためらう程重い沈黙が満ちていた。
「……ちょっと会長、あの子何であんなに機嫌悪いんですか?」
「知らないわよ。教室出たところ捕まえたらあぁだったんだから」
「ヒソヒソうるさいですよ、そこ」
これだけ静かな空間では、かえってヒソヒソ話された方が気になってしまう。資料をつくりながら、吹雪は八つ当たりするように千歳たちを睨んだ。
(叶の様子、見に行きたかったのに……)
HRを終えて保健室に向かおうとしたら、待ち構えていた千歳に捕まって今に至る。よりによって時間のかかる資料とじとは運がない。
「吹雪、いるか?」
学習したのか、形ばかりのノックが聞こえ、忠平が顔をのぞかせた。
「み、ミッキーっ!救世主様!」
「は?どうした。というかミッキーって呼ぶな」
「吹雪の機嫌が悪いのよ……何か心当たりない?」
全て聞こえているけれど、吹雪はあえて何も言わずに作業を続けた。忠平のことだから、全部わかっているだろう。
「あぁ……今日叶が倒れたのは知ってるだろ?その時、吹雪も居合わせたらしくてな。気が気じゃないんだろ。な?」
「余計な事言わなくていいから。何しに来たのよ」
吹雪に強く睨まれ、忠平は怖い怖い、とおどけたように肩をすくめた。この余裕が腹立たしい。機嫌が悪い時には、一番見たくない顔だ。
「そう睨むなよ。叶の様子を見にかないかって誘いに……」
「っ、行く!」
案の定見透かされているのは癪だが、気付けばホチキスも書類も放り出して立ち上がっていた。
「よし。それじゃ神谷。こいつちょっと借りるぞ」
「うん……吹雪ごめん。あんたが居合わせたなんて知らなかったから、無駄に不安にさせるよりいいかと思って言わなかったんだけど」
「だそうだ。そうカリカリしてやるなよ」
「別に、カリカリなんてしてないわよ」
もしかしたら、いつもはメールで知らせてくる千歳がわざわざ待ち伏せしていたのも、このことがあったからだろうか。そう考えると、イライラしていただけの自分が酷く幼く思えて嫌になる。
「……すみませんが会長、少しだけ、抜けさせていただきます」
「いってらっしゃい。あとでちゃんと様子教えてよ?」
千歳にとっても、叶はクラスメイトだ。気になるのだろう。吹雪は深く頷いて、さっさと生徒会室を出てしまった忠平に続いた。
吹奏楽部の楽器の音や、野球部の掛け声が人通りのない廊下を賑わせている。早足になっていた吹雪は、いつものペースで歩く忠平の一歩前を進んでいた。
「あんまり急いでると転ぶぞ」
「あんたは、何でそんなに落ち着いてられるのよっ……」
「どこか悪いなら救急車呼ばれるだろ。つまり、今回は休めばよくなるってことだ」
「今回は、じゃないわ。今回も、よ」
叶が吹雪達の前で倒れるのは、初めてではない。検査しても、原因が分からなかったのだと叶は誤魔化すように笑っていた。
「何年ぶりだ、あいつが倒れるの」
「10年以上経ってるんじゃないかしら。まだ私が小学校入る前だった気がするわ」
「そうか……あの時以来なかったのにな」
あの日、家で突然倒れて数日寝込んでから、叶が外で倒れることはなくなった。それが、どうして急に。
ひたすらに、不安が募った。まだ保健室に着かないかと、廊下の先に目を凝らす。
「あら?あれ、江藤先輩じゃない?」
丁度今から行く方向からやってくる細身の影。
「あ……吹雪ちゃん、忠くん……」
「叶のところ行ってたのか?」
忠平の問いかけに、夏奈は傷口を触られたように体を強張らせた。心なしか、顔色も悪い。
「う、うん、そうなんだけど……ぐっすり寝てて起こすのも悪いから、もう帰ろうかなって……」
早くこの場から立ち去りたいと、全身で訴えている。
「待てよ、江藤」
それをお構いなしに踏み込むのが、この男だ。吹雪は止めるのも諦め、心の中で夏奈に合掌を送った。
「何かあったのか?」
「や、やだなぁ、何もないよ。クラスメイトが目の前で倒れたんだから、心配にもなるでしょ」
「本当に、それだけか?」
「ほ、本当だって。忠君は心配性だなぁ……」
うつむいてしまって、夏奈の顔はもはやよく見えない。
「ごめん、あたしそろそろ行かないと……じゃぁね!」
「あっ、おい江藤!」
話を拒絶する小さな背中を見送り、忠平と吹雪は曇った表情で顔を見合わせた。




