21.誰も悪くないからこそ
クラスメイト達は、僕が休みの間に事故現場に居合わせたことなんて知る由もない。
事故よりも渡部君の言葉が尾を引いていた僕には、その普段通りが有り難かった。
「若、おはよぉ」
「おはよう。眠そうだね」
いつもより輪郭のぼやけた声で、こちらまで欠伸が出そうになる。指摘されて、なっちゃんは誤魔化すようにクシャ、と顔を崩した。
「ん?若。イヤホン出てるよ」
「え、あぁ、ホントだ」
教科書を移した時にでも引っ掛かったのか、鞄からだらしなくイヤホンの頭が片方垂れ下がっている。渡部君が選んでくれた、件のものだ。
嫌でも、渡部君の眼が、言葉がよみがえる。
「……おかしい、かぁ」
イヤホンを仕舞いながら、口が動いた。
「え?」
朝のふやけた頭が漏らした声に、なっちゃんは不安そうに首を傾げた。
「あ、ごめん。何でもないよ」
「嘘だぁ。若、何だか元気ないんじゃない?大丈夫?」
窓から差し込む朝日が彼女を照らして、月曜日の朝には少々目に痛い。
「……僕は、人としておかしいのかな」
目がくらんだ僕は、自嘲と共に本音を吐き出していた。
「おかしい?若が?」
「あ、ごめんっ、変なこと聞いて。忘れて」
なっちゃんは少し真面目な顔で考えこんだあと、膝を折って僕と目線を合わせた。
「若は、自分がおかしいと思ってるの?」
「いや、そんなことは……」
嘘はつきたくない。今更ながら、そんなことを思った。なっちゃんが自分のことのように真剣な表情で聞いてくれるものだから、適当に流すなんてことはしたくなかった。
こんな(記憶)を見る僕は、確かにおかしい。物心ついたころから、分かりきっていたことなのに。
「あたしには、わかんないな」
いつもと変わらない明るい声で、あっけらかんとなっちゃんは言った。
「何で若がそんなに悩んでるのか、分かんない。あたしは、若のことまだよく知らないんだろうけど、悩まなきゃいけないほど若が(おかしい)なんて思わないよ」
「……はは、ありがとう」
皆どこか気だるげな教室の中。
自分でも驚くくらい、なっちゃんの言葉に気分が軽くなっていた。
先週と同じ曜日、同じ時間。司書教諭は今日も忙しそうにプリントをコピーしている。
先週と違ったのは、忠平が時雨を見るなり気まずそうに目を伏せたことくらいだ。気にせず、再び正面に腰を下ろした。
「どーも」
「あ、あぁ」
「こないだはありがとうな」
「うっ、いや……悪かったな。こわかったろ」
あの2人を相手にしていた時とは別人のように歯切れが悪い。
「昔から、キレると周りが見えなくなるんだ」
はい。よく存じ上げてます。そんな言葉を、何とか飲み込む。
「何とか、相手が手を出してくるまでは我慢できるようになったんだが……」
「だーらその努力の方向が間違ってるんじゃね―かっていってんだよ……」
誰もその方針に疑問を持たなかったのだろうか。
「でも、おかげで助かったし。見ててすっきりした」
少年漫画のワンシーンを見ているかのような爽快感が、そこにはあった。
「あんた強いのな。すっげーかっこよかった……なぁ、(忠さん)って呼んでいい?」
あだ名で呼ぶのは、時雨なりの敬意の形だ。忠平は呆れたように眉根を寄せた後、
「どいつもこいつも……好きにしろ」
と机に突っ伏した。
「でも、あんまり人に言うなよ。せっかく叶が上手いことやってくれたんだから」
「叶……」
人の好さそうな顔と、感情をなくしたような冷たい表情が同時に頭をよぎる。当然、道路に広がっていく赤色も。
「お前があの時連れてきた男だよ。名前知らなかったのか?」
つい先日自己紹介をしたばかりだから、名前は覚えている。その名前に付属した嫌な思い出が、時雨の気分を大いに盛り下げた。
「?どうした」
「何でもねぇよ」
あんな血溜まりも、眉一つ動かさなかった叶の顔も、思い出したくもない。
忠平に言っても意味がないような気がして、時雨は記憶を閉じ込めるように瞼を閉じた。




