20.僕だけのための残酷な上映会
幼いころから、明らかに自分のものではない記憶を持て余している。
物心ついたころから、小さなフラッシュバックなんて日常茶飯事だった。楽しい記憶も(思い出す)のなら、まだいい。けれど、どうやら人間というのはつらかった記憶の方が尾を引くらしい。(思い出す)のはいつも、後悔や苦しみの記憶ばかりだった。
何か新しい刺激に触れる度に、脳が誰かの(記憶)を再生する。その(記憶)にほんの少し似ている場所、人、空気でさえ僕にとっては起爆剤だった。新しく触れるもの、人、全てが怖かった。実は今でも、馴染みの無いものは苦手だ。
それでも、昔はまだフラッシュバックの度に傷つくくらい、心が生きていた。
両親に(記憶)の話をして、泣きついていた覚えだってある。上手く伝えられなくて、両親は僕が怖い夢を見たくらいにしか思っていなかったようだけど。
変わったのは、母の記憶がフラッシュバックしたあの秋のことだった。
小学校に入って初めての、ご飯の美味しい季節。いつも通り台所に立つ母も、どこかはりきっているように見えた。ランドセルを放り出して、今日の夕飯は何かと台所を覗く。
「おかえり叶。ちゃんと手洗った?」
帰る度に確認されるお約束。僕もうん、といつも通り頷く。
「今日の晩ごはんなに?」
「今日はねぇ……」
ごく自然に、母が振り向いた。窓からの夕日に、手の先で包丁が鈍く、嫌な光を返す。
「おかぁ、さん……?」
それまでに何度もあった、いつものフラッシュバック。違ったのは、その記憶が妙に鮮明だったこと。そして、目の前の(母)その人の記憶だったことだ。
「叶?」
頭の中で再生されたのは、母が知らない男に包丁を突きつけられている記憶だった。母が心配そうにこちらに駆け寄る。
「どうしたの?どこか痛い?」
僕を気遣うその手は、記憶の中よりも随分と大きかった。記憶の中の母は、その頃の僕よりもいくらか年が上だったろうか。記憶の中で包丁が当たっていた母の首筋に、手を伸ばす。
「お母さん、ここ、痛い?」
「えっ……?」
「包丁、ここ当てられて痛かった?」
「か、叶?何言って、……どうして……?」
今にも泣きそうなほどに強張っていた母の顔は、今でもよく覚えている。気持ちの悪い異物を見るような眼。さっきの渡部君と同じだ。
今なら、母の反応も仕方ないことだと理解できる。息子が突然知るはずのない昔の傷の話をし始めたのだから。けれど、当時の僕はそれどころではなかった。
頭が、母の眼が引き鉄となって再生された記憶で埋め尽くされていく。
遠い昔、僕と同じように(記憶)に苦しんでいた人がいたということ。
どうやら、僕やその人が見ているのは先祖の記憶らしいということ。
こんな現象、誰にも理解されやしないということ。
僕と同じ悩みを抱えたその人の記憶は鮮烈で
幼かった僕は、耐え切れずに意識を手放していた。
数日寝込んだ後、ようやく起き上れるくらいに回復した僕は
助けなんて求めても無駄だと
この(記憶)達と上手く付き合っていかなければならないと
嫌になるほど理解させられていた。
以来、誰にも話すことなく今日まで生きている。これからも、きっと。




